14-1 地の底で咲く花~出発~
『コード:0を倒すっていうから、あいつについたんだが。どうやら正義はやっぱり、お前の方にあるみたいだな』
銃声を聞いて死を確信した英治は、そんな声を頭のなかで聞いていた。
『簡単なことだ、ヒロインを救出するってのは主人公の役回りに違いない。だからお前の方につくことにしたぜ』
それは死を前にした幻聴、ではない。
脳内に響いて、それだけで気分を高めてくれる声。
刹那、英治は視界に映る現実世界をやけに鮮明に見ることができるようになる。具体的には、はるか遠くを飛んでいるペンギンたちの群れや遠くの空で輝きだした星たちのひとつひとつをまるで手元にたぐり寄せたかのように、つぶさに観察することができた。
そして、こちらに迫ってくる赤色の銃弾も。
『だから、まあ改めてよろしくな。まずはこの状況を乗り切ろうぜ!』
[脳接続 開始]
そういうわけで裏切り者のムラマサは結局、俺につくことにしたらしい。
都合のいい奴だ。
しかしおかげで俺はコード:ファーストの化身を解除し人の姿に戻って、まっすぐこっちに向かってくる弾丸をこの目で捉えることができる。
脳機能を高めることで動体視力が向上している。俺は首をさっと曲げて、間一髪で弾丸を避けた。
「馬鹿な!」
ゲンジのおっさんはそう叫んだが、まあ無理もない。常人には不可能な動きなのは間違いない。
だが、おっさんの握っている武器は普通じゃあない。そこはおあいこだろう。
俺はすぐさま虚空に手を伸ばしてムラマサ・グリップを掴み取ると、一度空振りして金色の刃――鬼切を顕現させる。
鬼切の刃先を俺の肩に入れて、そうして肉体を蝕む赤色の弾丸を蒸発させる。
「っ!」
痛いってもんじゃないレベルの灼熱が俺を襲うが、しかしこれでようやく俺の肉体情報は削除の侵食から免れる。
俺はすぐさま立ち上がり、水面を一蹴り。
水しぶきが上がったと同時、おっさんの目の前に迫って鬼切を振り抜いた。
「ムラマサか!」
いまさらのように気づいたらしいが、もう遅い。
俺はおっさんのピストルの銃身を切り裂いて無力化してやる。
これでもう、戦闘能力はないはずだ。
「ガキに押されるのも、癪だな!」
おっさんは言うなりピストルを俺にむかって投げつけてきやがった。
「っざけんな、危ねえ!」
俺がそれを避けること自体は簡単だったが、おっさんが懐からさらにナイフを取り出し、それが赤色に染まりだした時点で防御姿勢を取らなきゃいけなくなる。
「そこをどけ、クソガキ!」
おっさんはもうヤケにでもなってるんだろう。赤色に染まった短刀を俺に向かって突き出してきやがる。
いまの俺は明らかに人間の姿をしてるのに……殺人がしたいのか?
これが狂気という奴か。
俺は納得したが、だからといって状況をよくする物でもない。
奴は俺を殺したいのだろうが、俺はおっさんを殺すわけにはいかなかった。
俺は大湖さんを救いたいんであって、殺人がしたいわけじゃあない。
そういう意味では俺はまだまだヤケになっていない程度の理性を保てているわけだ。
「消えろ!」
おっさんの声が響いて、ナイフが手元に迫った。
鬼切をそのままナイフに当てて振り払おうとしたのだが。
「しまった!」
俺は思わず、己の失態を盛大に口に出してしまった。
赤色のナイフに当たった瞬間、鬼切がきれいさっぱり削除されてしまったからだ。
「デリート・カラーの性質を、把握していなかったか!」
おっさんはひげ面を歪めて盛大に心のなかでガッツポーズしているに違いないが、俺にとってはまさに生死に関わる事態だ。
あらゆる情報を削除できる赤色の武装に対抗できるのは、同じ性質をもつ赤色の力のみ。チャージアップをする暇はなかったというのは言い訳に過ぎない。おかげで俺はつづいて繰り出される容赦ない連撃を防ぐこともできなかった。
「クソッたれ!」
俺は罵詈雑言を吐き出しながら、向上した動体視力で斬撃を避けつづけるが、しかし血を流しながら突っ込んでくるおっさんの動きはまったく鈍らない。
ナイフによる斬撃は本当に無限につづくんじゃないかと思われて、俺がほとほと呆れながらも手詰まりになりつつあるのを自覚する。
「俺の前に立つから、そういうことになるんだ!」
おっさんはそう言って、横なぎにナイフを振るった。
俺はそれをただ後ろに下がって避けたのだが。
「終わりだな」
おっさんがそう呟いた直後、だ。
その手からナイフが素早く投擲される。
空中を疾走する赤色の投げナイフが、まっすぐ俺に向かってやってくる。
後ろに下がっている途中の俺にはそれを避けることができない。視界で捉えること自体は簡単だが、肝心の俺の体が反応しきれない。
これが人の肉体の限界か……俺は不意に、コード:ドラグーンへの化身を選択肢に入れた。
これを防ぐことができないとあれば、つまりはおっさんの言葉通りの終わりがやってくる。
「くそ!」
俺は叫んだが、しかし直後、バイクのエンジン音がボン! と瞬発的な爆音を打ち立ててこっちに響き渡ってくる。
それは突然だった。
俺の腕が誰かに掴まれたのかぐいと引っ張られ、肉体が水面から浮き上がって宙に浮いた……かと思えば、高速駆動するバイクの慣性にすべてをもっていかれて、俺は肩が脱臼するんじゃないかと危ぶむくらいの力に引っ張られることになる。
それでも、おかげで俺はナイフを避けることができたわけだが。
「恩に着るよ、ココロの姉ちゃん」
「ふ、本当に別人になるな、キミは」
聞き慣れた声に俺は安堵する。そしてライダースーツを着用して愛車にまたがるココロの姉ちゃんを心底頼もしく思ったのと同時。
「それじゃあ、がんばるんだな」
姉ちゃんはそうして突然、俺を掴んだ手を離してしまった。
「! 強引だな」
俺はバイクの慣性から急速に抜け出して、おかげでごく水面スレスレを滑空することになる。普通ならそのまま水面に接触、直後に大衝撃を味わうとともに大けがをするところだが、幸い脳接続中の俺はそんなヘマをしない。
水面に体が接した瞬間に勢いよく転がることで衝撃を減殺。あまりかっこよくはないし、そして目が回りそうにもなるが、何はともあれ俺は無傷で着地を決めてやる。
「子どもの逢い引きもモニターで監視か。呆れた女だな」
「その子どもの逢い引き中に女子を襲ったクズ男には、言われたくないな」
バイクを水上で停止させた姉ちゃんに、おっさんは減らず口をたたく。
おっさんの視線は血走っていたが、対する姉ちゃんの表情はずっとやわらかい。
「透の遺そうとした世界を護ると誓ったんだ。手段は選べなくもなるさ」
「あたしはもうそこんとこは振り切れたよ。なるようにしかならないものだからな」
二人がそうして再会の与太話をしている中、俺はもうおっさんのことは姉ちゃんに任せることにして、太陽があったはずの空を見る。
薄紫色の空間崩壊現象は、しかしすっかり消滅していた。
空はすでに夜になりつつあって、反対の空には月がうすく見えるくらいだ。
陽は、沈んだ……河の水平線を見渡してみても大湖さんの姿は見えない。となれば、彼女は彼女の望むように、世界の果てに行くことができたんだろう。
「間に合わなかった、か」
ひとつため息をついて、俺は状況を理解する。
彼女が行くべきところに行けたのならそれでいい。俺はそう思うことにして、戦闘も終わったことだし脳接続でも解除するか。
草むしりでもして帰って、また風呂の垢を消し去ってやろう――そう思う一方で、俺は胸が痛み出すのも自覚している。
彼女が望んだ場所に行って、それでどうなったんだろう?
そして俺は? 俺はこれから、どこに向かっていけば良い? もうリンはいない。そして、たった今コウもいなくなった。俺はいったいこれからどうすればいいというんだろう。
その時俺は初めて、この現実に絶望した。
世界のなかで独りになったような、そんな空しさを感じた。
『あの女の子を、追いかけたいか?』
まったく言い方を選ばないその声は、ムラマサそのものの声だ。
戦闘が終わったというのに、聞こえる度に俺のテンションを維持してくれるその声は、いったい何の用があるというんだろう。
しかもその言い方じゃあ、俺がただ女子を追いかけたいだけの性欲まみれの男みたいじゃねえか。
『いやいや、そういうつもりじゃあないんだが。もしあの子を追いかけたいって思うんだったら、俺の力を貸してやるぜ?』
ムラマサの力ならすでに今も借りているが……どうやらそういうことではないらしい。
俺が首をひねった、その時だった。
突然、俺の脳裏に地球の奥深くに埋め込まれた、鎧武者型ロボットの姿が浮かんでくる。
それはかつてコード:0に敗北し、この星を構成する情報のなかに埋められてしまった、“世界でもっとも無意味な情報”、その本体。
『世界の果ての向こうには、この星を構成する情報の山がある。コード:0も、器の少女もそこに行き着いているはずだ。なにせ、情報の山を解析して星のすべてを造り替えてしまうことが、あいつの目的だからな』
ムラマサはそうして、俺が進むべき道を提示する。
すでに閉じてしまった世界の果てにつづく道をふたたびこじ開ける方法もわからない以上、彼女を追う道はもはやそれしかない。
『決まりだな。なら、お前の方から俺に接続してこい。俺の体を、貸してやるよ』
そうして俺は、意識を失った。
[脳接続 解除]




