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11-1 世界に抗う者たち・接触

 崩れた壁。

 骨の曲がった椅子に、砕け散った机。

 黒板の破片が床に散乱し、隣の教室と繋がってしまっている。

 天井の蛍光灯も残らず破砕されて、黄昏の教室が照らされることはない。


 辻褄を合わせるコード:インフィニティが消滅した以上、この破壊された教室も修復されることはない。


「んで、俺たちこれから呼び出されたりすんのかな」

 割れた窓から黄金の輝きが差し込む教室で、化身を解除したタケトがため息をはいた。

 コード:アーミーはコード:0が削除し、斧を持っていた女性は逃げていった。

 教室に残ったのは生徒のみ。


「でも先生たちにどうやって説明するの? なんか、災害って言って通用するレベルだよ、この破壊」

 リンも化身を解除し、もはや諦めムードで窓の外の太陽を眺めている。


「それじゃあ、私は帰るから」

 コウは何事もなく教室の出口に向かっていく。英治としばらく目を合わせたかと思えば、それから一言もしゃべらず、やっと言葉を口にしたかと思えばコレだ。


「おいおい、そんなのありかよ! さすがに大湖さんにもいてもらわないと、説明できねえって」

「まあでも、アリなのかもね。帰るってのも」

「ええ! 委員長もかよ……」

「だって、先生たち来ないし。あれだけの騒動があったんなら、すぐに駆けつけてもいいくらいなのに。そもそも通報すらされてないなんておかしいよ」

「逃げるが勝ちってか?」

「そういうわけじゃないけど。でも、みんなが避難したと考えると誰も来ないのは納得できるし。避難した先生方が戻ってきてしまう前に帰っちゃうって手が一番、私たちにとって都合がいいのも事実よ」

  実際、教師たちはおろか警察が来る様子もない。そもそも学校中に気配がない。壁がぱらぱらと崩れる音のほかには、無音。不気味なほどに静かだった。

「それに、ここにいたのが誰かに見られたら、それこそ私たちの手で破壊しちゃったこと、どうしても説明しなくちゃいけなくなるし。でも、もしこの教室に誰もいなかったら? 誰もこんな風に教室メチャメチャにできるなんて、思わないだろうから……もしかしたら、私たちが疑われることもない、かもね」

「確かにな。仮想生命体のこと、センコーたちが知ってるかもわかんねえが。まだまだ、ほら吹きの域を出ない話だしな。誰も来ないうちにずらかっちまおうだなんてな、委員長。ちょっと見直したぜ」

「あんたなんかに褒められたって、ぜんっぜん嬉しくないんですけど」

 コウはスタスタ歩いて教室から出て行き、リンが「べえー!」とタケトに下を出しつつ教室から出て行く。

「ああ、もう。俺も帰るか、じゃあ」

 タケトもすべてを捨てて鞄をかついで、廊下に躍り出る。

「んじゃまあ夏休み、せいぜい楽しく過ごそうぜ!」

 そうしてタケトの声が廊下に木霊した。



 一方、英治もまた帰路についていた。

 ただ、独りではなかった。

 学校から出てきた独りの女性……斧を持っていた女性の背中を追っている。

 

 コード:インフィニティとの戦いが終わった後、ふらふらと危なげな足取りで玄関から出てきた、その女性。

 斧は手にしておらず、ただ俯いて歩いている。一切前を見ていないらしく、すでに何度も電信柱にぶつかっているし、向かいから歩いてくる人という人にぶつかりそうになって避けられている。なかには怒ろうとする人もいたにはいたが、彼女の顔を覗きこんだ瞬間、誰もが絶句して怒りを吹き飛ばされている様子だった。

 背中だけを追っている英治には彼女の顔など見えないが、しかし全身から放たれる脱力感から、さぞ常人離れした表情をしているのだろうとは想像がつく。

(あの人が、大湖さんを……)

 追跡をはじめてから、一〇分が経過しようとしている。

 非物質の見えない斧を持っていた女性はいったい何者なのだろう? コード:インフィニティは彼女のことをただ『具体例』と言い、仮想生命体によって被害をもたらされた一般人と説明していた。

 だが、コード:インフィニティと関わっている時点ですでにただの一般人ではないのだ。

 しかもコード:インフィニティが消滅してもなおこうして歩いている……つまり、向かうべき場所があるのだとすれば、そこに何かがあると確信できる。

 けして無視してはならないと考えて尾行を始めた英治は、しかし自分も逆につけられていたことには気づかなかった。


 英治がそれに気づいたのは、彼女が交番に入っていくのを見てからで。

「ふらふらしてる女性のおしりをおいかけて? ストーカーかい、お兄さん」

「え?」

 交番近くの電信柱にかくれて女性をみていた英治は、不意に背後から声をかけられてビクッと全身を震わせた。

 ギ、ギ、ギと人形のようにゆっくりと首を後に向けた英治は、そこにニカッと不気味なほどに爽やかな笑みを浮かべる男を見た。

 ひげ面の、まるで絵本の海賊船長のような巨漢。

「ムラマサを宿した人間だろ、アンタ。会えて嬉しいぜ」

 男はガシッ! と英治の両肩を大きな手で掴むと、

「話したいことがある。ちょっと、顔を貸してくれ」

 言うなり、英治の後頭部に手刀を入れた。

「え!」

 瞬間、英治は意識を失った。

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