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14-2 地の底で咲く花~生命の星~

[脳接続 超越状態 開始:カウントダウン・3]


 僕は目を開けた。

 ムラマサの言葉に従ってみたはいいけれど、いったいどんな仕組みでここに来たのかは正直、よくわからない。


 世界の果ての先にある場所は墓標だった。

 ここが星のどこに位置するのか?

 僕にはそれもわからない。

 でもこの静かすぎる場所はお墓にしか見えなかった。土の盛り上がりに木の棒が一本、突き刺さっているだけの簡素なものが大量にあって、視界を埋め尽くしている。

 僕はその棒を見た。青白い輝きで彫られた文字が浮かび上がっている。


『生命コード:11133313232223 ハチ』


 いったい何のことかわからなかったけれど、しかし順番に眺めていくうちに、僕はその文字列についてひとつ、推測してしまう。


『生命コード:11133313232224 シロ』


 僕はそしてその文字列を偶然、見てしまった。


『生命コード:1324243333454939498 サエキ:ワタル』


 明らかに人の名前とわかるもの。

 その名は、あのワタル――かつてコード:ネメシスと融合し、削除してしまった天才少年と同じもの。


『生命コード:121324343434343434 タカダ:アキラ』

『生命コード:101234567876543232 クウジョウ:タダシ』


 偶然の一致なのか、あるいは、それらは真実彼らの墓標なのだろうか。


『生命コード:128765234565329332 ヤマト:リン』


 いったいこれらは何なのだろう。

 現実世界にあるお墓とは別に、どうしてこんな場所に?

 僕が首をかしげた時だった。


「九籠くん……来てしまったんだね」


 無音の場所で聞き知った声が響いた。

 ふと隣に大湖さんが立っていた。

 いつからそこにいたのかわからないけれど、僕は大湖さんがいてくれて安心した。こんな静かで、落ち着いていて、でもどこか肌寒い場所に独りでいつづけることなんて、できそうもなかったから。


「ここは世界の果ての向こう。地球の底に眠っている、地核情報のなか」


 大湖さんはこの場所の静かな空気を乱すことのない、いつも通りに落ち着き払った調子で語ってくれた。


「ちかく、情報?」

「うん。この星のすべてを構成している情報だって、ゼロが言ってた。これを自在に操ることができれば、星を好きなように改変できるんだってさ」

「情報? お墓、なのに」

「へえ。九籠くんにはここがお墓に見えてるんだね。私には図書館に見えてるんだけど」

 

 同じ存在をみていながら、違うものが見えていた。そういうことが果たしてあり得るのだろうか?

 でも僕は大湖さんの言葉なら信用できる気がした。いつも、誰にだって本音を言ってくれる彼女なら。


「図書館……本が好きなの?」

「わからない。でも、本を読んでいると何も考えなくて済むから。くだらない私の愚痴も聞かなくて良くなるし、明日のテストのことも、将来のことも、家のことも……ぜんぶ、考えなくて良くなるから」

「そうなんだね」

 

 僕は言葉を返しながら、それがいったい幸せなことなのか、辛いことなのかイマイチ判断できなくなる。

 でも同時に、よくわかる気もした。

 それは僕が草むしりしていたり、お風呂掃除をしている時と同じだから。何かを傷つけて、抹消しているときは全力でそのことに集中できて、他のつまらないことは何一つ考えなくて済む。だから僕は、それに没頭することが好きだった。

 人によってはそれが恋愛だったりするのだろうし、スポーツだったりするんだろうけど、僕にとってはそれが草むしりとお風呂掃除だった。


「でも、地核情報、なら……どうして人の名前が?」

「ここにあるのは、すべての生命の情報。人の名前だけじゃなくて、たとえばそこの『ハチ』っていうのは犬の名前なんだと思うけど。動物だけじゃなくて、草とか、キノコとか、ゾウリムシとか。そんな森羅万象の命の情報が、地核情報」

「命の、情報?」

「うん。この地球という惑星には、生きているものしかない。命あるものしかない。星自体も生きている……だから星は、あらゆる命を記憶しているの」

「そんな、でもそれじゃあ、ここにあるのは数億とか数兆とか、それどころじゃないんじゃ」

「そう。この星が誕生してから生まれた命のすべてがここにある。すべての命はこの星で生まれて、この星の情報に還っていく。この星は、命で構成されているんだって、ゼロがそう言ってた」


 僕は今一度、目の前に広がるお墓たちを見渡した。地平線は見えない。どこまでも広がる地上が、あますところなく林立する墓標で埋め尽くされている。

 とても静かで冷たいこの場所は、しかし命を終えた誰かの最後の居場所ということで、それはやっぱり冷たいことなのか、あるいはあたたかいことなのか……僕は、どっちか判断できなくなる。


「どうして、どんな必要があってここにあるのかはわからない。生命の情報なんて、あってもなくても地球は変わらずに生きているだけな気もするし。でも何故か地球は、しっかり保存してるの。物好きなのか、ただ捨てられないだけの怠け者なのかよくわかんないけど。でも、これを見たらさ。なんか、死んでもいいやって私、思えて」

「死んでも、消えるわけじゃないって思えるもんね。僕もちょっと、死ぬのが怖くなくなった気がするよ」

「九籠くんは、ダメ。絶対ダメ。死ぬなんて、言っちゃダメ」

 静かに、しかし幾度も重ねられた言葉に思わず僕は大湖さんを見た。

 大湖さんも僕を見ていて、メガネ越しの彼女の瞳はじんと熱い視線を帯びていて。少しだけ、涙目になってもいる。

 でも、大湖さんのそんな物言いはずるいと思う。

「その言葉、そのまま大湖さんに返すよ。大湖さんこそ、死んじゃダメだよ」

「私は……いい。私が死んでも、誰も悲しまないと思うし、生きていても私の居場所なんてどこにもないの」

「僕が死んじゃダメだって、言ってるのに?」

「……その言い方は、ずるい。でも九籠くんならわかってくれるでしょ。これまでも多くの願いと出会いながら、削除してきた九籠くんなら。願いの重さを誰よりもわかっている九籠くんなら、わかっていながら、失わせてきたあなたなら。私の好きなようにすること、許してくれるって信じてる」

 言い終わった大湖さんは、そっと視線を外して遠くを見てしまう。

 そんな風に信じてるって言われてしまうことは、どうにも突き放されているような気がしてならない。

 嫌な予感ほどよく当たるって言うけど、この現実は本当にその通りだと思う。

 ふっと、大湖さんの姿が突然、消えた。僕を突き放したまま、勝手に。

 何の予兆もなくて、そして何の余韻も残さない。まるで僕はさっきまで幻を見ていたんじゃないかと自分自身を疑うほど、彼女はあっさりと消えた。

 あるいは、僕はさっきまで本当に幻を見ていたのかも知れない。

 でも僕は、それでも思う。いや、思いたい。あの声は間違いなく大湖さんのものだった。いまこうしてここにいなくても、その存在が見えなくなったとしても。

 彼女はいま、ここにいる。


 そうして僕は、開いているはずの目を……もう一度、開いた。



[脳接続 次元移動を検知:了承]


[『村正』:再起動を開始]

[プログラム・ヴァニシング:最終段階へのシフトを確認]

[了承:対象の基幹情報を転送します]


[警告:カウントオーバー……カウントダウン・2]



 英治は目を開けた。

 ウィイイン、とモーター音が鳴り響く。それは外から聞こえる音ではない。英治自身が、己の肉体から響く音だとわかる。

 一瞬、何ひとつ見えなかった。そこは暗闇だった。

「!」

 一瞬後、周囲の暗度を把握したセンサーがカメラアイに補正を指示。暗視ゴーグルが自動起動され視界に補正がかかり、何一つ見えなかった景色がだんだんと視認できるようになってくる。

「ここは、どこ?」

 ウィン、ウィンとモーター音を響かせながら首関節を駆動させ、頭部を回転、人がそうするように左右の景色をきょろきょろと首を回して観察する。

 それでも英治は自分が今いる場所がわからなかった。

 それに。

「動け、ない……」

 動かせるのは首だけで、両腕が何かに張り付けられていて動かせない。両足も壁に縫い付けられていて、その時英治は十字架に張り付けられている罪人のイメージを自分に重ねた。


「目覚めたか? 世界でもっとも無意味な情報……いや、人類の唯一の対抗札“ムラマサ”よ」


 突然に響いた声。しかしその主はどこにも見えない。

 それでも声はごく近くから聞こえてくる。

 見えないけど、そこにいる。

 そうとわかった英治は、そうして己の意志が移植された機械の体――人型対情報機械兵器“ムラマサ”のボディ内部で生成されたラショナル・オーラを放出させる。

 青白い輝きの靄が周囲一帯に放出され、空間中にスクリーン効果を形成。

 情報は可視化され、そうして情報生命体たる仮想生命体の、その王――コード:0が不可視の神秘から目に見える物理存在へと引きずり下ろされた。


「久しいな。ここで貴様を敗北させたが、懲りもせずこうして再起動するとは。しかし、カメラアイの輝きが揺らめいてもいる。ムラマサ、いや、貴様は誰だ? 答えろ、ムラマサの内に自ら巣くった愚か者よ」


 問われて、そうして英治は応える。


「僕は、九籠英治。あなたが、コード:0?」

「人が神の名を呼ぶ無礼を、しかし問いに応じた感謝で許そう。貴様が九籠英治、か。ダイゴ:コウからよく聞いている」


 漆黒の巨大な影の巨人といっていい姿のコード:0は、両腕をそっと前に差し出し、その手で皿をつくるようにする。

 直後、その上に青白い輝きが発生。それは人の形になって……。


「コウ、さん?」

「また会ったね、九籠くん」


 巨大なコード:0を背景にして現れたコウは、すっとメガネを外して宣言した。


「ゼロ。始めよう、邪魔が入るその前に!」

「言われずともそうするさ。ムラマサ、いや、クロウ:エイジよ。世界の転覆を、我らの悲願の実現を、そこで黙してみるといい」


 声を重ね合うコウとコード:0は、直後、英治からは見えなくなった。

 コード:0と英治――ムラマサとの間に、巨木が発生したからだ。


「根源の花よ、いまこそ咲き誇れ……仮想の命よ、いまこそ地表に現れろ!」


 コード:0の声が地底に響き、そうして大木へと成長した最初のアオマキグサが、地核の空洞を突き進み、地表を目指して伸びていく。

 岩盤を突き破るわけではなく、ただ水が土に浸透していくように。アオマキグサはあくまで青白い輝きの靄の凝集として地核から抜け出し、地表へと到達。

 地上に飛び出したアオマキグサはそのまま蒼穹を抜けて宇宙へと至った。


 そこまで成長した後、仕上げとばかり、最後に一輪、花が咲く。

 地球という星を種子にした願いの花が、太陽の大きさにも引けをとらない大輪の花を宇宙空間に咲き誇らせる。



 もちろん、英治にはそこまで把握することはできないが、しかし目の前の巨大に過ぎるアオマキグサを見て、そうしてコード:0とコウの声をきいて、ぐっと両手を握った。


「いまここに、我は器と融合する」

「この残酷な世界を、転覆するために!」

 

 二人の声が響いて、それでも両手両足が張り付けにされて動けない我が身の無力を感じて。

 英治は一度、目を閉じた。

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