9-3 無限の咆哮・軍隊
教室に残された四人は最初こそ無言だったが、しかし三〇分も時間が経てばしだいに飽きてくる。
担任がしゃべっていた時さえずっと読書しつづけていたコウがさすがにパタンと本を閉じ、それにつられてリンがあくびをもらした時。
タケトがリンに話しかけていた。
「まあぶっちゃけるとさ、俺たち化けモン案件の奴らだろ? 大湖さんと英治はまあ前からわかってたけど、まさか大和さんまでなんてなあ」
「何のことかわからないわ……なんて返事は、無駄みたいね」
「いっそさあ、全員“化身”してポリ公お出迎えしねえか? 面白いっしょ」
「悪いけど、私はまだフェイズ1なの。何もかも捨てたあなたとは一緒にしないで」
「へえ。なら完全融合までいってるのは、このメンツじゃ俺だけかよ。この俺が一番の優等生じゃん」
「うるさい」
タケトのへらへらとした口調を、コウが上からぴしゃりと押さえつける。
「これ以上しゃべったら、消すぞ」
言葉とともにコウの足下から影が広がっていく。明らかにコウ一人分の大きさを逸脱したサイズの影は、この時はゆったりと広がって細長く、まっすぐタケトの方へと向かっていった。
「おいおい、冗談にしちゃ威力がデカすぎるでしょソレ」
「クズ不良がガヤガヤうるせえんだよ」
「いやいや静かすぎるのも苦しいでしょ、なあ英治」
「え?」
突然振られて英治は言葉に詰まる。
コウがあのコード:0だということさえ信じたくないのに、リンさえも仮想生命体だという。そんな状況下でなぜタケトは軽々と口が開けるのか?
そんな英治の心情を察したのか、リンが話題を変えてくれた。
もっともそれさえ、仮想生命体のことだったが。
「この際だから言うけど……九籠くん。私ね、九籠くんがはじめてムラマサ? って存在になったときね、見てたんだよ」
「それって」
「あの不良が死んだ日だよ。私、見ていることしかできなくて。でもあの時の英治くん、かっこよかった」
リンは瞳を輝かせてそんなことを言う。英治は目が点になる思いだった。
もうずいぶん昔のように思えるが……タケトとその仲間たちを惨殺した、あの青い鎧の闘士。そして、その“願い”を否定したことで宿ったムラマサという存在。
英治にとってはすべてが始まったあの日、確かにリンも関わっていた。意識を失っていた自分を保健室で見守っていてくれたのは、そういえば彼女だった。
「まあ俺にとっちゃ、トンデモねえ災難だったけどな!」
間髪いれずにタケトの怒声がとぶ。
その時ばかりは、タケトは先ほどまでの軽い口調は消し去って、硬く睨んだ眼差しを英治に向けていた。
「災難どころの話じゃねえ。最高だった俺の学生生活が、粉微塵に飛んでいきやがった。あいつらも死んだ。それどころか、この世界に存在してねえことにさえ……。俺はな、英治。まだこのこと、許したわけじゃねえんだぜ」
「うるさい」
向けられた憎しみに絶句した英治に代わって返事をしたのは、コウだった。
「クズが死ぬのは当たり前だ。あんな奴ら、この世界には要らなかった。九籠くんは間違ってない」
「俺のことはどうでもいいが、死んだあいつらのこと馬鹿にすんなら……いくら大湖さんでも許さねえぞ?」
タケトの睨む視線が英治からコウに引き移されるが、その時にはコウはまた本を開いていた。
「私はお前のそのくだらない願いも、この世界には要らないと思ってる。殺さないのは、完全融合態の数が足りていないから。それだけは、覚えておけ」
言い放ち、コウはまた読書に舞い戻る。
タケトは反論しようと口を開きかけたが、その時にはすでにコウから伸びる影がタケトの足首を掴んでいた。影から手が出て、それがしっかりと足首を握りしめる。
「んだよ!」
さすがのタケトも身の危険を感じたのか飛び上がって、その手から逃れる。
影はタケトを追わず、するするとコウの足下に戻っていった。
コウのそんな堂々とした態度を見て、英治は思う。
(やっぱり、コード:0、なんだな)
いつからそうなのか。そして融合している具合はどれくらいなのか……聞こうとして、しかし先ほどのやりとりで恐怖を感じたのは英治も同じだった。
見れば、リンはさきほどまで輝かせていた瞳を見開いているし、観念したのかタケトもまた手近の空いている席に座ってスマホをいじり始める始末。英治もまた喉が固まってしまって、読書モードに入ってしまったコウに話しかけようとした心が折れた。
そうして四人が再び、無言になった頃……。
無言になったからこそ、彼らは聞いた。
カツ、カツ、カツ、と乾いた靴音がただ廊下から響いてくるのを。
リンと英治は廊下に顔を向け、タケトとコウは視界の隅に廊下を捉えてさりげなく音源を確認する。
四人の視線の先には、斧を握る女性がいた。
今朝にも廊下を歩いていた、そして終業式でも菅田とともに登壇していた背広組の紅一点。
すでに人の気配も失せて静まり返っている廊下を、赤黒い斧を持つ女性が悠然と歩いている。
(いったい、何なんだ)
英治が首をかしげた、その時だった。
ただ通り過ぎると思われた女性は不意に足をとめ、くるりとこちらを向く。
その瞳を見て、英治はぞっとする。まさに血走っていたのだ。白目が充血しているのが、遠目からでもわかった。眼球は落ち着きなく動いているが、歩調は不気味にゆったりで落ちついている。
瞳の動きと体の動きが一致していない女性は、斧をもちながらゆったりと教室に入ってくる。
無言の空間に靴音だけを響かせ、彼女は最後列に向かい、やがてコウの前に立った。
コウはページをめくる手は止めず、しかしちらとその女性に目をやった。
一瞬、コウと女性の目が合った。
英治は寒気がして席を立とうとしたが、すでに遅い。
女性はいきなりコウに向かって斧を振り下ろしていた。
「あんたたちのおかげで、あたしは!」
正面からの、堂々とした奇襲。
「あぶない!」
英治は叫んだが、しかしコウの影が瞬時に反応、一本の手が伸びて女性の手首を掴んで止めた。
女性は簡単に動きを止められ、斧はコウに届かず中空に停止する。
ふるふると両腕が動いている。女性は血走った瞳をただコウに向けて、何とか斧を押しつけようと奮闘している。
「どういうつもり?」
コウは斧が自分に届かないとわかると、女性から視線を外して目の前の本のページをまためくる。
それでも投げた言葉は、いったい誰に向けたものなのか?
英治は周囲をみてみたが、菅田はどこにも見えなかった。
ただ……四人の背広の男たちが、廊下に整列していた。さきほどまではいなかったはずだが。
女性の斧が止められたとみるや、四人の男たちはまったく同じ動きをとる。
まるで機械のように、彼らはまったく同じタイミングで体を揺らし、同時に一歩を踏み出した。そのままステップを踏んでスタートを切った彼らは猛ダッシュ。教室に雪崩れてくるや、直後には全員、人の形を失っていった。
それは仮想生命体の顕現。とりわけ人の姿を捨てて本性を露にする現象――“化身”だ。
背広は破れて、そうして彼らは迷彩服をイメージした体表をもった兵隊型仮想生命体、コード:アーミーに変身する。
ただ奇妙なことに、人の願いによってそれぞれが異なる存在となるはずの仮想生命体において、何故か彼らはまったく同じ外見をもっていた。
異なるのはそれぞれが持つ武器――ダガーナイフ、バズーカ砲、ボウガン、ランス――、それだけで、あとのすべては判を押したように同一だ。
「いったい、何だってんだよ!」
タケトは立ち上がり、瞬時に応戦の構えをとる。人の姿を捨て、額に青い角を生やした完全融合態の仮想生命体、コード:オーガに化身する。
右手に棍棒を握り、左手には巨大な盾を出現させる。
四体のアーミーが武器を構えるのを前にして、鬼はその筋骨隆々とした体躯を正対させた。
一方、リンもまた立ち上がると、
「すでに落とし穴にはめられていたってわけね」
現状を整理する言葉を漏らすとともに、その足下に青白い輝きを放つ仮想の花――アオマキグサを出現させる。すぐにラショナル・オーラが展開され、仮想生命体を顕現させていた。
それは人魚。ラショナル・オーラに投影された瞬間、空中を勢いよく飛び回る。
半融合態フェイズ3に特徴的なまだ物質化していない光でできた肢体をもつ人魚の、リン本人のサイズを再現しているのか控えめな胸を隠す一対の貝殻は青い金属光沢を放っており、それだけは物質で形成されているのだとうかがえた。
「英治くんに見せたくなかったけど、仕方ないね。コード:ウェヌス、私と大湖さん、そして何より九籠くんを護る役目、お任せしていいかしら」
「御意」
涼やかで堂々とした女性の声で応えた人魚――コード:ウェヌスは動きをとめてリンと向き合う。リンが右手を差し出すと、コード:ウェヌスはその手に自らの手を重ね、互いに笑顔になる。
瞬間、リンが意識を失ってその場に倒れ、ウェヌスが今度はリンの声で呟いた。
「貴方たち、向かってくるようなら容赦はしないわよ?」
人魚は天井スレスレの高さにまで上昇し、四体のアーミーを見下ろしていた。
動き始めた状況に対応する二人を見て、英治もまた立ち上がる。
だが、脳接続する気にはなれなかった。
一度接続すれば、目の前の仮想生命体を倒す道に進むことになる。
しかしその前に、するべきことがあるのではないか?
英治はリンのこともそうだが、コウのことが気がかりだった。
最初に教室に入ってきたのは誰か。
あの女性だ。それがいきなり入ってきてコウを襲った……英治はそこに違和感を覚える。
それだけではない。さらに改めて周囲を観察する。そしてやはり、首をかしげる。
(菅田さん……どこにいる?)
コウを襲う斧を持った女性と、そしてコード:アーミーに化身してしまった背広の一団と、あの菅田――コード:インフィニティとに関係があることは、すでに終業式で開示されている。
にもかかわらずこの場に奴がいない。
だとすれば、不可解な点を残したまま脳接続してはいけない。
これまで戦場をくぐりぬけてきた直感がそう告げて、英治は不意にココロの顔を思い出した。すぐにスマートホンの画面ロックを解除する。
ダイヤル画面を表示させ、連絡先一覧から彼女の名前をタップした。




