14-5 地の底で咲く花~希望~
「僕は夏休みを過ごしたい……できれば大湖さんと一緒に!」
アステロイド・チタン合金製の胸板に一度は顔を預けたコウは、しかし思い切り両手を突く。そのまま英治の体から逃れて、
「あの女に、リンに言われたからそう言ってるんでしょ……」
卑屈な笑みの形に歪んだコウの目尻が、直後、ギリと引き絞られた弓矢のように鋭い気鋭を放った。
「ふざけないでよ。私をみながら、あの女を見てる。そんな男に従うわけないでしょ。このダメ男!」
コウの冷徹な叫びが轟いた直後だった。
「っ!」
中空に拡散したはずの赤黒い炎の衣が、瞬時に舞い戻ってコウの肢体を包む込む。
コード:0が再び、コウの肉体を依り代とした人型仮想生命体となって顕現する。
わずかに触れただけで万物の存在情報を削除する赤色の衣が英治の眼前で揺れ、そのまま振られた袖に命中。左腕を切り落とされた。
ピュッ、と肩口から赤茶色に濁った電導液が鮮血さながら噴き出すが、英治は痛みを感じない。ただ視界に電子表示の警告文が上書きされる。
赤い警告文を見て全身の損害レベルを確認しつつ、英治はコウの声でしゃべるコード:0からの攻撃に晒された。
「私は、こんなクソみたいな世界で生きるつもりはないの。誰もが誰かの足を引っ張って、横並びにさせられて、監視しあってる。英治くんならわかるでしょ? ここがどれだけ、腐った世界か!」
コウの声が響いて、次に英治の右足の膝から下が切断された。
続いて繰り出された首を狙った攻撃は間一髪で避けたものの、腕一本に足を一本失った状態での飛行は、五体満足の状態とはバランスの取り方が違っていた。
袖を避けたはいいもののバランスを失った英治は、きりもみ回転して墜落。地底の岩盤に勢いよく衝突する羽目になる。
装甲自体、それでダメージを負うことはなかった。だが視界の隅に表示された全身の模式図のうち腰部が赤く塗られて明滅。続いて『腰の関節部分に損害大』との警告表示が赤い電子文字で表示される。
頑丈な装甲は無事でも、ナイーブな関節部分が墜落の衝撃に耐えられなかったということか。
半身不随となった英治は右手で地面を叩いて受け身をとると、重力制御による飛行を再開しようとするが。
ズン! と、降下していたコード:0の右足が英治の腹を踏み押さえた。
上昇すらできなくなった英治は、そうして顔だけはコウのものになった敵に見下されて。
彼女は心の声を引き絞る。
「こんな腐った世界じゃ、何もする気にならないよ。ぜんぶ、馬鹿馬鹿しい。私の行動、ぜんぶが悪口にされる。がんばっても、がんばらなくても、何をしたって変わらない。変えられない……腐った連中が群れを成してるだけで、なぜか強い力になっていく。そうして世界は、腐った連中の思うがままになっていく」
コウはギリギリ、と英治を踏みつける足を捻りつつ両腕を上げた。とどめを刺すつもりか。
「この世界じゃ、あなたは輝けない。他人の足を引っ張って、輝きを腐らせることが正義になっていくこの世界じゃ、本当の輝きは生まれない! だから全てを造り替えるの。私たちが輝けるような……輝くことが許されるような世界に!」
それなのに、とコウは歯ぎしりする。メガネ越しの彼女の瞳が、その時は怒りを忘れて哀れみの色を浮かべた。
「どうして英治くんは、私を止めようとするの? どうして私の考えを理解してくれないの? どうして!」
言葉とともに、彼女の攻撃が繰り出された。
振り袖が赤黒い炎となって伸び、英治の胸を貫くべく虚空を渡る。
他方、英治はムラマサの制御AIに意志を送って腰関節部に内蔵されていた爆薬を自ら作動させる。
ドッ! と轟音とともに黒煙が発生。それは煙幕となって、コウは英治を見失う。
「大和さんが教えてくれたから。がんばることの気持ちよさを」
英治は胴体だけになって宙に浮かび、コウと同じ目線まで昇って言葉を返す。
先ほどの爆発で無理矢理自らの腰から下を切除したのだ。動くことのない腰を失い、いっそ身軽になった英治はコウへの接近を試みる。
後光のように展開されている重力制御リングから金色の輝きを放出することで前進。さらに右腕の鬼切を構えながら進む。
「僕はがんばってみたい。もう一度、この世界で!」
「私はもう、うんざりよ」
コウの心底倦んだような声が小さな嘆息とともに漏れ、赤色の袖が容赦なく英治に巻き付いてくる。
まるで血の色をした大蛇のようなその袖はくいと鎌首を持ち上げ、それぞれ英治の頭部と胸部を貫くべく突撃。
「あなたをいじめる世界なんて、消し去ってあげるから!」
コウの願いを乗せた言葉が撃ち放たれ、つづいて万物を削除する力を秘めた袖が音もなく殺到。対する英治は、右手の鬼切で虚空に八の字を描いて袖を打ち払い、つづけて異次元移動。
「僕はダメな人間だから。どんな世界だって、ダメなままだと思う。このままじゃ」
再び、コード:0とコウとの間に潜り込む。コード:0は再び破裂して砕け散り、炎の衣が飛び散った。
腰から下と左腕を失った英治はコウを抱きしめることもできず、だから右手でやさしく彼女の頬に触れる。
兜を被った鎧武者型機械人形と成り果てた英治は、しかしその瞳をしっかりとコウに向けた。頭部正面を覆うバイザー部分から発光するカメラのライトが緑色に輝いて、瞳のように揺れる。
つづいて喉に内蔵されたスピーカから英治の声が放たれた。
「僕はがんばりたい。がんばれるような人間に、なりたい。それができないままなら、僕はどこでも、ダメな奴のままなんだ」
「がんばらなくていいよ。九籠くんはいままでずっと、もう充分がんばってきたよ。みんなから笑われて、クズ野郎どもから殴られても、それでも休まずに、学校に来て。本当は私がいじめられるはずだった。実際、男子からも女子からも悪口言われてたし、嫌われてたから。でも九籠くんだけがいじめられて、私はのうのうと生きて……苦しむ九籠くんをただ見ているだけで。そんなの、もう嫌」
緑色の機械の瞳と、赤色の瞳とが視線を交わして見つめ合う。
「あなたは、ずっとあなたのままでいいんだよ。あなたが変わる必要なんかない。あなたをそのままではいさせない世界が、間違ってるだけ。あなたは何ひとつ、間違ってないから。私は、あなたが好き。素敵なあなたが好き。だから、あなたのままでいてよ!」
「……何ひとつ勝ち取れないような男に、僕はなりたくない!」
視線が錯綜し、互いの声がすれ違う。
教室の隅で嘲笑され殴られてきた彼と。
同じく教室の隅で陰口に囲まれてきた彼女。
二人が見てきた世界は同じだった。
それは冷たくて苦しい世界。
他人を平然と笑う冷酷な人間たちが社会を構成し、気に入らなければすぐにでもいじめて蹴落とそうとする獰猛な人間たちが住む世界。
そんな世界のなかで、それでも生き続けてきた二人の願いはこうしてすれ違った。
世界と相克し挑みたくなった彼と、世界を否定し造りかえたい彼女。
「どうして、わかってくれないの」
吐き捨てられた言葉がコウの口から出た刹那、血の色をした衣の残片が英治を消去するべく虚空を駆けた。
「願いは誰かに叶えてもらうものじゃ、ない」
英治の肉体は直後、消失する。
異次元移動で赤色の衣を避けた彼は、また現れて。
機械のその手が彼女の頬に優しく触れた。
「願いは、自分の手で勝ち取るものだから」
英治の声がやさしい感触になってコウの頬を撫でる。
「僕はそんな人間になりたくて」
機械の指が、いつしか滲んでいたコウの視界いっぱいに広がって、世界を歪めて映させる涙を払った。
「大湖さん。僕と一緒に生きてほしい。僕はひとりでは、やっぱりくじけてしまうと思うから」
「リンと付き合ってたのに」
「大和さんはもう、いないよ」
「私は、その代わり?」
「違う……違うよ」
「じゃあ、何?」
「僕と似てるなって、思えた人」
「何それ」
コウが不意に笑う。
質問に答えているようで、実は答えをそらしているその言葉に、英治の気持ちが表れているような気がした。彼が自分をどう見ていたのか……その答えが、はっきりわかった気もした。
コウは不意に嬉しくなって、笑っていた。自分と彼とは、お互いを同じように認識していたらしい。
教室の隅で読んでいた本を閉じて、もし彼に話しかけられていたら? 周囲の嘲笑なんて気にならないくらい、幸せになれたかも知れない。
彼から嫌われることが怖くて話しかけられなかったけど、彼の気持ちを知った今なら、もう怖くない。
(夏休みが終わったら、話しかけてみたい)
冷たい世界のなかで、彼の手を握ることができるのか……それを試したい気持ちが、その時うまれた。
まるで地の底で仮想の花が咲いたように。暗い現実のなかを照らす希望になってくれそうな未来の可能性がひとつ、コウの心に花開く。
やっと穏やかな笑顔を浮かべてくれたコウをみて、英治もほっと笑ってみる。
戦場には似合わない笑顔の花を凜と咲かせた二人は、互いに見つめ合って。
コウが英治の体に腕を回して、抱きしめ返したその瞬間。
コウと英治は同時に意識を失った。
[警告:カウントオーバー……カウントダウン・0]
[脳接続 解除]




