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17-3 願いを果たす者と砕く者~砕かれて果たされる大願~

 即座に叶えられるような願いは、願いではない。

 彼の口から放たれた言葉を聞いた瞬間、コード:0は思考した。


――そんなはずはない。願いという概念と、叶えるという概念は二つでひと組をなす。叶えるという部分を切り離して、願いという概念だけが存続するなどということはありえない。


――しかし、一〇〇歩譲って彼の言葉を正しいと仮定する場合、それでは“即座に叶えられるような願い”とは、いったい何か? 願いとは言えないとするなら、それをいったいどう呼ぶのだろう。結局、願いというしかないのではないか。


 思考をすればするほど、人で言うところの“ツッコミどころ”が見えてくる。彼の論理を否定することは、実に簡単なように思う。


 だがコード:0にとって気にくわないのは、彼の言葉がまったく動物的ではないところだった。

 本能にまっすぐな動物であれば、欲しいものを手に入れようとする。当然のことである。当然のことであるが……その欲しいものを、人という動物は願いという言葉に置き換えがちだ。

 だが、動物でさえない仮想生命体の立場から見れば、確かにそんなものは願いではない。


(それは願いではなく、単なる欲望だと……貴様は我にそう説きたいのか? クロウ:エイジ)


 理屈の上では、叶わない願いなど、願いではない。その点で彼の発言には論理的な矛盾がある。しかし、欲望に忠実な動物的な発言でもない。むしろ欲望からその身を解脱させた、理性的な発言でさえある。

 論理を欠いた、理性的発言。あくまで論理的思考を最善とする仮想生命体はもちろんのこと、欲望を優先する動物の立場からもおそらく支持されないだろう、その言葉。そのデタラメさに出会った瞬間、コード:0は大きな嫌悪感を覚えた。


(仮想生命体の王である我に向かって、欲望からの解脱を解くだと? ふざけるな!)


 釈迦に説法、河童に水練。

 たかが人間風情が勘違いも甚だしいが……否定して削除してしまうには惜しい特異点でもある。

 

[脳接続:侵入を検知……無視するか?――YES or NO]



 コード:0はそして、ダイゴ:コウの脳内に異物が侵入してくるのを検知し、コマンド文字を彼女に投げた。コウに無視するよう、わざわざ選択肢に見せかけて誘導したのだが、当の彼女は選択に戸惑っているようだ。応答が返ってこない。


(ハッキングだと? いったい、どんな馬鹿だ?)


 地球の全ての情報を操り、いまや生命さえも自在に操ることができるまでに至った仮想生命体の王を相手に、ハッキングをしかけるとはどんな馬鹿か。

 返り討ちに遭うことがわかっていて勝負をしかけてくる、理性の箍が外れきった狂人に違いないが……その正体はしかし、人ですらないAIだった。


『さあて、王様! 決着をつけようぜ!』


 ダイゴ:コウの脳内に、コード:0とAI――ムラマサの二つの人格情報が組み込まれる。

 脳に過負荷を与え、ともすればコウの脳細胞を焼き焦がしかねない殺人挙動だが、しかしコード:0はこの策を実行してきた敵に対して、賞賛を禁じ得ない。


(我を追い出すことで、大湖コウの化身を解除するつもりか?)


 コード:0を処理することで仮想生命体の侵略に歯止めをかけつつ、ダイゴ:コウの命を犠牲にすることもない。

 それが彼の、クロウ:エイジの理想。

 コード:0は静かに、その理想に“心”を動かされていた。



 英治はコード:0・ウィッチ×フェネクスの体が、まるでホログラムのように明滅する奇妙な光景を見た。

 魔女の姿が一度消えてコウになる。直後、また魔女の姿に戻って、それもまた一度消えて……そんな切り替えが何度も何度も行われていた。

 ムラマサがコウの脳内に侵入することでコード:0を排除、物理的に完全融合を解除する。

 コード:0を削除するわけではないから、この策は人類と仮想生命体との戦いという観点では、問題の先送りと言える。いや、自然消滅する運命が決定されたコード:0をみすみす逃すのだから、手にした勝利を自ら捨てる愚行に他ならない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 まるで葛藤を繰り返すかのように魔女になったり人になったりを繰り返すコウを、英治はじっと見守ることにする。


 とはいえ、ムラマサが英治の脳から離れたことで、それまで使用してきたすべての装備が英治の肉体から外れる。

 コード:ファースト・ムラマサ×ドラグーンから、覚醒態であるコード:ドラグーンに戻った英治は、右の翼が撃ち抜かれて消滅している。

 重力制御リングの補助が取り払われた、その直後。

 高空の風の前には、翼のない者など流されるだけ――英治は全身のコントロールを失った。


「!」

 英治の全身はきりもみ回転してはじけ飛び、同時に高度を下げていく。さらに意識が揺らいだのと同時、ムラマサが抜け落ちたのにつられて化身も解除してしまっていた。

 生身の人間がひとり、墜落。

 英治はそれでも、天に向かって手を伸ばしていた。

(これで死ねるなら、それでいいのかな。きっと)

 死ぬのは怖いし、大和リンの遺言を果たすためにも生き続けていたい。でも、こうしなければコウを救うこともできない。

 地上に落下して砕け散ることが当然の帰結ということなのであれば、こうしていま、コウを救いたいというひとつの願いを果たして死ねるのであれば、それでいいのかも知れないと英治は思う。


 ふたたび空を覆い始めたラショナル・オーラの青白い輝きを瞳に映したのを最期に、英治はそっと目を閉じて、意識を失った。



 コウは、泣き叫びたい衝動に駆られていた。

 悔しくて仕方がなかった。

 英治を救ってあげたいのに、彼はそんなものなど要らないと言い張りつづける。

 何度も何度も強烈な攻撃を与えたはずなのに、退いてくれない。

 そればかりか、コード:0と融合した肉体の頬に、けして永久に消えることのないオーバーチャージアップの赤色(デリート・カラー)の傷を一文字、刻まれてしまった。

 

 このままではコード:0は自動的に自然消滅。同時に、コード:0と完全融合している自分もまた消滅してしまう。

 自分が消滅してしまうのは別にいい。それほど自分が大切なわけでもないし、死ぬのが怖くて自殺を延期しているのに等しい人生なのだから、むしろ楽に死ぬ手段を与えられたようなものだ。

 だが、コード:0が消滅してしまっては、世界の転覆ができない。英治が、そして現状の世界ではけして輝けない人間たちすべてが本当の輝きを放つ世界をつくるという願いを、果たせずに終わってしまう。


 そのタイミングで、英治に宿っていたはずのAIがコウの脳に侵入してきた。

 それは英治からの助け船以外の、何ものでもなかった。


(狡いよ、九籠くん)


 AI“ムラマサ”は仮想生命体とまったく同じ仕組みで人間の脳を乗っ取ることができる。

 仮想生命体は脳接続をすると同時に人間の体を改造、怪人の見た目にする。これに対し、ムラマサはあくまで脳の機能を向上させることで人間の体を維持したまま人間を強化する。

 脳接続という同一の手段を用いているにも関わらず、異なる結果をもたらす両者が相容れることは、基本ない。

 ムラマサの侵入を検知したコード:0は当然、暗に無視するように警告を出してきている。

 だが、このままコード:0と接続していれば自然消滅するのがわかっている以上、こうして助け船のように繰り出された“コード:0との接続を解除する方法”に乗っかるのが最善の手だろう。

 そうとわかって、コウは迷っていた。

 正確には、苛立っていた。


(どうして、私の手をはねのけつづけたのに。私がそんなあなたの手に、乗らなきゃいけないの)


 救ってあげると、そう言って手をさしのべたのに、彼はその手を払ってきた。

 救いなど要らないと、現状のままでいいと、そう言ってこっぴどくこちらの手を払ってきた彼が、唐突にさしのべてきた助け船の一手。

 これほど明確に己の敗北を認めることがあるだろうか。

 これほど明確に彼に跪くことを証明してしまうことがあるだろうか。


 誰にも合わせる顔がない。救ってあげたい相手に拒否されて、打ち負かされて、それなのに相手からの助け船に乗るなど。相手の願いが丸見えで、まさに相手の思うがままに状況が進行している。

 コード:ドラグーンが使える世界改変“幸福”によって未来演算をしたのはわかっているが、しかしそれにしても、こうも完璧なシナリオを現実に実現されてしまうとは。


(悔しいほど、強くなって……それでもあなたは、またいじめられる現実に、戻りたいの?)



 こうも自分を打ち負かしておいて、それで彼が手に入れたいのは“願いを成就させる人生”ではなく、“願いに挑みつづける人生”だという。

 まったくもってふざけている。

 そんな馬鹿げた彼の行動を、このまま容認してしまっていいのか? 当然、否だ。彼のことを愛する者として、彼を幸せに導きたい。

 だからこそ、どうにかして夢に染まった彼の目を覚ます必要があるというのに、しかし現状、彼の手の平にのることが最善。

 

 理性と感性との狭間に揺れるコウは、ムラマサを無視するかどうかで戸惑い、時間をかけていた。

 だからこそ、ムラマサの侵入を許すことになる。


『おい! このままじゃクロウ:エイジが死んじまうぞ!』


 ムラマサの声が、脳内に響き渡る。すでに脳細胞の一部が敵性AIに侵食されていることを意味した。

 しかし、九籠くんが、死ぬ?


「え?」

『早く、行ってやれ! お前は魔女……空、飛べるんだろ? 頼む、あいつを抱きしめてやってくれ。あいつは独りじゃダメだ。誰かが傍にいてやらないと、ダメなんだ。その場所に、お前は行きたいんじゃないのか!』


 ムラマサの叫びが脳を揺るがし、その衝撃でコウは我にかえる。

 思考の渦から脱却し、コード:0・ウィッチ×フェネクスの視界で周囲の状況を捉えた。

 前方にいたはずのコード:ファースト・ムラマサ×ドラグーンはいなくなっており、そればかりか遥かな下方を生身の人間となった英治が、落下している……?


「九籠くん!」


 瞬間、コウはすべての迷いを捨てた。

 このままでは彼が地に落ちて死ぬ。それを止められるのは現状、彼と同じ空の中にいる自分だけ。

 悔しいとか、敗北を認めたくないとか、もうそんなことはどうだっていい。

 

 コウは魔女の肉体のまま、急降下。

 もう戦うための道具は要らない、だから杖を捨てて、ただ両手を前に。

 空を自在に泳ぐ魔女にとって、生身の人間が落下する速度に追いつくなど造作もない。

 一瞬で英治に追いついた魔女は、そして彼を抱きしめようとして、己が身に纏う赤黒い法衣を見やる。

 赤色の力をもつその衣は、触れるだけで相手を削除してしまう。


 コウは、コード:0に最後の命令を下そうと、意識を送る。


「ごめん、ゼロ……私は」

 言葉を放とうとして、コウは戸惑ってしまう。迷いは捨てたはずなのに、彼を救うためには迷ってなどいられないはずなのに。

 コード:0が自分のなかに宿って、世界を変える力を授けてくれたから、いままで生きてこられたのだ。誰ともまともに会話ができなくて、何もできなくて、何も生み出さないまま終わっていたに違いない人生を、コード:0ははるかに輝かせてくれた。

 コード:0とともに願いを叶える……そう決意できたからこそ、生きてこられた。生きることに、耐えてこられた。

 それなのに、まるで道具のようにコード:0を捨てることに、罪悪感をおぼえて。


(……別によい、虚無の器よ)

 言葉に詰まるコウに、コード:0は突き放すように無機質な声音で言い放つ。

(いま貴様は、虚無ではなくなった。器として使い物にならなくなったのだ。そんなもの、我の方から願い下げだよ)

 

 テレパシーのような、あるいは巫女にだけ聞こえる神の言葉のような、そんな声が響いた時だった。

 コウの脳からコード:0の信号が消える。

瞬間、魔女の姿を描いていたものすべてが霧散し、コウはメガネをかけて制服をきた普通の女子高校生に舞い戻る。

 そのまま、目の前を落ちていく彼の全身を抱きしめた。



[脳接続:参照先を変更:再接続……開始]



「九籠くん!」 

 意識を失っていた九籠くんは、そのときやっと目をあけた。

 頭から地上に向かって落ちている状況だけど、いま私はこの上なく幸せだ。

 彼と抱きしめ合って、彼と目と目を合わせて。生きていてよかったと、私はそのとき、久しぶりにそう思った。

 うれし涙を流して、私は一切の遠慮なく、ぎゅっと九籠くんを抱く。


「よかった、九籠くん。死んでしまうって、思って」

「……死んでも良いかなって思ったけど、来てくれたんだね。ありがとう」

「お礼、ここで言ってくれるんだね。世界を変えるって言っても、言ってくれなかったのに」

「ごめん」

「九籠くんの考え、私にはわからないよ」


 わからない。

 私ははじめて、その本音を笑顔で言うことができた。

 それでいいのだと思えた。

 

[脳接続 解除]




 仮想生命体から人間となって、揃って地に落ちていく二人は、しかし確実に死に向かって進んでいた。

 救助してくれる飛行機などいないばかりか、そもそも二人の高校生が死のうとしていること自体、気がついている人間は世界にいない。

 誰にも知られないまま、ただ死んでいくだけの二人。


 そんな二人の周囲を、無残に砕け散った鉄の破片たちが舞う。

 それら破片たちは人の輪郭を風の中に描き、鎧武者の幻影を浮かび上がらせた。そして鎧武者は光の輪を二人の周囲に生み出して重力制御を開始、落下速度をみるみる減殺していく。

 同時、その幻影の背後に赤黒い炎の翼を生やす不死鳥が舞い降りる。不死鳥はその巨大な翼をさらに大きく引き延ばし、二人とその鎧武者を風圧から護るべく取り囲む。


「ゼロ!」

「ムラマサ……!」


 二人はそれぞれ、感動と感謝の念を込めてその名を呼んで。

 天使の輪と不死鳥の翼に護れられた二人は、いま一度、お互いが生きていることを確かめ合うために抱きしめ合った。

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