間章――新世界
鎌が切断され、持ち主のコード:インフィニティもまた縦一文字に切断されていた。
コード:ドラグーンは目を開けた。コード:ドラグーンの瞳が裏返って、龍の眼から人のそれに成り変わる。
英治は己の手元をちらと見た。そして慄然とした。
力強く握りしめていたはずの剣の柄が粉砕されていて、すでになくなっていた。
鬼切の光刃と自分の手が、すっかり同化していたのだ。
オーバー・チャージアップ。
あらゆる情報をデリートする鬼切における、最高出力。
世界を構成する情報ごと、己の存在情報を叩き切られたコード:インフィニティの肉体の頭から足先の縦方向に、もれなく赤黒い線が刻まれる。
「裁かれた、だって?」
コード:インフィニティはしかし、まだ笑っていた。他人を、世界を笑うその目が変わらずにコード:ドラグーンに向けられている。
「キミはそもそも、この私を裁く権能を有していたのですかね」
その存在そのものが切除されてしまったコード:インフィニティのたどる末路は、ただ消滅するだけ。
砂の城が風に吹かれて崩れていくように、コード:インフィニティの存在情報もまたゆるやかに消滅していく。
しかしそれでも、彼は嗤っていた。
「私は誰にも裁かれない。しかし、私はこの世界から消えなければならなかった、ということですかね。これもあなたのプランのうちですか? コード:0」
彼は虚空に問いかけるように呟いた。その目はすでに英治を見ていない。
その視線の先には、突如として空に現れた不死鳥に向けられていた。
「我が右腕……コード:インフィニティ。貴様が我を打倒せんとすること自体、すでに見抜いていた。だが、我の強さに向かい合うのではなく、我が依り代とした少女の弱さにつけこむとはな。貴様はそれほどに腐っていたというわけだ」
英治は太陽と逆の位置に浮かび、赤黒い炎で光り輝くコード:0を見上げた。
英治と菅田とが斬り合って世界に刻まれた幾本もの十字架の、さらに上に位置する仮想生命体の王は、コード:ドラグーンとコード:インフィニティとを見下して言う。
「我はここに宣言する。コード:インフィニティ、貴様がいなくなった後、我はただ前に進もう。緩やかに行っていた現実世界への転覆を、人類の救済を……本気で行うと誓おう。だから安心して逝くがいい」
「ふざけんじゃねえ!」
瞬間、コード:インフィニティが叫ぶ。すでに削除に蝕まれ、縦一文字に刻まれた赤黒い線に肉体を吸い込まれつつある状態で、彼は地面を蹴って空に昇る。
「コード:0、お前さえいなくなれば、仮想生命体は消えるんだ! ここから、立ち去れ!」
コード:インフィニティは鎌を握りつぶし、そうしてオーバー・チャージアップの機構と同一の仕組みで赤色の刃を拳に取り込む。
赤色の鉄拳が黄昏時にさしかかった空に昇っていく。アッパーの要領で拳を繰り出そうとするコード:インフィニティに対して、コード:0はただ手を一振りするだけで撃退する。
「インフィニティ……いや、菅田という人間よ。消え去る前に理解しろ。我ら仮想生命体は、貴様ら人類を犯すものではない。むしろ、力を与え救済するものと知れ」
コード:0は不死鳥の衣の裾でコード:インフィニティを払いのける。
赤黒い炎に触れたコード:インフィニティは即座に消え去った。
彼が世界に存在していたということさえ不明瞭なほど、何の痕跡もなく消えた。あっけない最後に、英治は全身の力を抜いた。
コード:0が今度はコード:ドラグーンを見ていたが、しかし英治はそこに敵意を見なかった。
その感覚のとおり、コード:0はドラグーンを一瞥すると物質ではなく闇でできたその顔を歪ませた。笑った、のか。
「龍騎士。貴様は、我が生み出したコード:ファーストではなくなっている。人の生み出した力、“ムラマサ”であって、しかし我らが同胞でもある。特異点である貴様に対する処遇は、いまは保留としよう。ただ、我があの少女と完全融合を成し遂げるその時……貴様がどう動くのか。それが懸案事項ではあるがな」
そしてコード:0は、空を渡って学校の教室の窓へと戻っていく。そこにコウがいるのだろう。
それを見た英治は、コウが生きていることを確信して思わず顔を綻ばせた。
そんな英治にコード:0は言い捨てた。
「依り代を守護するために動いてくれたことは評価する。これからも頼むと、そう言っておこう。我に刃向かおうとさえしなければ、貴様はどの同胞よりも力を持つ存在として、我の騎士ともなるだろうからな。正しい道を歩むことを期待する」
コード:0はいなくなり、代わりに教室の窓から声が響いてくる。
「九籠くーん! ケガはないー!?」
両手をメガホンのようにして、リンが呼びかけてくれていた。
英治は化身を解除すると、大きく手を振って応えた。
見れば、窓の傍にはリンのほか、タケトとコウも立っていた。
英治はコウを見た。
彼女は英治と目を合わせた瞬間、俯いて目を伏せた。しかししばらくしてからまだ英治が自分をみていることを確かめると、ただにこっと笑ってくれた。
今日も陽が沈む。そして明日はまた昇るだろう。
しかし、世界を操りすべての辻褄を合わせたコード:インフィニティはもういない。
この時から、英治とコウは自らの手で未来をつくり、その足で迷わず進まなければならない。
その意味をいまだに彼らは把握してはいなかったが、しかし黄昏に沈む太陽は、とかく美しく、蒼穹を金色に染め上げていた。




