13-3 金色の道標
ココロはファミレスに一番近いバス停で待ってくれていた。
白衣でもライダースーツでもない私服の彼女を初めて見て英治は一瞬、目を奪われる。
焦げ茶色のフリル付きブラウスに赤いネクタイをあしらい、足下は赤いパンプスで飾っている。足下から腰までは藍色のロングスカートが伸び、ブラウスも長袖なのも相まってとても夏の服装とは思えない。それでいてまったく暑苦しい印象がなく、むしろ涼やかな雰囲気を放っているのはひとえに彼女の落ち着き払った態度の賜物だろう。
「ん? あたしの服に何か着いているのか?」
目をぱちくりさせてココロは首をかしげる。悪戯っぽく笑ってそう言っているから、天然でボケているのか英治をいじりにきているのかは判然としない。
「い、いきましょうか」
相手にしないことにして、英治は我先にとファミレスへと入店していく。
「ふふ。平等を意識して、あたしも今日はバスで来たんだが。出発前の三分で決めたコーディネイト、お気に召してもらってよかったよ」
そんな声が背中で聞こえたが、英治は聞こえないとばかりに無言で通した。
二人での来店は二度目だが、最後に来たのはリンと一緒だった。
生乾きの思い出が胸によぎって不意に視界がにじんだが、英治は首を振ってメニューをみつめる。
そんな英治の顔を見たココロは、一度ため息をついてから目を伏せた。
着席してからしばらく無言を漂わせた二人だったが、
『ぴんぽん!』
と、ベルが鳴る。
英治が目を上げれば、ココロが無言で店員呼び出しボタンを押していた。
「ま、まだ決めて」
そう言っているうちにも店員が来て焦る英治だったが、ココロはあくまで堂々と、
「とりあえずドリンクバーを二つお願いします。料理はまた後で注文させてください」
店員に会釈をして注文を終えたココロは、
「かっしこまりましたー!」
とにこっと返事をして去ったその店員を追うようにして離席。
そのままドリンクバーに行くと、異様な色をした液体をなみなみ注いだグラスをもって戻ってくる。
コン! とグラスを打ち付けるように英治の目の前に置いたココロの瞳を、そのとき英治は改めてのぞいた。
少し潤みがちで、しかしそれでもなお微笑を浮かべてくれる瞳だった。
「何が起こったかは、あたしにはわからない。でも、キミはいつもがんばってる。その点だけは、私はキミについてよくわかっているつもりだ」
ほい、と顎をしゃくって英治に嚥下を促す。
「そいつを飲んで、元気だせよ」
「ココロさん……」
正直、リンのことは忘れられそうになくて。それでも彼女の命を無駄にするわけにはいかないから、がんばらなくちゃいけなくて。でも何をすればいいのか、正直確証がなかった。
でもその確証を得るための情報を求めて、いまはココロと向かい合ったのではなかったか。
思い出の影に見失いそうになった目的を今一度脳裏に再生した英治は、ココロの気遣いをそのまま液体の形にしたドリンクに口をつけた。
「うっぷ!」
一口ふくんだだけで吐きそうになる。
お茶の味がするはずなのに、風味はソース。
(この人!)
英治は思いきりココロを睨むが、相手は「プフッ」と息を吐いた次には大爆笑していた。
「ははははは! いつまでも辛気くさい顔してるからだ、この馬鹿が!」
英治は口に含んだものをココロに向かって吐き出そうとも思ったが、店内に大洪水を起こすわけにもいかず怒りを静めて不快な液体を飲み干すと、おもむろに立ち上がる。
そうしてドリンクバーに向かい、グラスをココロの前にツン! と置く。
「どうぞ」
「お、おう」
二人はしばらく、ドリンク戦争に明け暮れた。
お互いの気も済んで、口直しに料理を注文した後。
「それで、だ。情報交換というわけでキミに伝えておきたいことがある」
ココロはコーンスープをスプーンですくって唇に運びつつ、本題を切り出していく。
「コード:0の位置について。これはおそらく、という推測の域を出ないが、この世界から消失している」
「え?」
英治は思わず握ったフォークを取り落としそうになる。
消失……それはつまり、死んだということか。
「ジャミングであれば、こちらの索敵波を攪乱するための電磁波が発生するはずなんだがその形跡もない。にもかかわらず奴の存在を観測できないとなると、この世界から消失していると考えられる」
「そんな」
リンの次は、コウまで?
英治は拳をきゅっと握った。ココロと話した後、会いに行こうと思っていたのに。
悲痛の色を強くした英治の瞳を見て、ココロは少しわたわたと瞳を揺らして、
「しかし、しかしだ。よく聞いてほしい、英治くん。確認したいことがある。コード:0の器の少女……その人のことを、キミは知っているんだったな」
英治は泣きそうになりながらも「はい」と短く答えてくれた。
「見たところ、どうだった? 完全融合には至っていたか?」
「それは」
涙を抑えて、英治は振り返ってみる。
コウが仮想生命体を使役していたのを最後に見たのは、終業式の日――コード:インフィニティとの対決があった日だが、そのときは影を使役しているだけのように見えた。コウの体とはあくまで切り離されている。
つまり、完全融合には至っていないということだ。
「彼女と、コード:0は別々に存在していたと思います」
英治は答えながらそこにわずかな希望を見出して、少しだけ表情を回復させた。その様子をみたココロはほっとため息をつくと、
「完全融合には至っていない、となれば、少女の方はこの世界に残っている可能性も捨てきれない。まあ、完全融合を果たした末にこの世界から消失したとも考えられるが、上位存在が完全融合したときにはあたしのコンピュータにそのエネルギー波が観測されるはずだから、それもないだろう」
つまり。
コウはまだこの世界のどこかに、いるのかも知れない。
「そのことに加えて、面白い情報もあるんだ。コード:0の反応が消失しているにもかかわらず、しかし仮想生命体はいまだにその数を増やし続けている。仮想生命体を生み出すはずの存在が世界からいなくなっているというのに、だ。妙だとは思わないか?」
そうしてココロは、ニヤリと口の端をつりあげて科学者の笑みをうかべた。
「コード:0を倒せば仮想生命体の誕生を止められる、とあたしは考えていたんだが、これは実に面白い現象だよ。コード:0がいなくなっているのにも関わらず奴らの増殖は止まっていない。これについて、考えられる仮説は二つ」
笑みを深くしたココロの瞳はぎらついていた。英治はその鋭くも情熱的な色を見て気圧されつつも耳を傾ける。
「ひとつは、そもそもコード:0が仮想生命体を生み出している、という情報そのものがフェイクである。仮想生命体は自然発生するもので、そこにコード:0の能力は何ら関係していない、ということだ」
そうして、とココロは舌なめずりして、本命となる二つ目の仮説を言い放つ。
「あるいは、コード:0はまだこの世界に存在している……あたしのコンピュータが観測することのできない、この星を構成する情報、“地核情報”のなかに奴はいる。そう考えれば、仮想生命体が増殖していることも説明可能だ。まあ前者の可能性を研究するのも面白いそうだが」
言い終えたココロはウーロン茶コーラを口に含んで水分補給する。
「は、はあ」
英治は正直、すべてを理解することができなかった。とはいえ、仮想生命体の反応が増殖しつづけているにも関わらず、彼らの生みの親であるコード:0が計測できない、というのは矛盾した現象だ。それだけは理解して、英治は次のココロの言葉をきいた。
「それで、だ。これはあくまであたしからの助言と思って聞いてくれ。実行するかどうかはあくまでキミの自由だ。いいな」
強制はしない、ということか。
英治はしかし、そんな彼女の気遣いがむずがゆいとも思う。
もう進むべき道は決まっているのだ。愛したかった人をこの手で殺して、その人の心の言葉を聞いたその瞬間から。
英治がうなずくと、ココロは提案する。
「この現象について、すべての鍵はコード:0の器の少女が握っている。コード:0がまだ願い主と完全融合していないということは、だ。少女はまだこの世界のどこかにいるはずだ。彼女と接触し、言葉を引き出すしかない。逆に、それさえできれば事態を前に進めることができるだろう。これはあたしにはできないことだ。しかし英治くん、キミがその子のことをよく知っているというなら、これはキミならできることだ」
いや、と否定し、そしてココロは科学者の笑みを消して、真摯な瞳を開いて英治に真正面から言い放つ。
「これは、キミにしかできないことだ。この世界のなかに生きる、すべての人類のなかで……キミにしか、できないことだ」
繰り返されたその言葉に、英治は胸をうたれた。すぐにうなずくには謙遜が邪魔したし、それほどの自信もなかった。しかしその通りだとすでに直感してもいる。
ココロは仮想生命体の場所を特定できるが、それとは無関係な人間の居所を追えるわけではない。そして英治にはコウが行きそうな場所について心当たりがあった。
いつも本を読んでいて、放課後に草花を見るのが好きだという彼女。一見して無口で、しかし尖った言葉を吐き出すこともあるイマイチつかみ所のない人間に見える、彼女。
しかし英治は、英治だけは知っている。彼女から唯一抱きしめてもらったことがある男だからこそ、彼女の優しさを誰よりも知っている。
情報交換を終えると、英治とココロはしばらくおしゃべりした。
「高校の夏休みといえば、そうだな。あたしはひたすら自由研究にいそしんでいたよ。自由に、研究ができる。いま思えば素晴らしいことだった。闇雲に昆虫採集をして標本をコンプリートした昔のあたしを褒めてやりたいが、しかしもっとマシなテーマに時間を遣えと説教したくもなるな」
そんな風にココロの過去の話をきいて、英治は何日ぶりか、本心から笑えた。
時間は過ぎて昼の太陽が傾き、街路に金色の黄昏が訪れる。
中央市街のメインストリートを行き交う歩行者はその数を減らし、車道にも同様に平穏が訪れる。これから始まる帰宅ラッシュを前にした、束の間の引き潮。
時計をみた英治は、ひとしきり笑ったあとにココロに告げた。
「今日はありがとうございます。あの、そろそろ。行くところがあるので」
その一言を聞いたココロはおしゃべりを止めて、哀れげに瞳を伏せたが、次の瞬間には笑顔をつくって言葉を贈ってくれた。
「そうか。なら、行ってこい」
「はい」
英治が立ち上がると、ココロも背中を追って付き添った。
とはいえ、ファミレスから出ると二人はそれぞれの道を歩いて行く。
「女子に会いに行く男子の後をつけるなんて、無粋なマネはしないさ」
と、ココロはそう言って足早に立ち去ってくれた。
「じゃあな」
背中を向けて手を振ったココロに、見えはしないこちらの手を振り返すと、英治はメインストリートを下っていく。
「店外への移動を確認。両者が別行動を開始しました。科学者への尾行は?」
『いや、彼女は放っておいていい。赤色の力を持っているのは少年の方だ。少年への尾行を継続しろ』
「了解」
スマホをポケットにいれて、不可視の赤い斧を背に担いだ女がひとり、英治の後ろをつけはじめる。
そのことには気づかず、英治はただ彼女がいるだろう場所へと向かっていった。




