13-1 ヴァニシング後日談~愛の宣誓~
[脳接続 侵食継続]
僕は地に堕ちながら、さっき殺した大和さんの声を聞いた気がした。
好きな人には好きっていわなきゃ、ダメだからね。英治くん。
(君がそれを、言うの? もう君はこの世界に、いないのに……!)
私とデートしながらさ、あの女のこと考えてたんじゃないの。大湖コウさんのこと。
(君と一緒に過ごした日が、幸せ過ぎて……他の人のことなんて、もう)
あなたはね、偽りの私と過ごしたの。仮想生命体に蝕まれた、私と。仮想生命体が私に宿らなければね、きっと英治くんに告白なんてしてなかったよ。釣り合いがとれないってことわかってたから、諦めて他のイケメンな先輩と付き合ってたと思うな。
(僕は、幸せだった。それでも、嘘をついていたって言うの? そんなこと、僕は信じられない)
あの女は私と違って、偽りじゃない。あの女が英治くんを抱きしめてるとこ、私見てたんだよ? あの女は私と違ってね、あの人のまま、あなたを抱きしめたの。本物の想いだと思う。
(偽りって、何? 嘘も本物も、ないよ。僕に浮かべていた笑顔が全部、嘘だったなんて。そんなこと、ないよ。リンさんはそんなに嘘が上手な人じゃないでしょ!)
よく聞いて英治くん。あの人を救ってあげてほしいの。コード:0を宿してしまった、コウさんのこと。英治くんならきっと、あの人の抱えてるもの、わかってあげられると思うから。
(コウさんを、僕が……救う?)
うん。たぶんあなたとあの人は、支え合って生きていける。同じ苦しみを抱えて、同じ願いをもってるあなたたちなら、きっと……幸せを掴めるはずだよ。
(そんなこと言われたって。僕はまだリンさんのことが)
じゃあね、英治くん。最後にお礼を言わせて。
私の想いを断ち切ってくれて、ありがとう。英治くんと一緒にいられなくなったのはさみしいし、家にも学校にも戻れなくなったのも残念だけど。
でも私ね、今までずーと、自分のことしか考えてなかったから。
あなたと出会えて、あなたと話せて、お付き合いできて……初めて私は、他人のためを想って行動できたの。
その証拠に、こうして死んでるし。これならもう、完全に他人のための行いって言えるよね。反論は許しません。素敵な人生をありがとう、英治くん。どうか元気で、ね。
(待って。僕はまだ、言いたいこと、たくさん)
僕はそう呟いたけど、その言葉はどこまでも広がってく青空に吸い取られていくように、ただ響いただけで。
大和さんの声は聞こえなくなっていた。
[脳接続 解除]
コード:ドラグーンから人間の姿に戻った英治は、公園の真ん中にすっと着地した。
もう視界は滲んでいない。目はまだ赤いけれど。
(またひとつ、この公園に辛い思い出ができちゃったな)
ひとり、ため息をついた。
偶然にしては残酷すぎる。アキラとおじいちゃんを救いきれなかった記憶の残るこの公園に、さらにリンを救ってやれなかった記憶を重ねることになろうとは。
しかしこの場所にはコウに抱きしめられた記憶も同時に重なっていて。
加えて、リンはコウと英治が抱き合っていた現場を目撃していたと、そう言っていた。
公園を見渡して、記憶をたどって。そうして英治は理解する。
(大和さん。君は最初から、僕の手にかかって死ぬつもりだったの)
アキラのことを覚えていて、そうしてコウのことも知っているリンは、最期の瞬間をこの公園で過ごすことに決めていたのだ。この公園が英治にとって、かけがえのない大切な場所になるように。
アキラとの記憶が残るこの公園に、リンの悲願の記憶が重なってしまったことは決して偶然などではなかった。それはリンが意図して決めたことであり、つまりはすべてが彼女の計略通りだったのだ。
適宜ゴミ拾いをして、毎週草むしりをしにくるこの場所を英治が愛していることがわかっていたから、リンはここに自身の記憶を重ね合わせることにした。
これから英治は、この公園を綺麗にする理由をさらに厚くすることになる。
英治にとって公園を綺麗にする作業とは、これまではアキラとおじいちゃんを救えなかった罪滅ぼしだった。しかしこれからは、それに加えてリンとの思い出を振り返る機会ともなる。
(大和さん。当分、泣きそうだけど。でも、綺麗にするよ。君が褒めてくれた、この公園を)
そうして英治は、公園の隅に落ちているビニール袋3つと、長いトングをひとつ拾った。
瞬間、涙があふれてきた。
ビニール袋のうち、ひとつには抜いたばかりの草が入っていた。それはリンがその手で口を広げてくれた袋で、英治が抜いた草をすぐに入れてくれた。
『はじめての共同作業だね!』
(結局トング、つかわなかったね)
彼女の手をゴミ拾いで汚したくなくて、それでゴミ拾いはしなくて良いって言ったのに。
彼女ときたら。
『ならゴミ拾いは私がトング使ってするね。それならいいでしょ?』
英治はゴミ袋を一度、地において。
彼女の代わりにトングを握って、それで目の前のひしゃげた空き缶をひとつ拾った。
本当はいまごろ、彼女と一緒にゴミを拾っていたのだろうか。
でも、もう彼女はこの世にいない。
英治は独りで拾うしかなかった。
それでも英治は、ただゴミを拾いつづけて。公園は彼女が褒めてくれたように、また綺麗になる。
(ずっと綺麗にしていくからね。アキラさんに、大和さん)
英治はいっぱいになったゴミ袋を近くのステーションにおさめると、帰宅した。
風呂掃除を始める前に、英治は机に向かう。
机上に置いたルーズリーフ――彼女が遺してくれた夏休みを有意義に過ごすための計画書の、裏面の空白――“英治くんが夏休みで好きになったものリスト”と手書き文字で題された書き込み式のリスト表に、ペンを走らせた。
ゴミ拾い
草むしり
そう書いて、英治はペンを置いて。
次には表を裏返して、お手製カレンダーを見る。夏休みの五日目――その日付欄に書きこまれている参考書のページ数を実際に広げると、英治は宿題を開始した。
(ちゃんと、宿題終わらせるから。大和さんの言ってくれたとおりに)
英治はそう決意して、そして彼女の言葉の通り……コウの顔を思い浮かべた。
※
コウはすべてを見届けた。
そして英治が公園から去ったとき、部屋の畳に膝をつけた。とても立ち続けていられる気がしなかった。
「馬鹿女……」
呟いて、彼女が忘れていったコンパクトミラーを握りしめながら、彼女からプレゼントされたメイク道具一式を見た。
昨夜、彼女の決意を聞いた後。
話を聞いてくれたお礼と称して、彼女は化粧の方法を教えてくれた。
コウの家は父子家庭で、母親がいなかった。そのことをどうやって知ったのかはわからないが、
『なら私が教えてあげるよ!』
と、勝手にメイクの秘術を伝授してくれた。
それはそれでコウも知りたかったことなので、助かったのだが。
メイク講座がひとしきり終わった後、あの女は言ってきたのだ。
『かわいくなったね。これで私とも、ちゃんと釣り合う女になれるよ』
彼女は笑ってそう言うと、
『だから胸を張って、英治くんとお付き合いするといいよ。大丈夫、あなたたちならきっとベストカップルだよ』
一瞬前はそのことで泣きながら話していたはずなのに、彼女はすでに吹っ切れたように笑っていた。
その笑顔を見たから、だからコード:0で削除しなかったのに。
コウは彼女からもらったコンパクトミラーをそっと両手で包み込むと、胸に押し当てて抱きしめた。
「ありがとう。大和さん」
そうして、コウは目を開ける。
その目は、赤色。
赤黒い血の色を湛えたその瞳が、コード:0の“眼”と同期する。
「ゼロ。コード:バベルを起動する。柱に埋め込む願いの選定をお願い」
コウがそう呼びかけると、コウの脳をかけめぐる電気信号にコード:0が接続してくる。
『ついに手を伸ばす気になってくれたか。この冷たい世界を覆す、我らの願いに』
「ええ。彼女の死を、無駄にするわけにはいかないから」
大和リンを救えなかったのなら、せめて彼だけは。
コウは強い決意を胸にして、リンに言われたとおり……英治の顔を思い浮かべた。
互いを想い合う英治とコウ。
二人の心がアオマキグサを通じて地核に届いて――星の中心に根を張る“根源の花”を揺らめかせた。




