10-3 九龍の覚醒~正しい未来~
[脳接続 覚醒継続]
ゆったりと進みながら、その時はやってくる。
「斬ってやる!」
ムラマサの決め台詞を仕方なく叫んであげてから、赤く染めた鬼切を振り下ろした。
僕の視界に世界改変“幸福”による未来演算の結果が表示される。
――鬼切で突きを繰り出せば、敵の腹部に命中する
直後、それは敵の現実改変“世界”によって歪められてしまう。
――敵の鎌が鬼切を弾き飛ばして、返す刃で僕の首が切断される
鬼切を振り下ろしながら、僕は叫んで世界改変をもう一度、繰り返した。少しだけ変更を加えて。
「“僕は:幸せを掴む/正しい未来を:[正しく選んで]実現する”」
幸せを掴む方法に変更を加えてみた。“現実を打ち破る”の一文で成された式を“正しい未来を選択する”文章式に変更する。
その結果は即座に反映される。
僕の視界に表示されていた未来演算の結果によるガイド映像が二種類に分岐した。
ひとつは僕自身の力で演算した、僕が望む未来。
もうひとつは、敵が世界をやり直すことで歪めてしまう、僕が挫折する未来。
表示される二つの道を、僕は常に選び続けることになる。
――(赤)はじめに鬼切で敵の鎌を払い上げ、即座に突きを繰り出す
――(青)はじめに鬼切で敵の腹部をすぐに突き刺す
ここで文章式に組み込んだ[正しく選んで]の一文がうまく機能してくれた。
おかげで僕の望む未来は青色で、敵が歪めた未来は赤色で表示される。だから僕は道を間違えることはない。アオマキグサの輝きと同じ、あの青い光が導いてくれる未来をたどっていけば、それでいい!
僕は迷わず自分の肉体を、青色で表示された未来の自分に重ねていく。
僕は選択する――はじめに鬼切で敵の腹部をすぐに突き刺す
はたして……その道は正しかった。
コード:インフィニティは僕が道を間違えて、僕が鎌を狙うとでも思ったんだろう。
僕が道を間違えることは、二度ない。
「そうか」
僕はコード:インフィニティの腹に鬼切を突き入れた。
「なら、これはどうだい? ――」
ためすように敵が呟く。
「“この世界を”:“護りたい”!」
馬鹿のひとつ覚えみたいな文章式。それはコード:インフィニティの望むように現実を改変してしまう。
それは世界を自在に操って、やり直すことさえできる力。
でも今度ばかりはそれは機能しない。
いま僕が過ごしている現実は、僕の力で演算した未来が現実になったもの。現実になる前に妨害することはできても、一度現実になってしまえば書き換えることはもうできない。
必死に生きてるこの現実を勝手にねじ曲げることなんて許さない。
「無駄です!」
僕は言葉を返して、鬼切を押す力を強める。切っ先がより深く敵の腹をえぐり、刃先が背中を貫通した。
完全融合態となった敵の肉体から人の血が噴き出る。
「そうか」
敵は口からも血を吐き出しながら、しかしどこか得心したように笑った。
「そうまでしてキミは、幸せが欲しいか」
腹を貫かれたはずのコード:インフィニティは、そして右手――血色の鎌を振り上げる。
嫌な予感がした。
だから僕は急いで刃を引き抜いて、退避する。
同時、敵の斬撃が左から右へと一閃した。
僕は見る……横一文字に振られた刃の通り道が、そのまま世界そのものを横切って切断してしまうのを。
斬撃の軌跡が空気中に赤黒い線になって刻みつけられている。その線は風にゆらぐこともないし、太陽の光を反射したりもしない。むしろ光を吸い取っている。
僕は目の前にその爪跡のような線をみせられて、本当に嫌な予感ほど当たるものだと思う。
そして厄介なのは、僕が演算した未来と実際の現実とが違うことだ。
僕の力で演算した未来なら、腹を突き刺した時点ですでに敵はデリートされている。
そうなってない。
そればかりか反撃さえしてくる始末で。
これは僕が仮想生命体になってもポンコツだから? そうじゃない。
敵もまた手を打ってきているからだ。
「そうです……“僕は、幸せになりたい”」
「どこまでもまっすぐで美しく、純粋にして単純。故に強固な力として発現する願い。だがそれは時として、向かい合う者を滅ぼしてしまう。その滅びの性質を、キミはムラマサに利用されてしまったんだろうな。故にキミは、これまでも多くの願いを打ち砕き、滅ぼしてきた」
僕は再び未来演算を行った。瞬間、思わず声を漏らした。
「これは……!」
僕の視界に映る二通りの未来が、ともに青く染まっていた。さっきまでは色分けされていたはずなのに。
これも敵の介入なのか?
確実に言えることは、僕が視界に映る演算済みの未来をなぞっているだけで勝利を手にすることは、もうできなくなったということ。
でも演算せずに、つまり力を使わずに前に進んでしまうと、今度は敵のやりなおしの能力が僕の現実を揺り動かすようになる。それじゃあ無限のやりなおしを受け続けた状況に逆戻りだ。
力を使っても前に進めず、かといって使わなければ敵の掌の上。
(どうする?)
僕が困惑している一方で、コード:インフィニティは腹に風穴が開いているのも構わず言う。
「誰かが進めば、誰かが傷つく。本当にこの世界は救われない」
敵はゆらと鎌を持ち上げた。
直後、僕の視界に二通りの未来が表示される。一方は鎌を右に避ける未来。もう一方は、反対の左に避ける未来。
右か左か、正解は二つにひとつ……。
(どっちだ……どっちなんだ!)
僕は、正直焦る。色分けされていない、どっちが正しいか分からない選択。どっちが正しいか分からないのに、それでいて僕の生死を分けるだろう超絶的に重要な選択肢。
捨てたはずの迷いが、ここにきて僕に追いついてきた。
そうして迷っている間にも敵は動いている。鎌を持ち上げるその手が動いて、そして演算済みの未来にも補正がかかる。表示されている未来の鎌も動きだし、僕に迫ってくる。
「救われない世界を導くために……私は誰もが認める管理者にならねばならない。神の雷が人を撃ち抜いても、それが許されないことと見なされず、ただただ自然災害と認定されるように。私の行う削除が、神の雷と同等のものと認めてもらうために」
そして、コード:インフィニティは天高く、その鎌を掲げた。
「人間側の唯一の抵抗手段“ムラマサ”をもつキミと、そして我らが仮想生命体の母であり神でもあるコード:0を同時に討ち取らせてもらおう。そうすれば私に対抗しようなんてことを考える者はいなくなる。完璧なプランだろう? なあ!」
迷っているうちにも、残酷な現実は進む。
コード:インフィニティは鎌を掲げて、僕を見据えた。菅田さんの瞳で、天使が僕を睨む。
『聞こえるか、英治くん!』
「……ココロ、さん?」
その時だった。
声が響いてきたのは。
『ああ。仮想生命体の反応がひとつ、それも大きなのが増えたと思って、でもムラマサの反応とも重なっていて。とにかく、心配したんだ。でもキミはキミのままだったようだな。良かったよ』
「いま、それどころじゃなくて」
『さっきまで活発に動いていたのに、いまはまったく動いていない。どうせ迷ってるんだろうと思って、声をかけにきてやったよ」
「そんなこと!」
『自分を疑っているから、迷うんだ。前から言おうと思っていたが、もっと自信をもて!』
「自信?」
僕はその一言をきいて、正直かなりムカついた。
自信があるとかないとか、そんなことは関係ないだろう。自信をもって突撃しても、ダメなものはダメで。自信をもたなくても正しい道が見つかるなら、それでいい。
論理的に考えて、自信の有無なんて感情論に過ぎない。
そのはずなのに。僕は敵が鎌を振り下ろしている最中だということも忘れて、避けるよりも先にココロさんの言葉に耳を傾けていた。すがりたかった。
『前にも言っただろう? 願いは、叶うかどうかがすべてじゃないって。叶わなくても、願いは人を高めてくれる。成功しても、失敗しても……生きている限り、キミは前に進めるんだ』
「失敗したら、死にますよ!」
『だから言っただろう、必ず戻ってこいって。必ず生きて、戻ってこい。そうするために動いていけばいい。どっちが正しいかどうかなんて、関係ない。いまこの瞬間を耐えろ。耐えて、生きてきたのがキミのこれまでなんじゃないのか。そのまま、行くんだ』
「口だけで、簡単に言って。そんな言葉だけの、口先だけの……」
そう言っている間に、鎌がついに振り下ろされてしまった。
僕の視界に表示された未来を、僕はそこで遠くまで見渡してみた……そして僕は、絶句してしまった。
これはいったいどういうことなんだろう。
鎌を右に避けた場合も、左に避けた場合も、同じ結果が映っていた。
どっちの僕も、見事に首をはねられているじゃないか。
それで僕はすべてを悟った。
僕の力の隅から隅まで、すでに敵の力で歪められていたんだ。
悔しいけど、ココロさんの言葉の通りだ。どっちが正しいかなんて、関係なかった。
どっちか正しいかを考えて前に進んでいたら、死んでいた。
そもそも僕はおかしいと気づくべきだったんだ。
右か左か、二つに一つの選択肢しかないものなんて、どっちも僕の望む未来であるはずがないって。
「ありがとうございます、ココロさん!」
とりあえずお礼を言って、でも僕にはもう話している時間なんてない。
「さあ、裁きの時だ!」
コード:インフィニティは豪語して、鎌を上から下に振り下ろす。
僕はそれをどっちに避ければいいんだろう。右? 左?
違う!
「ああああ!」
僕はただ前に進んだ。右と左に分かれた現実の、目の前のド真ん中に鬼切を突き出した。
僕の視界に映っていた二つの未来があわさって、目の前の現実に重なった。
首をはね飛ばされていた未来は、しかし現実にならずに霧散する。
僕は目をあけて、見る。
見て、この手を伸ばした。鬼切を突き出した。
その切っ先が、まさに振り下ろされている最中の鎌にぶつかった。
瞬間、世界が割れた。
大音響が世界に漂って、斬撃の軌跡が克明に空間上に刻まれた。
敵の刃が縦の線を刻んで、僕の刃が横の線を刻む。そうしてできた赤黒い十文字の線が輝く太陽に照らされて浮かび上がった。
その一方、血の鎌と光の刃とがぶつかったことでうまれた衝撃波の、そのあまりの強さに僕たちは同時にのけぞった。
「!」
「ああああ!」
僕はもう何も考えずに、むしろ考えてしまう自分を追い払うために叫んで、ただ動いた。
うろついてしまいそうになる両足に力を込めて、しっかり体の軸を保って。後ろに流されてしまう両手を戻して、前に。
もう一度、鬼切を振り下ろす。
対して、敵も鎌を振るってくる。
「未来を正しく選ぶことは、もう諦めたんですか?」
「わからない! でも、やるしかなくて!」
「愚直、ですか!」
コード:インフィニティが菅田さんの声で呆れるように言いながら、それでもしっかり僕を殺すための斬撃を向けてくる。
僕も同じだった。
僕も敵を切り裂く為に、鬼切を振るった。
鎌が横に、鬼切が縦に。そうして二つの斬撃は救いの十字架を世界に刻みつけて。
斬撃の軌跡が赤黒い線になって空間上に残り、そうして僕たちは数え切れないほどの衝突を経て、無数の十字架を世界に描いて。
「僕は、幸せになりたい。望むように、生きたい」
「世界を、護りたいんだ……俺は! みんなが等しく、救われるように!」
僕たちの願いが世界に木霊して、いま一度、斬撃を向け合った。
また、世界が割れて。
そうしてその時が訪れる。
決着の一瞬……裁きの時が。
僕は、いった。
「もう、救いを待ってください……あなたはもう、裁かれたんですから」




