12-7 愛の賛歌~生涯を賭した想い~
コウはコード:0の“眼”で、二人の運命を呆然とみつめていた。
「やめて……お願いだから」
そう言いながら、しかしコウはコード:0の力で介入しようとも思わない。
自分の部屋の中に咲いたアオマキグサが放つラショナル・オーラをスクリーンにして、コウは英治とリン――ドラグーンとヴァルキュリアの衝突を見届けることにする。
「馬鹿女」
昨夜、コウはリンと話し込んだ。一時間、みっちり。
英治とのデートを終えたリンが、夜中に笑顔でコウの家の前から電話をかけてきたのが始まりで。
『大湖さん。ちょっと、話せるかな?』
いつも良い子ぶっている彼女のことだから、両親もさぞ堅苦しい連中なのだろうし、だから両親にどう説明して門限を引き延ばしてもらったのか。
それはまあいいとしても、いつの間に住所を特定された上に電話番号も把握されていたのか……とにかくも電話が鳴って、そうして夜の公園に呼び出されたのだった。
『ありがとう。お礼にメイクの仕方、教えてあげるね』
その公園というのは、まだアキラが存在していたころ、英治とアキラとが一緒に綺麗にした公園で。同時に、コウが英治を抱き寄せた場所でもある。
そのことを知ってか知らずか、リンはコウを呼び出すなり言い放ったものだった。
『私ね、英治くんと付き合ってるから』
知ってるよ。
そう強がって言い返した。実際、コード:ウェヌスを宿しているリンの行動はコード:0の眼を介してすべて筒抜けだ。
知りたくないことも、こうしてすでに知ってしまう。
だから何なの。
そう問い返したら、どうしてかリンは突然、泣き出してしまった。
ひとしきり放置して涙を流してもらった後。コウは改めて、どうしたの、と静かに問うてみる。
『別れようって、思ってて』
聞いた瞬間、コウは思わず息をのんだ。リンをブン殴りたくなった。怒りに頭が真っ白になって、何も言えなくなった。
好きな人に告白してOKもらったのに、自ら別れを切り出すとはいったいどんな贅沢だ。
ただ、真剣に悩みすぎている相手をさらに追い詰めるのもどうかと思って、何とか正気を保ったコウはゆっくりと声をかけてみた。
どうして。
リンは答える。
『悔しいけど。彼、きっとあなたの方がよく似合うの』
そう言うと、彼女はまた涙を流した。同時に、彼女の足下からアオマキグサが伸びていた。
その現象を見てコウは悟る。リンは単なる恋心を仮想生命体によって拡張され、そして制御不能になっている事態に陥っていた。
このままではリンの心が壊れて願いが暴走し、仮想生命体がリンを食らい尽くしてしまう。宿主の願いに反した完全融合が行われてしまうのだ。
それこそは仮想生命体の負の側面であり、人類が仮想生命体を侵略者と断じてしまう要因でもある。
コード:0もコウ自身も、そうやって仮想生命体が人間にとって望まない形で完全融合することを良しとしていない。
だから、コウは自らの影として使役しているコード:0に意識を送り、リンの心を乱す仮想生命体を削除してやろうと思ったのだが。
『大丈夫だから、やめて』
泣いているのに周囲の状況はしっかり見ているらしく、コウの影がわずかにゆらめいただけでぴしゃりと牽制してくる。
じゃあ、どうしたいの。
コウは呆れてそう言った。そして、補足してやった。
あんたの気持ち、仮想生命体を一度断ち切らないと直らないよ。でも、それはとっても難しいこと。とっても、辛いことだよ。自分の願いを完全に否定して、自分の外に捨てないとダメ。あんたにそれができるの? 彼を諦めきることが、できるの?
『うう』
リンは肩をふるわせて怯えたが。
それでもリンは話を戻して、つづけてくれた。
コウはため息をつきながらも、それを淡々と聞きつづけた。
『私、このまま彼と一緒にいると、きっと彼をダメにしちゃうんだ。彼のことが可愛くて仕方ないの。可愛いから、愛してあげたくなって。色々してあげたくなっちゃうの。まるで、ペットみたいに』
ペット。
その言葉を放ったときのリンの顔を、コウは忘れることができない。
卑屈そうに歪んだ、彼女の顔。それは学校では決して見せることのない、彼女の汚い側面――彼女の心の底をそうして覗きこんだコウは、ただ言い返してやった。
考えすぎだよ。あんたはいつも良い子ぶって。そうやって完璧を求めて。私はそんなあんたが嫌い。ねえ、現実をみなよ。九籠くん、とっても幸せそうに笑ってたんじゃないの。
見たくないことだけど、それでもコウは見てしまっている。コード:ウェヌスと同期されているリンの視界に映る、向かい合う英治のとろけそうなほどに幸せそうだった笑顔を。
いじめという人の冷たさに触れた彼から、心からの笑顔を取り戻してくれた。それは間違いなく、リンにしか成し得なかったことだとコウは認めざるを得ない。
リンは委員長でありつづけることを通して、いじめや村八分や悪口の漂う教室社会の冷たさを見続けてきた。しかしその中でひたむきに理想のポジションを得るべく動いてきた彼女だからこそ、彼に伝えることができたのだろう。この冷たい世界を好きになるための技術を、彼女は伝授してくれたのだ。
それは、いつも世界と自分とを本一冊で隔離しているような人間には到底できないことだと、コウは考える。
なのに、リンは理想を求めてやまない。すでに手にしている現実に飽き足らず、願いを付け加え続けることをやめてくれなかった。
はるかな高みに昇った人の魂を地上の人間が引き留めることができないように、前に進もうとする彼女はけして止まってくれなかったのだ。
『私は彼を幸せにしてあげられてると思う。でも、それと同じくらい困惑させてるんだとも、思う。自分で言うのもなんだけどさ、私っていつも教室の中心にいてさ。みんなを見渡してるんだ。そんな私がなんで彼にだけテコ入れするのか? 彼自身がきっと、一番警戒してると思うんだ』
『最近の彼を見てると、だんだん警戒しなくなってるのがわかって嬉しいの。やっと私が彼のこと好きなんだって、そう理解してもらえたんだなって思って。でも、今後もそうやって、警戒されたりされなかったりを繰り返すのかな、って考えたら。やっぱり私じゃダメなんだなって、思うよ』
コウは両手を握って苛立ちを抑えつつ、しかしもう彼女の決意が固いこともわかってしまった。もう何を言っても無駄なんだろう。だからわざわざ言い返すのも馬鹿馬鹿しくて。
人が決めたことは、もうその人にまっとうしてもらうしかない。人の決断したことをコウは止めたくはなかった。誰かの足を引っ張る人間にはなりたくなかったから。
じゃあ、別れるんだね。
『うん。たぶんその方が、私たちは幸せになれるって思うから』
残念。でも、そう決めたんなら私は何も言えない。うまくいくこと、願ってるけど。
コウは震えるほどに両手を握りしめて、そうして彼女が意志をまっとうすることをひたすら祈った。
『別れた後ね、たぶん彼、すごく落ち込むと思うから。素直に抱きしめてあげてね。あなたならきっと一番、彼のことわかってあげられると思うから』
そうして彼女は、自ら願いを捨てる道を選んだ。
コウのコード:0に削除してもらう道を選ばずに。
しかしその結末は、コウが想定していたなかでも最悪のものだった。
リンは結局、英治を諦めきることができなかった。そうしてコード:ウェヌスに意識を奪われ、何とか自力で目覚めたかと思えば、今度は英治に願いの削除を求める始末。それほどまでに彼女にとって、“愛したい”という願いは捨てられないものだったのだ。
自分自身では捨てられないから、せめて愛する人の手で――ほとんど狂気に近い、理性を失った言動。仮想生命体によって願いが拡張された結果、心が暴走させられている。
「お願い……九籠くん。あの馬鹿女の願いを、砕いてあげて!」
届くかどうか知れない心の声を叫んで、コウは滲んでいく視界のなかで二人の戦いを見守った。
昨日彼女がわざと忘れていったに違いない、メイク練習用のコンパクトミラーを握りしめながら。
※
「私は:愛したい!」
人魚から戦天使へ。
下半身を覆っていた鱗は残らず吹き飛び、タイツ状のかたびらに覆われた二本の足を伸ばしたコード:ヴァルキュリアは、顕現した瞬間、リンの顔で叫んだ。
コード:ウェヌスが装着していた仮面はいまや外れて、あろうことかリンとまったく同じ顔を英治に向けてきたのだった。
背中から汚れのない純白の翼をはためかせて、しかし戦天使はその手に薙刀を出現させる。
リンは言っていた、自分は英治を縛る鎖になるつもりはない、と。だから攻撃方法も泡の鎖から変更してしまったのだろうか。
対する英治もまたコード:龍騎士の名に偽りなく、背中から龍の翼を一対生やして降下を食い止め、そのまま翼をはためかせて上昇に転じた。
「私は:愛したい!」
彼女がそう言う度、翼の輝きが増していく。加えてその数も増えていった。
先までは一対だったはずの翼が、いまや三対に増えて。彼女は六枚の翼を織りなす戦天使に変貌した。
世界改変“愛”。
“愛したい”、誰を、という目的語を欠いたその言葉は、ただ己を無尽蔵に強化し続ける作用を世界に組み込む。
好きな相手を手放そうと決意して、そうしてまだ見ぬ別の誰かを探す乙女のときめきは、人をより美しくする。それとまったく同じ理屈で無限に己の力を高めていくのが世界改変“愛”を使いこなすコード:ヴァルキュリアだ。
どこまでもまっすぐで、純粋で……力強く前に進んでいく彼女らしい能力。
その生真面目さでクラスの中心に咲く花になって、成績も優秀で。
(僕の傍にいたんじゃあ、確かにもったいないか)
英治は確信する。自分が彼女の足枷になってしまう前に、彼女は自分を手放してくれたのだと。
「僕は:幸せになりたい」
だから英治は、仮想生命体に成り果てた彼女を救うべく力を尽くす。
世界改変“幸福”による未来演算――望む未来を手にするための道筋を、視界に表示させる。
一秒先から、はるかな未来まで。たどるべき道をたどっている未来の自分の幻影が現実世界に上書きされる形で表示されていく。
その幻影に現実の自分を重ねるだけで、あとは自然と望む未来に到達できる。
それは発動した瞬間、世界を思いのままに渡ることができる力。これに対抗するには、世界を操作する権能を発動するしかない。
が、あくまで自己強化に埋没するコード:ヴァルキュリアにその力はない。
勝敗はすでに決定していた。
二人がたどるべき運命も、すでに定まっている。
九龍の首の像が埋め込まれた鎧をまとう騎士は、戦天使にゆったりと接近していく。途中、その右手を虚空に伸ばすと先ほど手放して地面に刺さっていた鬼切がそのまま公園の土から引き抜かれて、ドラグーンの右手に舞い戻る。
対する戦天使は上昇してくるドラグーンを迎え撃つべく薙刀を構えると、刃先を左右に振って演武を開始。右に左に輪廻を描くようにして披露される鮮やかな薙刀捌きは、リンが幼少のころ、習い事で身につけた技能のひとつだ。
ドラグーンが龍の翼をはためかせ、ついにヴァルキュリアの到達した高度に並んだ。
互いに人間の瞳で見つめ合ったのも一瞬、次には衝突を開始。
赤い刃が空を走れば、純白の薙刀が落雷のように迎え撃つ。互いの刃が交わった瞬間、激しいスパーク光が巻き起こった。
同時に衝撃波が発生、互いに干渉しあう力と力が空気を軋ませ、耳をつんざく大音響を轟かす。
視界を覆い尽くしてしまいそうな烈情の閃光と金切り声のような音声は、しかし一秒と持続しない。
両者は同時に刃を退くと、また互いの急所を狙って攻撃を繰り出した。
「九籠くん……素敵だよ、その顔。凜々しくて、かっこよくて!」
「大和さん。やっぱり君は、戦いなんて!」
慈悲深く微笑むヴァルキュリアに、瞳を揺らして戸惑いながらも戦いつづけるドラグーン。
薙刀が手首を狙って下から払い上げられるのを紙一重で避け、ドラグーンは視界に映る最善の未来演算に従って鬼切を振り下ろす。
彼女の小さい手には似合わない武器なんてものは消し去るべく、薙刀の柄を狙って斬撃。
「!」
演算の通り、鬼切が彼女の顔面スレスレを通って薙刀の長い柄を両断した。
「何のつもり? 九籠くん!」
ヴァルキュリアは可愛らしい瞳をつりあげて精一杯抗議してくるが、しかしドラグーンはいまだに演算を繰り返していた。
「僕は、“幸せになりたい”!」
そう世界に叫んで、世界改変“幸福”を繰り返す。
導き出された最善の未来を見る――数秒先から、はるかな未来を見渡しながら現実に対処する。
「私は、“愛したい”!」
ヴァルキュリアの背中の翼が一斉に輝いて、また一対追加される。八枚の翼をもつ高位の天使になった彼女は突風を巻き起こして上昇すると、今度は翼の先端に虹色の光の球を展開させた。
ほんの小さな光の宝玉が徐々に膨らんでボーリング玉程度になるや否や、それは一斉にはじけ飛んでドラグーンを襲う。
「“幸せになりたい”!」
未来演算を追加実行、発射された光弾の軌道をすべて把握したドラグーンは、翼をはためかせて背後の空気を炸裂させることで爆発的に加速、一気に高度を上げる。
そのまま直進することでボーリング玉を避けきったドラグーンは、再びヴァルキュリアと同じ高みに昇りつめる。
「私は、“愛したい”!」
しかしヴァルキュリアはドラグーンを突き放すように、己の能力を高めてさらに高度を上げてくる。
ドラグーンも負けじと上昇し、二人はそうして互いに高め合うかのように上昇を続けていった。
二人は攻撃を繰り返しながらも空を渡って雲海さえ突き破って。
そうして間近に太陽を見る。
世界をあまねく照らす爆発そのものである白い恒星を背景にして、二人は成層圏に到達しつつある、けして生身のままではたどり着けない高度で見つめ合う。
「九籠くん……しっかり、着いてくるんだね。完璧な女を目指す、この私にさえ!」
「着いていくことしか、できないけど!」
ヴァルキュリアはついに上昇をやめ、一度声をかけてしまったがために、どこまでも着いてきてしまうことになったうるさい子犬を排除することにする。子犬の瞳をもって、しかしその実力は龍そのものであった、魅力的な可能性を内包する彼を自分から切り離すべく、翼の先端に血の色の光玉を発生させる。
「それは、その色は!」
「私だって、これくらい!」
ヴァルキュリアは自己強化を繰り返し、ついに上位存在にしか生成できないはずの“赤色”を生み出すまでに至った。
それは彼女がコード:インフィニティと同列の存在になったことを意味する。
「私は:“愛したい”の!」
それでもなお彼女は高みを目指し続け、自己強化の符号を叫ぶ。
リンの声に応じるようにヴァルキュリアの翼から赤い血潮の輝きが放射され、それら八本の光の矢が一秒間隔でそれぞれドラグーンに殺到する。
一発一発があらゆる情報を消去する威力を秘めた赤色の矢の連射。ドラグーンといえども、直撃すれば命はない。
「僕は“幸せになりたい”。それだけで!」
未来演算を更新。
ドラグーンは光の矢の軌道を読み切って右へ左へ体を泳がせ回避しつつ前進、鬼切を構える。
そのまま迫ってくる残りの矢を切り払い、そうしてドラグーンは翼をはためかせると再加速、一直線に彼女のもとへ飛んでいく。
ドラグーンの瞳にはすでに、己のなし得る最前の未来が映し出されている。
それは避けられない結末――悲願の実現。
「君を導くことが、できなくて。僕は、君に導いてもらってばっかりで」
龍の涙は宝石になる。
「情けない男で。君を導けるような男だったなら、僕は!」
「そんなんだから、いじめられるんだよ。もっと、しっかりしなきゃ」
ヴァルキュリアは優しく微笑むと、その手をドラグーンの頬へと伸ばした。
その動きにリンクするように、ヴァルキュリアがその翼で生成した赤色の輝きがオーロラのようにドラグーンへと向かう。オーロラはリンの手を拡大したかのような形になって、優しく英治を包み込もうとする。
「あなたのままでいるしかないんなら、せめてもっと、自分を好きになって」
「僕は、僕を好きになんか……でも、だから君を、好きになりたくて。そうして僕は、君に頼っていたんだと思う。大和さん」
英治はリンの瞳をみて、ようやくそう宣言すると。ドラグーンは手にした刃で頬に伸びてくる赤色のオーロラを切り裂いて振り払う。
ふと伸ばした手を虚空で止めたヴァルキュリアは、そうしてドラグーンがついに目の前まで肉薄している状況を目にする。
即座に撃ち落とすべく、翼の先端から赤色の光線を一斉照射するが、ドラグーンはぐるんと力強くロール回転してすべてを避け、速度を落すことなく突進。
演算される未来は、英治がたどるべきもっとも幸福な未来は……しかし、ヴァルキュリアを一刀両断のもとに斬り殺す結末。
(嫌だ……僕は、大和さんを殺すなんて)
震える手を、しかし英治はしっかりと握る。すがるように剣の柄を握り込み、目の前の彼女を見た。
戦天使を模した怪人の体に、人間の顔。化け物の姿がそこにある。
彼女は願いを捨てられなかったからこそ、化け物に成り果てた。
心から愛してくれたからこそ、その想いを捨て去ることができなかった。
だからこそ彼女は、真なる願いを託してくれた――彼女の烈情を断ち切って、本当の彼女を取り戻すこと――彼女がただひとり愛した自分自身に向かって、彼女はその悲願を託した。
最後にひとつ、私のわがままをきいて欲しいの。英治くん……あなたの力で、私の願いを消し去って
脳裏に刻んだ彼女の声を、あえて理想の未来を踏み外す道を選んだ彼女の意志を、英治は実現する。
生きている限り強い想いに苦しみ続けるなら、いっそ……誰でもない、彼女がそう言うのなら。
鬼切を握りしめ、剣の柄を握りつぶす。
バラバラになったムラマサ・グリップの破片から赤色の光の刃だけを取り出したドラグーンは、その両手に赤色の輝きを帯びさせた。
突進と同時に、英治は己の赤色の龍爪で、ヴァルキュリアの――リンの可愛らしい頬に触れた。
「大和さん……僕は、ごめんなさい」
「ありがとう、英治くん。私の願いを、受け止めてくれて」
彼女は穏やかに返事をする。
瞬間、ヴァルキュリアの頭部が消滅した。青白い輝きに分解されて粒子となり、それは成層圏を吹きすさぶ風にそよいで舞い上がった。
首を失った戦天使の肉体はそのまま空中に突き立って――光り輝く翼は、青空めいっぱいに広がっていて。まだまだ、一緒に高く高く飛んでいけるようにも思えたのに。
「あああ」
英治は演算された未来が滲んでいくのもかまわず、戦天使の肉体――ついに手の届かなかった彼女の体を、その手で引き裂いた。
仮想生命体が、もしも彼女に関わらなかったのなら……あるいは。
「僕は:“幸せになり”/たかった/なあ」
もしもリンが仮想生命体と同化しなければ。その情報を追加して、試しに未来を演算してみた。
英治はそこに、リンと一生幸せを噛みしめて生きていく理想の未来を見た。
「僕は、見つけるよ。楽しいと思うこと。好きになったこと、書き足していくから。君の言うとおりに」
英治は崩壊していく彼女の肉体が青白い輝きの粒子に分解されて、風にそよいで舞い上がって、寄り集まって天に昇っていくその光景を呆然とながめていた。
まるで天に通じる一本の蜘蛛の糸。きらきらと光って、遙かな高み――空さえ抜けた、宇宙の果てへとそれは旅立っていく。
ひたすらにがんばる彼女の生き方がそこに現れているようで。
英治はその輝きの糸に手を触れようとして、血のように赤黒く染まった己の手をひっこめた。
ドラグーンはそのまま、重力に引っ張られるように空を転げ落ち、有限の大地に降り立った。




