17-2 願いを果たす者と砕く者~願いと呼ぶに値するもの~
「この世界を信じられない。しかし、自分も信じられないのだろう。なら、貴様は何を支えにして生きる?」
コード:0の言葉が背中越しに響いた。
英治の刃は、横合いから飛来した赤色の雷撃に迎撃される。
周囲にはすでに魔女の杖が五本、浮かんでいる。持ち主が吹き飛ばされている最中にもそれらは敵を包囲することを忘れなかった。
「喜び、達成感、満足感……幸福。それらを得ずに、人は生きていけない。世界がそれらを提供してくれると信じられるからこそ、人は生きる価値を自らに認める。クロウ:エイジ、貴様は何を以て、みずからが生きる価値を見出す?」
肉を斬らせて骨を断つ、そう言わんばかりに包囲を完了した杖たちは、飼い主に仇なす狼藉者に牙を剥く猟犬の如く、赤色の雷撃をつづけて照射。
左右、上下と見境なく飛んでくる破壊光線に、英治は詰めたばかりの距離を自ら後退して離す。
とはいえ、英治はただ後退するばかりではなかった。
鬼切に同化させている右手とは逆の手をそっと前に突き出すと、その拳から赤色の弾丸が放出される。
それはムラマサ・グリップを銃形態にして放つ攻撃とまったく同質の、血の色の嵐を放つ射撃。竜巻のように回転して進むそれは周囲のラショナル・オーラを吸引する効果があるが、同時に敵の破壊光線に干渉して中和させる使い方もできた。
血の嵐の影にその身をくらませた英治は、それを盾にしたかと思えば一転、右手の鬼切の長さを変更、長大な槍にする。
赤色の槍は盾にしていた血の嵐を貫通、そのまままっすぐ魔女を突き刺すべく伸びていく。
「僕は願いがあるから、生きられる。あいつらにやり返したい、とか、毎日を平穏に過ごしたいとか、そんな願いがあるから、僕は一応、生きていられる」
魔女は、渦巻いて回転する巨大な弾丸から突然槍が伸びてきたのを見て、しかしその身を少しも動かさない。
本体が動くまでもない。中空に展開させた五本の杖のうち、三本が先端を寄り合わせて三角錐を形成、主を刺し抜こうとする槍に真正面から突っ込んでいく。
「それは、夢に過ぎない。試したばかりのはずだ。やり返したいという願いは、けして叶わなかった。そうだったはずだ。叶わない願いなど、現実から遊離した夢でしかない。覚めた瞬間、人は絶望してしまう。それでは救われない」
槍の一撃を受けて、三本の杖が消滅。
だが、残る二本の杖は英治の前方に浮かんでいた。
直後、斉射。
英治が盾代わりにしていた赤色の巨大な弾丸は瞬時に消滅。英治は無防備な姿を晒した。
その真正面を、ついに魔女が撃ち抜く。
「信じる者は救われる……そんな言葉があるのだろう? 信じる心の強さをもつがいい、少年よ。世界を信じ、己を信じ……救いの未来を、受け取ればいい!」
魔女はゆったりと杖を構えると、赤色の細い光線――血の色の蛇を顕現させる。魔法の壺から無限の長さをもつその体を這い出させる大蛇の如く、赤色の蛇は体をくねらせつつ空間を這いずり回る。
他方、英治は長大に伸ばした鬼切をもとの長さに戻す途中で、おかげで迎撃ができない。避けるしかないと判じて後退しつつ引きつけ、直後に一気にロール回転、蛇の目を惑わし引き離そうとしたのだが。
避けた先、蛇はその鎌首をもたげて英治を追い続ける。
同時、残る二本の杖もまた自動砲台の役割を忘れてはいない。英治が避けたコースをすでに読んでいたのか、後退する英治を追撃。
三方向から繰り出される三次元の攻撃の、すべてを避けきることは不可能だった。
自動砲台から照射された赤色の雷撃の一発が英治の兜をかすめて過ぎ、武者の角飾りを模した装飾が見事に削除される。
それでも英治は、その視界に魔女を捉えつづけていた。
「僕は何もしていない。だから、何も叶わない。きっとそれで、いいんだと思う」
兜飾りをもぎ取られて、つづく雷撃がまた体をかすめる。今度は肩先が削り取られた。
直後、蛇が口を開けて英治の腹に突進。直撃すれば死……英治は反射的に腰をまわして腹を右に向ける。真正面から蛇に喰われる被害は回避され、蛇の頭が英治の腹の表面を削り取りながらも擦過。
長さをもとに戻した鬼切で、目の前を通り過ぎようとする蛇を叩き切る。
血の色に染まった光の刃が、蛇の幻影を一刀両断、即座に霧散させていく。
「叶うまで、やりつづけることができるから。それが、生きる理由になるから!」
龍の翼をはためかせようとするが、自動砲台が雷撃を斉射。右の翼が撃ち抜かれ、根元を残して消滅。
空中でのコントロールを失い落下することになるかと思われたが、そうはならなかった。
右の翼の欠損を補うかのように、金色の半円がひとつ、三日月のように英治の背後に浮かんでいた。
それはムラマサの装備のひとつである重力制御リングの、半壊したもの。
ムラマサの残骸をその身に取り込んだ英治は、緊急手段としてそれを起動したのだった。奥の手というものだったが、おかげで墜落は免れる。
武者の半身と龍騎士の半身をくっつけたその異形は、加えて左右非対称の翼を持つに至った。
不格好を通り越して無様で不気味な外観と言えるが、それでも英治は魔女を追い続ける。
刃と同化させた右手を伸ばして、前へ。
魔女は深度を増した敵の異形の体躯をみて、さらに傷だらけのその威容を見て……いじめられてボロボロになって、それでも黙って下校する時の彼の姿をそこに重ねていた。
「ただ、挑みつづけたい。生きつづけたい……生きつづけることが、そのまま挑みつづけることになるから。それが、本当の願いだと僕は思う。たとえ仮想生命体の力が凄いものだったとしても、何でも願いを叶えてくれる力が本当のものなのだとしても……すぐに叶うような願いなんて、そんなもの、願いなんかじゃない!」
豪語し、英治は、コード:ファースト・ムラマサ×ドラグーンは腹に傷が刻まれたのも構わず、前進。
背部の重力制御リングがまるで切れかけの蛍光灯のように明滅を繰り返す無様を晒しながらも、その速度は圧倒的だった。
迎撃しようとした自動砲台の雷撃を抜き、瞬く間に距離は詰まる。
魔女が雷撃を放つよりも先に刃の間合いに敵を捉えた異形の戦士は、血の色に染まった得物を振り下ろす。
魔女が握っていた杖を切断。
返す刃で、一閃。魔女の頬の部位に一文字の傷を刻む。
「くっ!」
闇に覆われた魔女の顔に刻まれた傷跡の色は、赤。
人の血の熱さを示す色であると同時に、仮想生命体を唯一殺すことのできる削除の色。
その色の傷跡を刻まれた以上、魔女の運命は決定づけられる。
オーバー・チャージアップをした状態の鬼切と同等の威力を誇る。それが右腕と同化させた英治の刃の力だった。
「この世界のなかで、僕はこれから、積み重ねていきたい。僕の願いに向かって、毎日を積み重ねていきたい。僕はそんな風に、これから生きていきたい。大湖さん……いや、コウさん。できたら、君と一緒に!」
頬に刻まれた赤色の傷は、永遠に魔女の、コード:0の体を蝕みつづけていく。
あとは放置するだけで、コード:0は自然消滅することになる。
戦いはこの時すでに終わっていた。
だが、英治にとっての戦いはこれから始まったと言っていい。
仮想生命体を倒すための戦いは終わり、大湖コウ、彼女を救うための戦いがこれから始まるのだ。
英治は極大の威力を秘めた鬼切を、自ら収める。得物を瞬時に霧散させ、刃と同化させていたその手を人の五指に戻して。
その手を、魔女に差し出した。
英治は心に決めていた。もう、大和リンの時のように、大切な人をこの手で削除する過ちは犯すまい、と。
もう戦うための武器は要らない。削除するための赤色にも用はない。
コード:ドラグーンが持つ力、世界改変“幸福”による未来演算。
それによって描きだされた最良の未来は、すでに見えている。
あとは現実にするだけ。
故に、英治はただその手を魔女の顔を隠す闇に向かって伸ばしていく。彼女が被ってしまった、その顔を隠す闇の仮面を引きはがしてやるかのように。
「あとは頼んだよ。ムラマサ!」
『おう!』
[脳接続 解除]
英治が差し出した手は、内実、相手の注意を引いて時間を稼ぐためのフェイント。
直後、英治の脳からムラマサの電気信号が消失する。
入れ替わりに、大湖コウの脳内にムラマサの電気信号が侵入した。
[脳接続 開始]




