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1-3 そんな願いはヴァニシング

 どうしてこんなことになったのだろう。

 いつからいじめられるようになったのだろう。


 英治は呆然と立ち尽くして、目の前の殺戮を眺めていた。

 朝、武人と一緒にくだらない笑い話に興じていた不良男子が、ひとり、またひとりと殺されていく。

 青い鎧の闘士の力は圧倒的だった。英治を見事に痛めつけていた不良たちを五人同時に相手にして、展開は一方的。

 最初のひとりの胸に拳を突き入れて貫通、背中から手を出してみせる。無論、即死だった。

 瞬間パニックに陥った周囲の不良たちは叫び声を上げて散々に走り回るが、全身に鎧を着ているはずの闘士の動きは想像以上に俊敏だった。

 逃げ惑う不良たちは残らず追いつかれ、等しく校舎裏へと連れ戻されることになる。

 四人となった不良たちは尻餅をついて校舎裏の影のなかに身を震わせていた。

「ちょっと、ちょっと待ってくれよ……」

「何だお前」

 不良といっても図体の大きいだけの高校生にすぎない。

 教師の前であっても常に堂々とした態度を崩さない武人もまた、無残に捕えられていた。

「助けてくれよ、なあ、お願いだよ」

 抵抗する気力はとっくに砕かれ、逃げることさえ叶わなかった彼らは次第に命乞いをはじめた。

 土下座が幾重にも繰り返される様をみて、英治は首をかしげた。

(なんで、こんなことに……?)

 正直、いい気味だった。胸がすっと晴れる。因果応報だ。罪を犯した者は必ず、裁かれる。そもそもが死んで当然の不良どもだ。

 もっと、もっと殺して欲しい。この世界から消し去って欲しい。

 しかし。

 英治は同時に違和感をおぼえてもいた。

 過去の記憶、忘れもしないいじめのきっかけになった三ヶ月前の出来事が蘇る。



 英治は高校生になってから武人にいじめられるようになった。

 小・中学生のころはあまり関わることがなかった。数あるクラスメイトのなかのひとりくらいの扱いで、そもそも彼は元気のいい生徒ではあっても不良に堕ちることもなかった。

 スポーツが得意で勉強もできて、いつもクラスの真ん中にいる――それが英治の抱く、彼への印象だった。

 様子が変わったのはやはり、高校生の頃からで。


『お願いだよ九籠。俺を、助けてくれ』


 英治は不意に、そんな武人の言葉を思い出した。彼は泣きそうな顔で放課後、そう言ってきたのだ。

 高校入学直後の、四月の半ば頃。

 クラス内でも友だちが次々と成立し、グループが形作られ、徐々にスクールカーストが現れ始めたとき、数人はひとりぼっちのままだった。

 人見知りの英治はもちろんだが、なぜか武人もまた、ひとりぼっちだった。


『このままじゃ俺、きっとダメになる。ぼっちになって、誰からも相手にされなくなる』

 武人はそう言って、英治に頭をさげた。

『俺とお前で、ネタ、やろうぜ。コントみたいなもんだよ、なあ。俺がお前を殴って、それでもお前が笑うってやつ。不良グループにはきっとウケる。あいつらバカだから』

 英治は首を横に振ることもできず、しかし何も言えなかった。どう答えればいいのかわからなかった。正直、呆れた、というのが本音だった。

 正気じゃない。

『頼む、一生のお願いだ』

 懇願されて、結局は英治は頷いてしまった。断ることができなかった。

 中学生のころまではたくさんの友だちがいて人気者だった武人が、ひとりぼっちになることの怖さに追い詰められて堕ちていく姿が哀れだったから。

 

 契約を交わした翌日。

 武人は英治を不良グループの前に差し出し、ネタを披露した。

『こいつ、面白いんだぜ』

 そう言って武人は英治の腹に膝を突き入れた。

 しかし英治は倒れない、不満も言わない。ただ「ははっ」と笑顔を取り繕ってみせた。

 不良グループはその時苦笑いしたが、それでも武人と英治をグループ内に招き入れた。

 武人はもうひとりぼっちではなくなった。

 英治をおもちゃとして引き渡すことで。

 以降、武人は実に安心した笑顔を浮かべるようになって、それを見た英治は少しだけ嬉しかった。嬉しかったけど、憎らしかった。


(僕は、どうするべきだったんだろう)


 英治は視界を取り戻した。

 相変わらず体は動かない。指先ひとつ動かせない状況にある。全身から力が抜けて、何もする気になれない。

 なぜなら、目の前の鎧の闘士が自分の望みを叶えてくれるから……。

「さあ。これより人の望みのひとつ、“裁き”を実現する」

 青い鎧の闘士は呟くと、一列に並べた不良たち四人を右から順番に刺し殺していく。拳を手刀の形にして、胸に突き刺していくのだ。

 闘士は人の姿をしているが、明らかに人間ではなかった。指先はドリルのように尖り、人の肉を紙のように突き破った。

「ああ」

 情けない声を漏らして、右端にいた不良が絶命した。

 武人は左端にいて、最後に殺されることになる。

「次だ」

「ひっ」

 闘士の宣告と、不良の悲鳴。直後、噴き出す血液。

 ひとり、ふたり、またひとり……そうしてついに武人の番が回ってきた。

「やれよ。それで許してくれるんなら」

 武人はしかし少しも恐れていなかった。むしろ堂々と現実を受けいれている。

「ならば、望み通りに」

 闘士が肘をためて構えたときだった。

 

 英治は遠く、頭の奥で声を聞く。


『おい、お前! 聞こえるか!!』


「え?」

『そうだお前だ、お前! 聞こえてるなら、自分に問え! 本当にそれがお前の、望んだことか!』

「問う?」

『時間がない、早く! 望みが達成される前に、問え! 問うてお前の望みを改めろ!』


 時間がない? 望みが達成される前に……?

 意味がわからない。

 わからないけど。

(僕は、武人が死ぬのは……)

 そう思った。思うことができた。

 いじめられていて、正直、殺したいほど憎らしかった。

 ひとりぼっちになりたくないから、お前のおもちゃになれ? バカも休み休み言って欲しい。

 しかし、はっきり断るべきだったのだ。そんな馬鹿げた冗談を本気で言ってくるほどに狂っていたあいつを、止めるべきだった。

 止められたのは、自分しかいなかったのに。

 続いて英治は思った、己の望みを。

(あいつを殺す前にまず、あのふざけた約束を……消し去りたい)


 そのとき、波動が起こった。英治の心のなかに風が吹き、波が立つ。

 そんな英治の足下で、花の残骸がりんと揺れた。花弁は消えていても、二枚の葉は翼のように伸び、青白い輝きを未だに放ち続けていた。

 英治の心に生まれた風を受けて揺れたその電子の花から、また声が聞こえてくる。

『いまならできる。その体を、動かせ! 己の望みを、己の手で掴み取れ!』

 

 声に導かれて、英治は体を動かそうとした。

 全身の筋肉が硬直して動かない。いや、脳が異常をきたしているのか。

(なんだ、これ)

 まるで自分の体ではなくなっているみたいだ。

『あいつだ、あの鎧を着たあいつのせいだ! あいつがしようとしていることを、まず否定してやれ! あいつがしようとしていることは、お前が望んだことなのか!』

 

 あいつ……青い鎧の闘士がついに武人の胸にその手を繰り出していた。凄まじい速度で突き出された指先が、いま武人の肉体に触れる。

 その光景を見て、英治は叫んだ。

「違う!」

 武人を殺すのは、消し去るのは、この僕だ。

 僕を不良たちに差し出してひとりぼっちを回避するなんてふざけたその心根を、消しさってやりたい。


 瞬間、時間が止まった。


「これは……まさか!」

 止まった時間のなかで、青い鎧の闘士は叫ぶ。闘士の指先は武人の胸に届くその直前で停止していた。

 その停止した手を、英治が振り払う。

「ああああ!」

 直後、再び時間が動き出す。

 英治に手を弾かれた闘士はよろめき、兜の目の位置にある暗闇から赤い光を放つ。

「貴様の願いは、“裁き”ではないのか」

「違う!」

「そんなことは、ありえない!」

 闘士は絶望の叫びを上げたが、英治は構わず体当たりを繰り出した。

「おおおおお!」

 そのまま闘士の腹を押し、武人から遠ざける。

「九籠……?」

 死の淵から救い出された武人は、遠い目で英治の背中を追った。

「お前は俺を、やっつけたいんじゃない、のか?」

 そんな呟きは、しかし英治には届かなかった。

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