12-4 愛の賛歌~本当の愛~
デートは五日間つづいた。
初日はショッピング。
二日目は図書館。
ちなみに三日目は映画館とレストランで、四日目はゲームセンターとボウリング場だった。
そして五日目の今日、二人は団地の公園にいた。
リンはジーンズにTシャツというラフな格好で、いつものようにネックレスはしていない。それでも赤い宝石のイヤリングで耳元を飾ることは忘れない。
「よし! じゃあ始めよっか、英治くん」
リンと英治はゴミ袋を三つ用意しており、さらに長めのトングをひとつ備えている。
デートらしいことはこれまでやってきたから、今日は英治がいつもやっていることを一緒にやろう! というリンからの提案だ。
そうして英治は、アキラとおじいちゃんと一緒にきれいにした公園で草むしりとゴミ拾いをやる、という使命ともいえる課業をリンに説明したところ、「じゃあ、それをやろうよ!」ということになってしまった。
「いやいや、手が汚れちゃうから……あんまりオススメしないよ」
と英治は一度は断ったのだが、
「ならゴミ拾いは私がトング使ってするね。それならいいでしょ?」
とリンが譲らなかった。
そういうわけで、五日目はまさかのゴミ拾いデートだ。
ゴミ拾いは英治が気がついたときにやっているが、草むしりは週に一回しかやらない。夏場の雑草は成長も著しく、おかげで今や草ボウボウの状態である。
「ちょっと待っててね」
草ボウボウの状態では捨てられるゴミの量も多くなる傾向があった。草に隠してゴミを捨てる人間が多いということで、まずは草をぬいてからゴミ拾いするのがベストな作業手順となる。
「先に草むしりするの? じゃあ私は袋もってるね」
リンはただ待つということをせず、英治の後ろについて袋を広げてくれる。
英治は抜いた草をそこに入れればよく、後で雑草たちをまとめて袋に入れ続ける、という面倒な作業はしなくて済んだ。
「はじめての共同作業だね!」
リンがそんなことを言うものだから、英治は耳を赤くして作業する羽目になる。
「へえ! 英治くん草むしりするの、はっやいね!」
毎週の課業で英治の作業効率は自然と最高効率になっている。もともと草をむしること自体を楽しんでいたこともあり、上達するのは必然だった。
「覚えてるかわからないけど、アキラさんのおかげだと思う。僕はただ、土手で草むしりするだけだったけど……あの人と一緒に、公園の草むしりするようになって。それで、単なる草むしりじゃ、なくなって」
「へえ。アキラさん、ね。懐かしい」
「覚えてるの?」
「うん、覚えてるよ。とってもかっこよかったし、可愛らしい人だったし。何だか、成長した英治くんって感じだったよ」
そこで英治は押し黙る。
コード:インフィニティの現実改変によって、アキラの存在自体がこの世界を構成する情報から消去されてしまった。だから普通の人間はアキラが存在していたということさえ知らない。
だがリンは仮想生命体を宿している。だからこそ、彼女はアキラのことを覚えていられる。英治はそのことを思いだして――できるだけ考えないようにしていたのに――どう返事をしていいのかわからなくなった。
戸惑う英治に、しかしリンは言い放つ。
「もういないけど、でも、その人のために公園を綺麗にしてる英治くんは、私はすごく尊敬するよ。凄いと思うし、やっぱり、英治くんを好きでいてよかったって思う」
英治の背中に、あたたかな感触がくっついた。同時に首に両手が回されて、どきりとする。リンに後ろから抱きしめられていた。
英治は草で汚れた両手でリンに触るわけにもいかず、だから抱きしめ返してあげることはできなかった。だからただ一言、
「ありがとう」
と言いながら、また草をむしる。
理解してもらえること。
共感してもらえること。
それが嬉しいことだという事実を、英治はそのとき心に刻んだ。
一方、リンは英治のやさしさに溢れたあたたかい体にくっつきながら、彼が未だに背負う罪悪感の重さに押しつぶされそうになる。
英治からは見えなかったが、リンの瞳は伏せられていた。
仮想生命体を笑いながら斬り殺す彼は、しかし毎日を罪の意識に支配されて生きているのに違いない。
(さっさと忘れて、自由になればいいのに……それを、許さないんだね。あなたは)
己を許してあげられるのは、己だけ。
故に、それは自分がどう彼を導いてあげたところで、どうすることもできない。
仮想生命体を斬り殺す力を偶然にも得てしまった彼の苦しみを、ただの仮想生命体である自分には分かち合えるはずもなく。
瞬間、リンの頭にまた、気に入らないあの女の顔が浮かんできた。
コード:0――仮想生命体の神といえるあの存在なら、あるいは彼の苦しみさえも分かち合うのではないか。
そう思えば思うほど、やっぱりこの人の相手は私じゃ務まらない、という論理的帰結に辿り着く。
目を伏せるリンの顔が見えない英治は、草むしりを再開していた。
だからリンもまた、首を振って弱音を打ち消して、ただ彼の作業についていく。
(私が、導いてあげなくちゃ!)
そう思うことで自分を奮い立たせるが、しかし同時にリンは自覚する。
胸の疼きが、また始まっている。
あの女のことを思い浮かべる度に、彼に対して抱く無力感が強まっていく度に。
一度はおさまったはずの胸の疼きが、息のつまるような切なさが、そして彼を手に入れたいという欲望が、ドクンと鼓動のように脈打つ。
それは彼女に宿ったコード:ウェヌスの叫び。
彼を“愛したい”!
リンはそれを振り切るようにまた首を振ったが、しかし目の前の英治の背中がふっと離れたことで我にかえった。
「大丈夫?」
そう言われて顔をあげれば、子犬のような可愛らしい瞳でこちらの顔をうかがっている彼がいた。
「ごめん、大丈夫」
にこっと笑顔をつくって返事をしたが、彼は優しく言ってくれる。
「ちょっと、休もっか」
「いや、大丈夫だよ。作業つづけよ。半端にしておくと再開するのも面倒になるし」
「そう? じゃあ、早く終わらせるね」
そうして英治は作業に戻ってくれた。
いまこの状態で休憩してしまうと、きっと彼の前で泣いてしまうだろうから、リンには英治が作業に没頭してくれる方がありがたかった。
ただ、英治がひたすら前に進んでいくのを見て、また泣きそうになった。
彼からすれば、きっと体調を悪くした自分のためを思って作業ペースを上げてくれたのだろうけど……リンはただ、彼が自分から急速に離れていくのを見ているようで、切なくなる。
(私も人のこと、言えなかったね)
図書館デートの時、リンは英治に言ったものだった。
夏休みの宿題を放置していると、苦しくなると。いつ手をつけるか、そのいつかをいつにするかを悩むことになってかえって苦しいと。
だから英治には苦しんでほしくなくて、助言した。
けれど。
苦しんでいたのは、自分だったか。
いつ彼を手放すか。その背中を強く押して、もっと前に進めてあげて。そうして、彼のパートナーが務まりそうなあの女の元にどうやって送り出してあげるか。それを実現することこそが、きっと彼の人生をもっとも豊かにすることだと思うから。それを実行することが、欲望に縛られない本当の愛だと思うから。
そう思っているのに、何故か苦しくて。
彼のことを思っているはずなのに、胸の疼きが止まらなくて。
瞬間、リンの全身があたたかさに包まれた。
「大丈夫じゃ、ないよね?」
そんな優しい声が耳元でささやかれていた。
「え?」
リンはいつか顔をうつむけて泣いていた。そんなつもりはなかったのだが、いつの間にか泣いていたらしい。すっかり視界が滲んでいた。
そうしていつの間にか、自分が導くべき相手に、支えられるようにして抱きしめられるという愚を犯していた。
「うう」
悔しくて、涙が流れてくる。
「ごめん、英治くん」
リンはゴミ袋を手放して、英治にすがっていた。
私は、“愛したい”。
瞬間、ひときわ疼きが強まった。
(!)
リンは思わず目を見開いた。
直感する……コード:ウェヌスが、目覚めている。
『愛で苦しむなら、私が救ってあげるわ』
そんな声が頭に響き渡った瞬間。
リンは意識を失っていた。




