1-4 そんなお前はヴァニシング!
誰もいない暗室で、デスクトップPCが一台、そのモニターから鈍い光を放っていた。
脳接続 準備完了
『村正』 起動キー設定開始
システム 再起動
プログラム:ヴァニシング 開始
※
校舎裏で、青い鎧の闘士と英治が向かいあう。
「なぜ動いた? 貴様が動く必要はない……すべての望みを、私が叶えてやろうというのだ!」
「僕の望みは、そんなもんじゃない」
「ありえない、私は確実に貴様の心に入り込んで、一番の望みを」
「違うって、言ってるだろ!」
英治は叫んだ。叫んだ直後、どうして叫んでいるのかわからなかった。
長い間叫んだことなどなかったから、そんな太い声が出せる自分に違和感をおぼえた。
違和感といえば、そもそもさっきから頭がおかしい。気分がやけに昂ぶっている。興奮していて、呼吸も速くなっている。
落ち着かない。
『倒すぞ、あいつを!』
脳内に声が響いた。
(そうだ、この声が聞こえるようになってからだ)
声が響くたびに心に風が起こって、波たっていく。波がそのまま気分を高めさせてくれる。
「そうだ、倒す、倒す!」
瞬間、英治の頭は真っ白になった。
[脳接続 開始]
僕は、違う、俺は、あの青い鎧の化け物をはっきりと睨んでやった。
「いくぜ!」
俺は叫んだ。そして走った。
地面を一蹴りしただけですぐに距離は縮んだ。
そんな体力は俺にはないはずだが、しかし都合がいい。いますぐあいつを倒したい。俺の願いを叶えちまおうなんてふざけたことをヌかす奴をいますぐこの手で切り刻みたい、消去してやりたい。
願いなんて、誰かに叶えてもらうようなもんじゃない。
俺は拳をグーの形に握りこみ、迷わずあのスカしたブルーの鎧をブン殴る。
拳が命中するその直前、衝撃波が発生した。俺は内心びびったが、しかしこれも都合がいい。
俺はまさに、ガキの頃にテレビで見たヒーローになっている!
敵はすぐさま吹っ飛んで、コンクリートで舗装された地面の上を二、三度バウンドして転がっていった。
ただ、さすがに敵もヤワじゃない。地面に叩きつけられた体を瞬時に起こすと、
「願いによる接続が断たれたなら、仕方あるまい。意識を消去し、直接乗っ取る!」
そこで敵はやっとマジになったらしい。
俺がまばたきしている間に、なぜか敵は目の前にいた。
まるで瞬間移動だ。
だが、残念ながら俺の動体視力の方が上だったが。
「は!」
俺は嘲笑してやると、目の前に迫った敵の拳を体の軸を右にすこし傾けてやるだけで避けてやる。
そうして再び拳を握り込み、カウンターのボディブローをブチかました。
「く!」
敵は再び吹っ飛んでいく。また地面をバウンドし、起き上がる。
「しつこいな!」
まるで同じ事の繰り返しだ。向かってくる敵はまた拳を差し出してきやがった。
「無駄だって、言ってんだろうが!」
俺は叱りつけるつもりで叫んだ。実際、敵の動きはスローモーションに見えている。まるでイージーモードのシューティングゲームだ。これで避けられないんじゃ、ゴミクズだ。
俺はまた避けて、今度はキックしてやった。
また衝撃波が起こる。
だけれども……あの鎧にはヒビひとつ入らない。あのスカしたブルーの鎧には傷ひとつない。コンクリートに叩きつけたところで何のことはない、もっと強い力をブチ当てる必要がある。
「ああ、めんどくせえな」
俺は呟いたが、しかしそのすぐ後だ。
俺の心を昂ぶらせるあの声と似たような、しかし声ではない、閃きのようなものが俺の頭を貫いた。
俺はその閃きを理解する。そしてイメージした――あの声の正体が、いま地球の中核に囚われて叫んでいる姿を。ここから出せと、そう荒ぶる雄叫びを上げているザマを。
「なら、俺が使ってやるよ、お前を!」
俺の心は最高潮に昂ぶって、ノリにノッた。
瞬間、俺の右手が青白く輝いた。まるであの青白い電子の花のように……。
右手にずんっ、と重い感覚が走る。
俺は思わず己の右手を見た。俺の手に、小さな装置が握られていた。突然に現れたそれをみて、俺は息を吐いた。
「ハハハ!」
グリップのついたその装置は、ほんの小さなもので、ちょうどゲームのコントローラーほどの大きさしかない。グリップはシューティングゲームの専用コントローラーのようにすっぽりと俺の手を覆ってくれていたが、お約束通り、人差し指の位置にトリガーがあった。
俺はその道具を見たのは初めてだったが、使い方は知っていた。
さっき俺の頭を貫いた閃きが、すでに俺の頭にマニュアルを落とし込んでいたのだ。
まったく何もかも都合がいい!
「これで、殺せる!」
歓喜の叫びをあげて、俺はマニュアル通りにグリップを強く握って、一度だけ宙に振った。
ゲームのコントローラーをただ空振りさせただけだったが、しかしグリップに接続された装置に穿たれた小さな穴から、金色の光の柱が噴き上がる。
まるで火山の噴火のようだ。熱波が巻き起こり、無限に伸びる光の柱が空に突き刺さった。
そうかと思えば柱は一気に短くなってちょうど一メートルそこそこの長さに収束された。
現出する光の剣――
「これが、鬼切!」
マニュアルにあった武器の名前を口に出し、そうして俺は地面を蹴り込んだ。
「その武器は、なんだ? それは確か、“この世界で最も無意味な情報”」
「黙れ!」
敵は突然の展開の数々にキョドっている。
無理もない、俺もびっくりだ。さっきまではあの心の腐った不良どもにおもちゃにされていたこの俺が、よもやこんなに見事に戦えるだなんて、誰が予想しただろう。
俺は最高にハイになってる。おかげで戦えてる。そして俺の心をハイにする閃きが絶えずどこからか送られてくる。俺はまるでネットからバッテリー充電できるようになったスーパーマシンだ。
常にハイパワー、落ちないテンション。怖さなんてない。俺はそもそも戦ってなんかいない、そう、これはゲームだ。相手を殺すことがクリア条件の、気持ちのいいゲームだ。
「斬ってやる!」
俺は瞬時に距離を詰め、そのまま光の剣“鬼切”を敵に差し込んだ。
腹に先端を差し込んで、押し込んで。
光の剣ってやつは実に便利な代物で、あらゆるものをその熱量で簡単に焼き切ってしまう。
傷ひとつつなかったはずの青い鎧はみるみる融解し、面白いほど簡単に風穴が開いた。
「終わりだな!」
俺は笑いながら言い放ち、そして刃を抜いてやる。ダメ押しにキックで敵の体を吹き飛ばしてやった。
マニュアルにある。あの青い鎧は容れ物だ。では中に何が入ってるか? それは”仮想生命体”とかいう奴で、物質をもたない生命らしい。つまりは幽霊のようなものか。
形をもてないから、無理矢理容れ物に入れて現実に送り込んだというわけだ。まったくもって雑な連中だ。
だが容れ物を壊してしまえば、“仮想生命体”は物質を失って単なるデータになる。本人たちは生命だと主張しているようだが、何のことはない。敵はほんのデータ、情報にすぎない。
情報それ自体に現実を変える力はない。やれやれ、だ。そんな情報風情がよくほざいたものだ、この俺の願いを叶えるだなんてな。
鎧に空いた穴から、青白い輝きが漏れていく。少しずつ、しかし確実に。
敵は吹き飛ばされて地面を転がったが、起き上がる気力さえないらしい。ただ腹をおさえつつ、呆然と同じ言葉を口ずさんでいた。
「バカな……コード:0、あなたはアレを、無意味な情報と言ったはずなのに、この私は、そんなものに! バカな……」
俺は動きを止めてうわごとを吐いているその故障した敵を、それ以上追撃しようとは思わなかった。
時間がたてば、やがて鎧からすべての情報が抜け落ちるだろう。
俺はただ一言、声をかけてやった。なにせヒーローには決めゼリフって奴が必要だからな。
「滅びを待て。お前はすでに、裁かれた」
ただ殺すよりもずっと手痛い、ゆっくりと死を迎える苦しみを味わってもらおうじゃないか。
そうでなければ、あの不良どもの命も報われないだろうしな。
そう思ったときだった。
天地が突然、逆転していた。
俺が倒れたのか。そこから先の記憶がない。
[脳接続解除]
英治の体がばたりと倒れる。
右手に握っていたはずの装置も青白い輝きになって消滅した。
うわごとを吐いていた青い鎧の闘士はむくりと起き上がり、同じ言葉を吐き出しながらとぼとぼと歩いていく。
「終わった、のか」
一部始終を見ていた武人は、しばらくそこに座り込んでいた。腰が抜けて動けそうにない。
後に、校舎裏で倒れている英治と、脱力している武人、そしてその傍らに横たわる四人の生徒の遺骸が用務員によって発見される。
四人の死者を出したその事件は、地域のニュースとして一時期、大きく報道されることになる。
だがそれは単なる殺人事件として扱われ、あの青い鎧の闘士と、それに立ち向かった金色の剣についてはまったく報じられなかった。
人類と仮想生命体の最初の争いは、かくして謎の事件としてこの世界に表出したのだった。