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14-3 地の底で咲く花~不死鳥~

 首相官邸のロビーで、窓際に立つ総理大臣は仮想生命体――コード:エンペラーに化身してその異変を確認する。

 ロビーにはコード:エンペラーと、もうひとり、水城和佐博士の二人きり。

「根源の花が咲いた……コード:0、事を成したか」

 荘厳な黄金の鎧を身に纏う騎士の姿をしたコード:エンペラーが呟くと、彼の隣に立つ水城博士は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、窓ガラス越しに映る青白い輝きに満ちた空を見上げてニヤと口角をつり上げる。

 現在時刻、二〇時。一瞬前は夜空だったというのに、まるで時が戻ったかのように青色の輝きで埋め尽くされてしまった。

「エンペラー、次の時代の準備をしよう。仮想生命体の侵略が完了した後の世界を、私たちの手で治めるために」

「博士、私はあなたの手駒ではないはずだがな。まあ、いい。どのみち現実が転覆するのも時間の問題となれば、準備せざるを得ないのだからな。まったくあなたは大した人間だ。すべてはあなたの手の内か」

「別に計算できたわけではない。ツキが回ってきたというだけのこと。ようやくね」

 両者は互いに無言の目を向け合ったが、次には水城博士は鮮やかにターン。首相官邸を後にする。

「それでは、せいぜい良い施策を打ち出してくれたまえ、総理大臣殿」

 ははは、と乾いた哄笑で締めくくるや、博士は通路の向こうに消えていく。



 同時刻――ココロとゲンジは青白く塗り替えられた夜空を見上げて、そうして世界の転覆を目の当たりにすることになる。

「ラショナル・オーラが空のすべてを覆っている、だと? あんなものが地上に降り注いだら……」

「アオマキグサなんて咲かなくても、世界には必要充分なラショナル・オーラが満ちることになるぜ。となれば、仮想生命体は誕生し放題だな、こりゃ」

 巨大なアオマキグサが宇宙空間で咲いたことにより、その花弁から放たれるラショナル・オーラが空一面に張り巡らされている。

 いまは地球の上部に展開されている状態に留まっているが、輝きの帯が地表に到達するのは時間の問題だ。

 そうなれば文字通り、世界全土がラショナル・オーラに包まれてしまう。

 ココロとゲンジは対立を忘れて顔を見合わせる。

「あのガキがどこまでうまくやるかで、世界の命運は決まってしまうな。ココロ、お前さんはどこまでサポートしてやるつもりなんだ?」

「基本的に、あたしは彼の思うようにやらせるつもりだ。先んじて援護するつもりはない。ないのだが……」

 ココロは手をさっと一振りすると、青白い輝きを宙に展開。光のモニターを空気中に出現させ、そこに手を入れて光のメガネをつまみあげる。

 装着しつつ、ココロはモニターを凝視して言う。

「彼が失敗しない程度には助けてやるつもりだ。そのために、監視は続行する」

 ココロは言うなりモニターに映る暗闇に目を凝らし始めた。

 ゲンジはふっと笑うと、背中から湖面に大の字に倒れる。ばしゃん、と盛大に水しぶきを上げつつ、ようやっと血だらけの体を休めるつもりか。

「相変わらず逢い引きをモニターするのか。子離れできない親になるぞ、お前さんは」

「言ってろ。これは単なる子どもの逢い引きじゃない。世界を救う二人の未来となれば、手をさしのべるのは近しい大人の責務だよ」

 吐き捨てるように言うと、ココロは目を細めた。

 人型兵器――ムラマサの視界と同調させているモニター画像はやけに暗いが、暗視ゴーグルが自動起動しているおかげで何とか地核内の様子を確認できる。


 モニターに映る景色は、地の底というよりも密林と言うに相応しかった。

 見えるのは岩盤ではなく、アオマキグサと思われる仮想植物の根だったからだ。



 巨木に見えた青白い輝きの集まりは、根源の花の根そのものだった。しかし数十、いや数百の根が寄り合わさり、絡み合った根の集合体は大樹の幹と大差はなかった。

 英治の目から見れば、それはやはり巨木だ。

 ロボット兵器“ムラマサ”の中枢制御AIに意識だけを接続させた英治は、ムラマサのカメラを通してそれを視界に入れている。

「大湖さん!」

 大樹を挟んで向こう側に消えた彼女を呼んだ声が木霊するが、返ってきた声は彼女のものではなく。

「クロウ:エイジよ。器の少女はすでに我とひとつになった。少女はもういない」

 男性のものと思しき声が耳に入った瞬間、赤黒い炎が英治の目の前に灯った――刹那、炎は翼となって左右に張り、一羽の猛禽となって姿を現わす。

 赤黒い炎を身に纏うその(おおとり)はまさしく不死鳥。それが人の声を放っている。

「少女を追ってきたのなら、いますぐ元の居場所に帰るがいい。現実は我ら仮想の命が受肉することで残らず転覆される末路をたどるが、彼女の意志により、クロウ:エイジ。貴様の幸福はすでに約束されている」

「約、束……?」

 英治は思わず頭部を上げ、しっかりと不死鳥――完全融合態のコード:0を視認して反芻する。

 コード:0は赤色(デリート・カラー)の翼を一度はためかせ上昇、地核の空洞内を鮮やかに飛翔してみせると、「そうだ」と言葉を継いだ。

「我が初めてダイゴ:コウに呼びかけたとき、彼女は我を拒絶することもできた。むしろ、彼女には我を受けいれる必要もなかった。虚無へと還る、ただ無目的に過ぎていく生を終わらせることを望んでいただけの彼女は」

 不死鳥は青白く輝く大樹を一周してまた英治の眼前に舞い戻る。

「だが、彼女はどういうわけかすぐには拒絶せず一度保留することを望んだ。我も人間を観察するつもりで、彼女の好きにさせた。そうして彼女が足を向けたのが貴様だった……クロウ:エイジ」

 英治は記憶を呼び起こす。


 いじめられて殴られて、耐えぬいて独りで歩いた帰り道。

 初めてアオマキグサを見て、そして、初めてコウに話しかけられた日。

『九籠くん。そこで、何を見てるの?』

『そう、九籠くんにも見えるんだ。とっても、綺麗だよね』

 いつも憮然としていた彼女の弾けるような笑顔を初めて見たのも、あの日だった。


「時を同じくして、偶然にもコード:ファーストが貴様の内に潜り込んでもいた。我を宿した彼女と、コード:ファーストを宿した貴様。仮想生命体を宿した人間同士の奇跡の邂逅を実現し、ともにアオマキグサをその視界に映すことができる同胞を得た彼女は、同時に我が提示する世界の改変を受けいれた。ただひとつ、貴様が自由に世界を渡ることのできる状態を維持する、という条件のもとに」

「僕が、自由に?」

「世界を転覆する使命を帯びた我と、貴様の幸福の為にと世界の改変を望んだ彼女。かくて、我らの願いは一致した」

 そしてコウはコード:0になった。

「そんな」

「世界の改変は、彼女の望みでもある。我はそれを実現するつもりだ。もし貴様に彼女を想う気持ちがあるのなら、受けいれてやってほしい。四六時中、彼女のことを見守っていた我は、彼女の想いを知っている。どうか彼女の想いに応えてやってほしい。彼女が唯一想った、貴様にはな」

 言い置いて、不死鳥はまた翼をはためかせて高度を上げた。

 今度は下降する様子もなく、ただただ巨木の周囲をまわりながら飛翔していく。そのまま地核を抜けて、また地上に戻るつもりか。

 

 彼女の想いに応えてやってほしい。

 その言葉が、英治には空から降り注ぐ神の声のように聞こえて、それはしばらく地核内を木霊して耳の中を響きわたった。

 不死鳥が立ち去ろうとしている瞬間を目の当たりにして英治は、止めなければ、という使命感が胸を過ぎる一方、激しい衝動が胸中を突き上げていくのを思い知る。

 それは後悔の念か。

 彼女と初めて言葉を交わした記憶を引き寄せて、そうして彼女にかけてもらった言葉の数々が次々とわき上がっては脳裏を過ぎ去っていく。


『コウでいいよ。ていうか名字で言われるの、嫌いなんだよね』

『いつか、私はあの花を手にしたい。九籠くんも、手にできるといいね』

『九籠くんは、都合が良すぎるんだよ。だから色々、利用される。不良たちにも、あの女にも、私にだって』

『私、九籠くんの全部、知ってるよ。大丈夫、九籠くんはきっと間違ってない。間違ってるのはこの世界の方だから』


 最後に、彼女に抱きしめてもらったときの柔らかい感触とじんわりと安らかな温もりが蘇ってくる。

 忘れられない。

 だからこそ、記憶をたぐり寄せるたび胸を突き上げる後悔が痛みを与えてくる。


 英治は気がついていた、彼女の想いに。気がついていながら、しかしそれを信じることができなかった。信じるだけの材料が、確証がなかったのだ。いじめられていて、クラスでもぱっとしない自分が彼女に好かれるはずもないと、そう思っていたから。

 そう思うばかりで、だから彼女と向き合おうとはしなかった。

 怖かったのか? 彼女と向き合うことで、何かが変わってしまいそうだったのが。答えを求めた結果、彼女から拒絶されて永遠に離れ離れになっていた可能性もあって、だからこそ、現状維持を優先してきた。


 その結果が、彼女とコード:0とが完全融合を果たした現在。


 胸を突き上げる後悔の念は、ただただ無力感へと姿を変えていく。

 彼女と向き合わないまま、しかしリンに救われた。そんな英治の人生を、しかし彼女は見守ってくれていた。

 ただ相手の幸福を願う。その純真たる善意にすべてを捧げた彼女は、そして地の底で赤黒い翼を持つ鳳と成り果てた。

 それがただ己の願いだったとうそぶいて、彼女は飛び去っていってしまった。

 

 はたして、彼女の変貌を止められなかった自分があの不死鳥を追う資格はあるのだろうか。

 英治は自問する。いや、本当は問うまでもない。

 資格など疾うに失っている。彼女に抱きしめられながら、その想いに気づいていながら、この手で彼女を抱きしめかえそうとしなかったあの日から、己の無力は定められていた。


(こんなにダメな僕を、それでも、君は)

 ムラマサの中枢制御AIのなかで、英治は深いため息をつく。

“世界でもっとも無意味な情報”の烙印を押されて地の底に封じられている現状こそ、無力な己が到達するべき現実世界ではないか。

 両手両足が岩盤に埋め込まれているから身動きひとつできないが、しかし仮に自由に動けるようになったとしても、自分はきっと立ち止まっていたに違いない。

 そう確信した次に、英治はコウが望んだという世界の改変の、その間違いを胸中で指摘してみた。

(大湖さん。君は僕のために世界を作り直してくれた……それは、嬉しいけどさ)

 ふっと笑って、自嘲した英治は思う。

(どんなに世界が変わっても、変わらなくても、僕はダメなままだよ。大湖さん)

 コウがコード:0の提示する世界の改変を受けいれたのは、ひとえに現実世界に苦しむ英治を救うためだと言う。

 しかしそんな世界をつくってくれたところで、実際に幸福を積み重ねていかなければならないのは英治自身にほかならない。

 ありがたいことだけれど、しかし英治は確信する。彼女がつくってくれた世界のなかでさえ、きっと自分はダメなままなのだろう、と。

 世界が変わっても意味はない。そこで毎日を過ごす自分自身が変わらなければ一切の価値は生まれない。


 そう思うから、英治は次には地の底で視界を上げていた。暗視ゴーグルなしでは一寸先も見通せない暗黒世界のなか、ほの暗い青色の燐光を放つ大樹を前にして、飛び立った不死鳥の姿を捉えようとして。

 彼女を追う資格がないのは、承知しているつもりだった。

 しかし英治は同時に背負っている。

 リンから託された、一枚のルーズリーフ。リンをこの手で消去したときに誓ったことがある。

(僕は、せめて夏休みの宿題をぜんぶ、終わらせなきゃいけない)

 それだけではない。

 ルーズリーフの裏面の記入式リストに、夏休みの間に好きになったことを次々と書き足していかなければならない。そのためには一刻も早く夏休みを再開して、いろいろなことを体験しなければならない。

 それがリンに誓ったことであり、自分を好きだとはっきり言ってくれたリンに対して自分ができる、唯一の恩返しだから。

 リンを消してしまった罪を、二度と繰り返すつもりもない。

 

 地の底で天を見上げた英治は、ふっと体が軽くなるのを感じた。

 手足が岩盤から抜けて自在に動けるようになっていた。正確には、ムラマサの背部から重力制御の金色の光輪が放出され、それによって無理矢理地底の岩盤から全身を引きはがしていた。

 暗黒のなかを進む不死鳥を追う決意を固めた英治の意志に呼応し、自動的に重力制御リングを放出したムラマサは、次の瞬間、上昇を開始。徐々にスピードを上げていき、やがて彼方へと飛び立っていく赤黒い翼に追いついた。


「追いすがる、ということは……彼女の意志を、踏みにじるということか」

 コード:0は飛翔しながら問いかける。

 英治はあくまで言い返した。

「踏みにじったりなんか、するもんか。僕はただ、大湖さんに間違いを伝えに来ただけだ!」

 だからこそ。

「大湖さんを、返してもらう」

 豪語して、そうして英治は視界に映る不死鳥を睨む。

 同時、英治の視界に電子表示の十字の標準マーカーが覆い被さりターゲットロックを完了した。

 不死鳥は翼を翻して向きを変え、上昇から一転、急降下。まっすぐムラマサに突撃してきた。

「ならば、今度こそ消えてもらう。“世界でもっとも無意味な情報”としてな」

 不死鳥はその姿を変え、人型になっていく――赤黒い炎の翼を振り袖の形に仕立て直した、女性の姿に。

 対峙する英治もスピードを増し、真正面から迎え撃つ。



[『村正』:ターゲットロックを確認]


[プログラム・ヴァニシング:最重要目標への接触、および削除へと移行]


[了承:戦闘駆動、許可]



[警告:カウントオーバー……カウントダウン・1]


[脳接続 継続]

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