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8-5 心意気~打破~

【脳接続 継続】


 俺は思いきり天井に叩きつけられていた。

 奴が重力を再び反転させたんだろう、床にバウンドするはずだった体が急に上昇して天井にぶつかっていた。

 さっきまでの俺は、いったい何だったんだ?

 叩きつけられた衝撃で頭が治ったのか、それとも奴の反転が再び俺の頭の中をいじくったのか? いまいち判然としないが、ここは戦場だ。

 俺の事情がどうであれ、敵を見失うわけにはいかない。

 俺は奴の動きをみる……追撃はしてこない。そもそも俺を見てすらいない。

(舐めやがって……)

 そう思いつつ、奴の視線がただココロの姉ちゃんに向かっているのも気になった。

 

 夫婦になるはずだった二人。この社会を変革し、その功労者になるはずだった二人。そして、揃って社会から敵視され行くべき道を踏み外すしかなかった二人。

 殺し合わなくたって、いいだろうに……。

 だが、二人の想いは同じだ。どっちも互いを殺そうと決意してる。

 そこに赤の他人である俺が踏み込める余地はどこまであるんだろう。

 俺が首をかしげている間、俺の頭の中にテレパシーが送り込まれてくる。


『英治くん。聞こえるか、あたしだ』


 いつも頭に響いてくる誰かの声じゃない、それは間違いなくココロの姉ちゃんの声だった。

『一度、あいつを引きつける。その間に鬼切のチャージアップを済ませておいてくれ』

 俺は天井に引っ付いている状態のまま、ココロの姉ちゃんを見下ろした。声を出している様子はないが、光のスクリーンを展開していて、そこに表示されているキーボードをせっせと打ち込んでいた。コード:0と向かいあいながら。

 チャット機能というわけか。


「ムラマサの力はよくわかった。反転させてみても僕に立ち向かってくるとはね。強固な脳接続を行っている。ココロ、これが君の決意か。何が何でも、今日ここで僕を殺すつもりなんだね」

「そうだよ。あなたの傍にいながら、あたしは何もできなかったから。せめて尻ぬぐいくらいは、やらないとな」

「尻にぬぐい? 相変わらず君は言い方を考えない人だ。それじゃあまるで、僕が悪いことをしているみたいじゃないか」

「仮想生命体で社会を転覆する……国家反逆罪を適用しても裁ききれない罪だと思うが?」

「何を言っても無駄なようだね。なら、やむを得ない」

 

 コード:0はそうして、一歩ずつココロの姉ちゃんに歩み寄っていく。

 酸素が爆発したことで生み出された炎のなか、二人はまるでキスをするかのようにぴったりと向き合って。

 瞬間、姉ちゃんが腰のホルダーから拳銃を引き抜いていた。

 同時、コード:0が右手を突き出す。

「透、あたしは!」

「分からず屋だね、君は!」

 銃声が轟き、弾丸がコード:0を撃つ。命中した。

 が、相手は機械人形だ。命中したところで、一撃で脳天を貫けるわけではなかった。

 弾丸はしかし相手の喉の部分――スピーカの位置を撃ち抜いていた。

「p---! -……」

 コード:0は何かをしゃべっているのだろうが、しかしスピーカはすでに壊れてノイズしか流さない。

 直後、ココロの姉ちゃんの体が思い切り吹き飛ばされた。

 コード:0が右手で思い切りブン殴っていたのだ。


「野郎!」

 俺はココロの姉ちゃんの指示通り、チャージアップを終わらせて赤黒くなった鬼切をぶん投げる。

 天井から床へ、まっすぐに飛んでいく鬼切の切っ先はコード:0に向けられていた。

「p-!」

 敵はさすがに貫かれてはくれない。後方に飛び下がり、刃先から逃れていた。

 鬼切は空しくも地面に突き刺さる。反転して漆黒の光を放つようになった床面のライトに、赤黒い光刃がビン! と刺さった。

「英治くん、いいタイミングだ。助かった」

 ココロの姉ちゃんは吹き飛ばされた体を何とか動かして立ち上がると、俺に指示を飛ばしてくる。見れば口から血が出ていた。せっかくの美人も台無しだったが、ココロの姉ちゃんは少しもその覇気を落しちゃいない。

「バースト・モードで一発、撃ってくれ。ラショナル・オーラをいったん吹き飛ばすんだ!」

 人の本気には応えなきゃいけない。なにせ俺は、勉強にも何にも本気になれる気がしないクズ野郎だからな。

「ああ!」

 俺は着地を決めると同時に地に突き刺さった光剣の柄を握り込み、引き抜いてやる。

 同時に、ムラマサ・グリップのトリガーボタンを素早く二回押した。赤黒い光の刃は消え去り、グリップは剣の(モード・ヒルト)から銃形態(バースト・モード)にチェンジする。

 と、突然だ。

 俺たちは息ができなくなった。

「P-! P!」

 見れば、コード:0の全身が青白く輝いている。さっきみたいに酸素を“反転”させたんだろう。

 まったくもって、滅茶苦茶な奴だ。

 だが、構うものか。ココロの姉ちゃんの指示に従うまでだ。

 俺はトリガーボタンをふたたび押した。変形を完了したムラマサ・グリップの銃口から赤黒い爆発の渦が放出される。

 空間中をゆったりと進む血の渦巻きは、回転することで室内に満ちていた青白い輝きの靄――ラショナル・オーラを吸収していく。

 部屋中を満たしていた青白い輝きが消え去り、視界が晴れた。


 瞬間、すべての“反転”が解除される。


「ふっ!」

「ぷはっ!」

 俺とココロの姉ちゃんは同時に呼吸を取り戻し、いま一度思い切り息を吸い込んだ。

 反転されていた天井と床は元通りになっており、頭上でライトが白い光を放つ日常の光景が取り戻される。

 どういうことか、と問うまでもなくココロの姉ちゃんはいつものドヤ顔を取り戻していた。

「コード:0の現実改変“反転”はラショナル・オーラのなかでしか作用しない。ここは狭い部屋の中だ、オーラが満ちるのも速いが、領域が狭い分吹き飛ばすのも簡単だ。もっとも一発で全部を解除できるなんて、想定以上の効果だがな」

 ココロの姉ちゃんは右手に青白い光のメガネを生み出して、それをかける。

 メガネの表面には様々な数値が表示されており、それが敵の状況を教えてくれるんだろう。

「大気中のラショナル・オーラ、拡散率、二〇〇%から八〇%への低下を確認した。回復までには、推定十秒。英治くん、その間にあいつを……殺せ!」

「いいんだな!?」

「ああ。あいつはもう、ただの機械人形だから」

 ココロの姉ちゃんはそのとき、メガネで覆った瞳を伏せた。だが次の瞬間には、前を見ていた。

 その悲壮感に溢れた姿をみて、俺はもう、迷わなかった。

 もとよりここは戦場だ。最初から迷う暇もないが……相手を殺す以外の道はないのか、なんていう甘っちょろい考えは捨てることにする。

 ココロの姉ちゃんの決意は、本気なんだから。


「あああ!」

「P!」

 ココロの姉ちゃんの言うとおり、コード:0は単なる機械人形でしかなかった。スピーカを壊され人の言葉を話せなくなったあいつはもう、ココロの姉ちゃんの夫になるはずだった人間とは呼べない。

 ココロの姉ちゃんだって、きっと本当は二人で仲良く支え合って生きたかったに違いない。

 それでも過酷な現実を受けいれる道を選んだ。仮想生命体を呼ぶこともなく、かつての願いが砕かれてしまった無残な現実を受けいれて……道を踏み外してしまった最愛の人の歪められた願いを滅ぼす道を選んだ。

 俺は従うしかない。そんな大きな決意に従わない道理はない。

「P!------コ」

 ムラマサ・グリップのトリガーボタンをまた素早く連打し、銃形態から剣の柄へとモードチェンジさせた。

 瞬間、光刃噴出光から赤黒い光の刃が伸展する。

「コ-コ-ロ-」

 一方、コード:0は全身から青白い輝きを放出しながら後退していく。時間を稼いでラショナル・オーラを回復させるつもりだ。

 だが“反転”の力を作用させられなくなった現状、あいつはやはりただの機械人形。

 身体能力と認識能力を大幅に向上させたこの俺が、追いつけないはずはない!

「P-一緒に-幸せに-」

俺は床を踏みつけ、思い切り蹴り込んだ。俺の全身は弾丸のように前に押し出され、後退する敵に瞬時に追いついていく。

 容易く鬼切の間合いに捉えた。あとはもう、刃を振るってやるだけだ。

「-生きたかった-n」

 瞬間、赤黒い血の刃が空間を疾走する。

 横一閃。

 機械人形の脇腹に刃が食い込み、直後、上半身と下半身とが分断される。

 が、奴は人間じゃない。

 俺はすぐに次に狙うべき場所を見た。

 コード:0の中枢制御AIチップが埋め込まれている、頭部……不意に、その瞳の部分のライトが強烈な輝きを発した。

 

 瞬間、爆発的にラショナル・オーラが拡散していく。

「八〇%から、一気に一五〇%まで拡大……? まずい、英治くん!」

「ああ、わかってるさ!」

 奴が現実をふたたび反転させるより先に、俺が刃を突き刺してしまえばいい!

 振ったばかりの刃先を返し、床面に落下した奴の上半身部分に切っ先を向けて。

 俺は両手で柄を握り込み、思い切り敵の顔面を突き刺した。

「a i si te ru yo」

 はたして、奴の頭部は粉微塵に粉砕された。

 

 だが。

「現実空間の“反転”を確認! これは……時空間が反転している?」

 ココロの姉ちゃんはパニックになりながらも俺に状況を報告してくれる。


 その時だった。

 破砕された機械人形の頭部から、青白い輝きが盛大に放出された。室内のすべてを照らす光の靄が、大輪の花の形をもって顕現する。

 爆発的なラショナル・オーラはまさしく仮想のスクリーンだった。それを通して俺は、幻を見ていた。



 いまよりずっと若そうに見えて、目の下にクマがなくて薄化粧までしてる、はるかに女の子らしいココロの姉ちゃんが目の前にいた。

 姉ちゃんの後ろには輝く夜景が窓ガラス越しに広がっていた。どうやら二人は、高層階のビルの中にあるしゃれ込んだレストランにいるらしい。

 目の前には純白のテーブルクロスの上に、白磁の皿が二つ並んでいた。ひとつにはコーンスープの液面が広がり、もう一つにはサラダが盛り付けられている。コース料理を楽しんでいるらしい。

 だが、対面のココロの姉ちゃんはおいしそうな料理を目の前にして、何故か俯いている。決まりわるそうに、小声で呟いていた。

『これはもらえない。あんたは、あたしなんかよりずっと綺麗な人と、くっつくべきなんだ』

 ココロの姉ちゃんの目の前には四角い、小さな箱が置かれてあった。幸せの円環が詰まっているのだろうその箱を、ココロの姉ちゃんは受け取らない。

『でも君には、僕しかいなんだろう?』

『そんなことは、ない』

『嘘だよ。だって君は、僕以外の人とまともに話したこと、ないんでしょ』

 

 その時、場面が切り替わる。時と空間が“反転”し、別の場所へと俺を誘った。

 夜景の見えるレストランから、薄汚れたアパートの一室へ。

 小学生くらいの小さな女の子が、ひたすら殴られていた。母親と思われる大人の女性から。

 それは小さい頃の、ココロの姉ちゃんだった。

 虐待。

 ココロの姉ちゃんは母親に殴られつづける日々を送って、誰とも口を聞かなくなった。

 人が信じられなくなって、人が嫌いになった。


 それなのに……。

 また場面が切り替わる。

 再び、レストランの中へ。

『君は僕以外の人と話せない。僕しか信じない。そんな君だから、傍にいて欲しいんだ。傍にいてくれないと、心配で仕方がないしさ。ずっとずっと、君のこと考えてしまうんだ』

『本気?』

『当たり前だよ』

 ココロの姉ちゃんは恐る恐る、ゆっくり顔をあげてその焦点を対面に座る人物へとあわせた。

 その顔をみて、初めて姉ちゃんは笑った。両目に涙を浮かべて。

 姉ちゃんは「うん」と素直に頷いていた。

 

 そうして俺は現実に呼び戻された。目の前には、砕け散った機械人形の頭があった。

 残骸と成り果てた“彼”は、ラショナル・オーラのスクリーンに最後の幻を投影する。

 

 見れば、俺の目の前に一人の男が仰向けになっていた。機械の残骸が“反転”し、生きた人間となって顕現しているのだ。

 その男が言う。

『いままでありがとう、ココロ。僕の負けだよ』

 

 俺はムラマサ・グリップをもう一度、変形させた。剣から銃へと組み変わる。

 銃口を上に向けて、トリガーを引き絞った。

 赤黒い爆発の渦が巻き起こり、室内に残ったラショナル・オーラを再び吹き飛ばした。


「ラショナル・オーラ、消失を確認。0パーセントだ」

 ココロの姉ちゃんは、現実を見据える目を反らすことなく報告してくれた。

 俺はそうして、足下の残骸を見る。

“彼”はもう姿を消していた。青白い輝きはすでになく、機械の残骸だけが灰色の床面に散らばっていた。

 俺は銃形態のムラマサ・グリップを再変形。

 赤黒い光の刃を展開し、床上の残骸を掃き掃除でもするように払ってやった。

 デリート・カラーに染まった鬼切の刃が、残骸を舐めて通り過ぎる。


 こうして機械人形は跡形もなく消え去り、コード:0の存在は消滅した。


 ココロの姉ちゃんが両膝を地面に落して、泣きながらくずおれていく。

 その姿を見ながら、俺はぐっとムラマサ・グリップを握った。

 機械人形に宿った人間の魂を消し去ってしまった罪悪感が首をもたげてもくる。

 ココロの姉ちゃんにとって世界で一番大切な存在を、俺がこの手で消し去った。

 これは罪ではないのか?

 そう自問しかけた時だった。

 ココロの姉ちゃんは涙をぬぐいながら、俺に言ってくれた。

「ありがとう。英治くん。これできっとあの人も、やっと天国に行ける」

 俺は何の言葉も返せなかった。どういたしまして、とも言えないまま。

 俺はただ、天国に昇っている最中であろう“彼”にむかって、虚空に両手を合わせた。


【脳接続 解除】 

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