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2-2 不審なハカセと超技術

 帰宅しようとしたのだが、誰だろう。

 家の前にひとり分の影が立っている。

 電灯のあかりを避けて、しかし玄関の前に堂々と立っているそのシルエットは何となく女性のようにも見えた。

 警察の監視員でもここまでバレバレにはしないだろう。となれば、玄関の前に突っ立っている女性の影は幽霊かお客様か不審者ということになる。

 幽霊はありえないと思いたいし、お客様の線もない。両親の知人ならいまの時間帯は不在であることくらい知っているはずで、英治には残念ながら友だちはいない。

 残る選択肢は不審者しかない。


(マジかあ……)

 さっきまでは(早く家に帰ってご飯たべてお風呂掃除がしたい!)と思っていたのだが、そんな願いはみるみるしぼんでいく。

 帰りたくない。

 帰るべき家を前にしてまさかそう思うことになるとは考えもしなかったが、

(まあ、いなくなるまで待てばいいか)

 腕時計を見てもいまは夜の九時。一方、両親が帰ってくるのは早くても深夜一時で、一番遅いときで早朝四時のときもあったくらいだ。

 対して夕食と風呂掃除は合わせても一時間に満たない。

 どうせ待つことになるのだし、それが家の中か外かの違いでしかない。

 そんな理屈を自分に言い聞かせ、家の手前の十字路の影に座り込んで休むことにした英治は、コンクリートのゴテゴテした堅さを尻に感じつつも、そっと目を閉じた。

 手を前に組んで両膝を畳み、ちょうど体育座りの姿勢をつくる。英治にとっては待ちなんて慣れたことなのだ。


 思えば、毎日待って過ごしている。いまさらどうと言うことはない……。


 そんな感傷とも諦めともつかない思いに浸りはじめて、いつものようにゆっくり味わうように時間だけをいたずらに浪費していく。

 そのはずだったのに。

「ふむ。どうにもやってこないと思ったら、こういうことか」

 目の前で女性の声がして、英治はぴくっと肩を震わせた。

(あっちから、来た?)

 そうとしか思えなかったが、しかし顔をあげて外の世界を確認するだけの勇気も度胸もない。

 結局は状況は変わらない。発見されて声をかけられても、もはやどうだっていいことだ。ただ待てばいい。

 

 そう、思ったのに。

「んな!」

 思わず英治は声をあげてしまった。

 首根っこを掴まれ、そのまま引き揚げられてしまったのだ。

 いや、正確には首を引っ張られて立ち上がるように促されたと言うべきか。

「まったく。先が思いやられるな」

 へなっと立ち上がってはみたものの、怖くて足腰がふらついた。

「おっと」

 そんな英治を、その不審な女性は支えてやると、

「怖がらないでくれ、お願いだ」

 少しもお願いするような口調ではない、むしろ命令口調気味にきっぱりそう言う。

「無理です」

 英治は小声でそう言い返すのがやっとだったが、しかしいまだに殴られもしなければ財布を盗られもしない。ということは、意外と安全な人間なのかも知れない。

 そう思ったとき、英治は相手の顔を見た。

 瞬間、相手はため息を吐き出した。

「やっと目があったな。どれだけ内気なんだ」

 見れば美人の顔がある。

 年は明らかに上で、高校生とは比べものにならず、ひょっとしたら大学を卒業しているかも知れない。

 服装は闇のなかでよく見えないものの、黒地のライダースーツだろう。ぴっちりと全身を覆うつくりの服は女性らしい体格をそっくりそのまま空気中にくりぬいていた。

「あたしは、その、何だ。よくわからんが、ひーろーもの? にはお約束らしい、ハカセきゃら、という奴だ。そうらしい」

 やはり不審者かも知れない。そんな思いを抱き直して目を細めた英治だが、何はともあれ帰宅することになった。


 

「ムラマサの再起動を確認して座標を確認してみれば、警察がうろつく妙な高校に行き当たってな。すかさず事情聴取の記録をハッキングしてキミの個人情報をそのまま手に入れたんだ。わかってほしい、あたしはそうそう怪しい人物じゃない」

 リビングに案内してお茶を出したとき、彼女は己の行動の経緯をそう説明した。

(ハッキングって……)

 ひょっとしたら彼女としては、自分の事情を赤裸々に打ち明けることで己の潔白を証明しようとしている、のかも知れない。

 もはやそう思うことにした英治は、しかし改めて彼女の顔を見たとき、少しだけ警戒心が薄れた。

 リビングの蛍光灯に照らされた彼女はやはり美人だったが、どことなく不思議な雰囲気の漂う女性だった。一言でいえば、普通じゃない。

 茶髪をポニーテールに結い上げた彼女は、やはり全身を漆黒のスーツにぴっちり覆っている。浮き出る胸の大きさや腰の細さが大人の女性の感じを醸し出していたが、そんなことはどうだっていい。

 顔全体に、がさつな性格がにじみ出ていた。偶然美人を手に入れたものの維持する気もない、と思っているのか、まず肌荒れが目立つ。目の下にはクマができているし、唇もカサカサだ。それこそルージュや化粧水ひとつで取り繕うことができそうなのに、見たところ化粧っ気もない。

(いい人、かも)

 英治はそんな彼女の顔をみて、少し安心する。平気で他人を嘲笑できる人間は、往々にして美人やイケメンか、モテる奴だったりするからだ。実際、武人を含めた不良グループの男子連中にはだいたいカノジョがいたりしたし、英治を笑いものにする女子もかわいい子が多い。

 かといって不細工が他人を嘲笑しないかと言えばそんなこともなかったりするのだが、しかし英治は何となく目の前の女性が自分をバカにする様子を想像できなかった。


「それよりも、だ。キミもある程度はわかっているとは思うが、事態は一刻を争う。あたしがわざわざ出向いてキミに接触しているのだ、面倒くさがりの権化たることを自負している、このあたしがな」

 自信満々にそう宣言すると、ハカセキャラを自称する彼女は左から右に、虹を描くように手を振った。

 直後、空気中にスクリーンが出現する。

「!」

 思わぬ超技術の出現に英治は見開いたが、彼女は顔色ひとつ変えずに青白い光で構成された空気スクリーンをタッチパネルよろしく操作すると、周辺地図と思われる画像を表示させた。

「ここを見てくれ、赤い点が光っているだろう?」

 彼女が指す赤い点は、土手を越えたところにある河川敷公園の一角にあった。

「は、はい」

「この点はアオマキグサの反応を表示させたものだ。監視をつづけていたのだが、今しがた開花したと見える」

「は、はあ」

 アオマキグサと言われれば、コウの白い笑顔が思い出される。

 同時に、警察の言葉も蘇ってくる……アオマキグサは、怪人を引き寄せる青い花。

「つまり、だ。仮想生命体が生まれた可能性が高いということだ。繰り返し言うが、事態は一刻を争う。行くぞ、少年!」

 言い放つや、彼女はずばりと立ち上がった。

「え? いや」

「いまこうしている間にも、仮想生命体が人間を取り込んでいる。もたもたしてたら、完全融合を果たしてしまう。完全融合を果たした個体は処理が面倒だ。しかしその前であれば、いまのキミでも勝てる」

「え、いや、ちょっと」

 専門用語の羅列に戸惑う英治だったが、しかし彼女は止まらない。英治の首根っこを掴んでまた強引に立ち上がらせると、そのまま玄関口まで引きずっていく。

「まだご飯も、お風呂掃除もしてない……」

「安心しろ。あたしのプラン通りに動いてくれれば、一時間とかからない。大丈夫だ、絶対にな」

「いやあ」

 英治はしかし諦めて、玄関で靴を履いた。

(まあ、いいや)

 正直お腹も減ったし体も疲れている。

 しかし、彼女の言葉には希望が満ちていた。

(また戦えるんだよね、きっと。それは、嬉しい)

 英治はにたりと笑った。

 あの鎧の怪人をまたこの手で消し去れる。

 あの快感をまた手にできるとあれば、ご飯も風呂掃除も草むしりだってどうでも良くなる。


「来い、あたしのマシン!」

 彼女は息巻いて外に出ると指をパチン! と高らかに鳴らす。

 すると、道路の向こうからブゥン! と猪のようなエンジン音が鳴動した。同時にぱっとライトの光条が家の前をもれなく照らしたかと思えば、誰も乗っていないバイクが一台、キキ! とドリフトしながら停車する。

「よし行くぞ」

 女性がハンドルを掴み、英治は後部座席に乗る。名も知らぬ女性の腰に掴まるのは気が引けたが、そんなことを気にしている暇もない。

「うわ!」

「かっ飛ばす!」

 女性は勢いよくバイクを発進させた。


 途中、夜遊びにふけっていた不良どもをそのエンジン音で驚かせ、会合していたネコを散らし、爆風で雑草たちを大きく揺らす。

 そうして河川敷公園に辿り着くと、やはりそこには青白い輝きが視界を埋め尽くすほどに満ち満ちていた。

 花びらの形をした輝きが舞い散っている。

「狙い通りだな。さあ、倒すぞ」

 女性が呟き、英治はバイクから降りた。


 英治は視界いっぱいに舞う花びらの向こうに、光の翼を広げた天使を見た。

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