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8-3 心意気~抜け殻との別れ~

 機械人形は瞳の位置のランプを灯すと、ゆったりと顔を上げる。

 そして口の部分のランプを薄緑色に光らせて、電子音声を喉の位置にあるマイクから響かせた。


「ココロ カ。ヒサシブリ ダネ。デモ ビックリ シタヨ。ウシロ ニ イルノハ ダレダイ。ソモソモ キミ ガ ボク イガイ ノ ニンゲン ニ ハナシカケル コト ナンテ アリエナイト オモッテイタノニ」


 間抜けなようにも聞こえる、何の変哲もない機械の音声だ。人の言葉を使っていながらまったく機械っぽさを払拭できていない、単なる電子音。

 SF映画にでも出てきそうな細身の機械人形は、鎖につながれている我が身に少しも不満はないのか、穏やかに話している。


「モットモ ボク ハ モウ ニンゲン デハ ナイノカ ハハハ」

 

 笑ったのだろうが、機械的すぎてつられて笑顔になることもない。

 英治は目の前のおしゃべりな機械人形に、仮想生命体という言葉を結びつけることができなかった。

 仮想生命体というのは、人の肉体を乗っ取る情報生命体であり、人類の脅威でもある。だがいま目の前にあるのは、拙い電子音声しか使えない不気味で不格好で間抜けな人形。

 凄まじい技術力によって造られたのだろうことは察するが、しかしこれまで遭遇してきた仮想生命体とは次元が違う。

 英治は正直にいえば、拍子抜けしていた。

「これは、何なんですか? コード:0って……」

「見た目は悪いが、しかしけして油断はするな。人の体を乗っ取るべき仮想生命体が、あの人形に入ってしまったというだけのこと。奴が仮想生命体だというその事実、本質には何の揺らぎもない」


「ココロ、アイカワラズ キミ ハ イイカタヲ クフウ シナイ ナア。ボク ノ メノマエ デ ボク ガ ニンゲン デハナイ コト ヲ シテキ シナイデ クレ」

 ツライカラ、と彼は結び、がっかりしたと言う代わりに両肩部分をがくんと下げてみせる。


「悪いが、透。もう終わりにしよう。今日連れてきたのは、あたしの研究成果だ。透、ついにあなたを消す力を持つに至ったムラマサが、また復活したよ」

 ココロがそう言うと、しばらく機械人形は沈黙した。ただ両目をぱちぱちと瞬きさせるように、目の位置のライトを点滅させて。

 英治もその沈黙を破る気にはならず、そうして機械人形は観念してしゃべりだした。


「ソウカ コノ 状態 デ 延命 スル コト ハ 君 ト イラレル ユイイツ ノ ホウホウ ダッタ ケド スベテ ニ オイテ 諸行無常 ダナア。 ナラ ボクモ イキル タメ ニ アラガウ シカ ナインダネ」


 刹那、機械人形の瞳がひときわ強く発光した。


「来るぞ、英治くん。突然ですまないが……キミにはこいつを、倒してもらいたい」

「倒すって、でも、夫って」

「夫でもあるが、コード:0とも融合してしまっている。これまでキミを利用してきたのはすべて、こいつを倒せるだけの力を得てもらうためだった。あたしの過去を話すことになるから説明しなかったのは、悪いと思っている。説明しなかったがために、キミを辛い目に合わせたことも、本当にすまなかった」

 ココロはそうして、初めて英治と目を合わせる。

 今度は、その言葉に熱と勢いがあった。風に流して聞かせるのではない、彼女が己の口から他人の心に送り届けようとして放つ、本音の声だった。

「お願いできる立場ではないことはわかっている。でも、今日で最後と思ってくれて良い。だから、頼む! あいつを、あたしの夫を……消し去ってやってくれ」


 話している間にも状況は進んでいく。

 英治がココロの言葉に従うか否かにかかわらず、すでに目の前の機械人形は臨戦態勢らしい。


 機械人形――コード:0の瞳が一度、消えた。

 そうして再び点灯する。

 再起動を完了したサインか。

 直後、その全身から青白い燐光が放出されていく。アオマキグサが放つ、現実を侵食して広がる仮想の領域――ラショナル・オーラだ。

 いま、機械人形を縛っていた鎖が砕け散る。引きちぎった動作はなかった。ただ勝手に鎖が砕けたようにしか見えなかった。

 原理は不明だが、しかしそれで自由に動けるようになった。その事実さえあれば充分で、機械人形は直後、ギン! と瞳から青い輝きを放つ。


 瞬間、室内が“反転”する。

 白かったはずのライトの光が、漆黒の闇に変わった。

 逆に光が届いていなかったはずの室内の隅っこから白い輝きが放出されている。


「この社会のシステムを憎んだ透は、そのすべてを反転しようと企んだ。この世界を生んだ地球の情報にアクセスできるように、己を命ある情報体と融合させ、仮想生命体と成り果てた。あたしは透を止めるべく、地核に潜り込んだあいつをアンドロイド、“ムラマサ”に追わせたが、結局止められなくてね」

 ココロは冷静に説明をしてくれる。

 その声を耳にいれるように意識して、英治も正気を保つようにした。


 次には室内の上下が“反転”していた。

 闇を放つライトが床になり、コンクリートの床面がそのまま天井に成り代わる。コード:0はその重量でライトのガラス面を割り、パリン、と鋭い音が木霊した。


「あいつは地核からこの星をコントロールできるだけの情報を回収して、また現実に戻ってきた。その時、あたしはあいつに向き合って、何とかこの空間に封印した。生き残った他の助手たちの力も借りて、ようやく。同時に地核の情報の中に埋め込まれてしまった“ムラマサ”も復活できる状態にして、着々と計画を前に進めてきた」

 

 今度は室内の左右が“反転”する。

 次には時が“反転”し、室内にあった時計の秒針が逆回転を始めてしまった。

 

「今まで、あたしはキミに嘘をついていた。星を護るだとか、人類を救うだとか……そんなことは、あたしにはどうでもいいことだった。ぜんぶ、間違った道に進んだあの人を救うための、あたしの私利私欲だ。頼む、あいつを殺してくれ」

 熱を帯びた声で話してくるココロの隣で、しかし英治はうつむいた。

(また、殺しか)

 学校では誰からも頼られないのに、学外では殺しを頼まれる。それは殺人鬼への道ではないのか?

 正直、辟易する。そんなことでしか頼られない自分にも、そして、そんなことで頼られて人の役に立てるとまた喜んでしまいそうになる、愚かな自分自身にも。

「殺す以外の道は、ないんですか」

 だから英治は問い返さずにはいられなかった。

 問題を解決する道は、ひとつではないはずだ。

「わからない」

 ココロは、しかし正直に答えた。

「なら!」

「しかし、あたしは思うんだ。あの人は一度、自殺を選んだ。仮想生命体と融合することで自殺未遂に終わったが、その末路が目の前の人形だよ。あんなものに成り果てて、この世界を憎んで生きるようになった。それはもう、人間の在り方じゃない」

「人間の、在り方?」

 不意に飛び出した難しそうな言葉に、英治は首をかしげた。

「あの人は自殺する前に言っていた。人が自由自在に自らの願いを叶えられるようになったら、どんなに幸せだろうって。僕はそんな社会がいつか作れるように、この研究をがんばりたいんだって」

 ココロの脳裏に、笑顔で夢を語る彼の姿が蘇った。

 ココロはそれを、できるはずない、と内心で笑いながらも、しかしそんな彼についていきたいとも思った。この笑顔の夢想家には誰かがついていないと危なっかしくてしょうがなかったから。

 結局、自分がついていようがいまいが、彼は敗れてしまったけど。


「この社会が良くなることを、あの人は願っていた。だがいまは違う。いまあいつが望んでいるのは、この社会の転覆……つまりは、現状の破滅だ。仮想生命体によって歪められたとしか思えない」


「ソレは、違うな。ココロ、僕はいまでも、あの時と同じ願いを抱いているよ」


 突然、コード:0から人間の声が響いてくる。電子音声ではなかった。相変わらず、口の部分から緑色の輝きを放ちながら。


「より良い社会を築きたいという願いは変わらない。ただ、この世界は地球の法則に縛られているせいで有限性を捨てきれない。どこまでいっても資源に左右され、人の願いの実現が阻まれる。有限性のせいで争奪がはじまり、競争がうまれ、ひとつの願いを叶える代償にはるかに多数の願いが排除される。僕もそうして排除された者の一人だよ。だが……この星を操り、その有限性を改変することができたら? 資源が必要ない世界になるとしたら? 奪い合うことも、競い合う必要すらなくなる。故に、この世界を転覆する。僕に宿った、仮想生命体の力で!」


 コード:0は、そっと右手を掲げた。

 瞬間、重力が“反転”する。

「なっ!」

 英治とココロは宙に浮かびあがる体をどうにかしようとするが、両足は勝手に床から離れていく。

 それは相手も同じだが、機械人形の体をもつコード:0は足が床から離れても見事に体をその場に定位させていた。


「ココロ。君が僕たちの関係を終わりにしようと言うのなら、僕もそれに応じよう。僕の力をこの狭苦しい部屋に限定させてしまう、この施設から抜け出すために……まずは君から転覆する」

 コード:0は宙に浮かんだ体をそっと前に傾けて前進を開始しつつ、左手を掲げる。

 すぐにココロは操られたかのように勝手に前に進んでいく。慣性の法則を“反転”させ、後方に流れていたココロの体を前進させたのだ。

 二人はすぐに接触できる距離にまで近づいていく。

 コード:0は、そして掲げた両手を頭上で組み合わせた。

「命よ、反転せよ!」

 生を“反転”させ、死につなぐ。

 ココロはそうして、命を落す。

 そのはずだったが……ココロの目の前に、英治がその身を晒した。

 金色の刃が空間を疾走し、ココロの胸を貫いた。

「英治くんっ」

 ココロはうめき声をあげたが、しかし死なない。胸の傷も一瞬で元通りに再生されていく。


「死が反転し、生となるか。さっそく僕の力を逆手にとられるとは。理解も早ければ、飲み込みも早い。ココロ、君は実に有能な助手を得たというわけか」

 

 英治が振るった金色の刃――鬼切はココロの生命が反転している途中に死を与えることで、コード:0がココロに対して行使した“反転”の力が死を覆し生を与える力になった。

 まさに世界を覆す“反転”の力を逆転させる神業だ。

 しかし英治はそれに満足してもいられない。

 道を探している余裕はない。敵はすでに英治を見つめていた。そしてまた何かを反転させようとしているのか、手を上げつつある。

 結局、殺し合うしかないのか。

 

『考えるな、動き出せ。それがこの現実を動かす、ただひとつの方法だ!』


 英治の頭に、誰かの声が響いてくる。それが英治の脳を活性化させ、あらゆる機能を増強させる。同時にアドレナリンをはじめとする神経伝達物質の働きも増幅、強烈な快楽とともに一切の雑念を排除したクリアーな思考回路が構築される。


【脳接続 開始】

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