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7-4 ナイフの男・影

【脳接続 開始】


 とっさに接続(アクセス)してなければアウトだったことは認める。

 認めるが。

「んだこりゃあ!」

 それでも俺は絶叫する。

 向上した動体視力によって、人の眼では捉えきれなかった空城の動きも見えるようになる。

 おかげでとんでもないものを見ることになった。空城の動きが無数の残像を生み出して見えてしまうのだ。

 まるでアニメーションの原画を画面いっぱいに並べてしまったかのようだ。

「速すぎる、ってか!」

 目の前に迫る残像を含めた一〇本の手が俺に伸び、接触した瞬間それは一本に収束する。

 銀色に輝くナイフが俺に突きだされていた。

「鍛えられたナイフってのはな、弾丸より速えんだよ!」

 空城は豪語すると同時、弾丸どころではない、音より速いのではないかと錯覚するほどの速度で突いてくる。実際、空気を切り裂くシュ!という効果音が遅れて耳に入ってきた。

「そうかい!」

 一歩、右に体を反らしてナイフを避け、俺は左の拳を握りしめる。直後、前のめりになってる空城の背中に周り、握った拳を叩き込む。

「あんた、戦いに慣れてんのかぁ?」

 空城は俺が一瞬で背後をとった瞬間、にんまり笑うとアクロバティックにもバック転で俺の拳を回避、すぐ近くのビルの壁を蹴って急降下してくる。そのつま先は俺に向けられていて、つまりは飛び蹴りか。

「まだまだ、ルーキーだよ」

 俺は笑って答えてやると、半歩引いて敵の狙いをそらしつつ右手にムラマサ・グリップを顕現させる。

 握り込めば上に向いた光刃噴出口から黄金の輝きの柱が立ち上がった。仮想生命体を構成する情報に干渉できる対情報兵装“鬼切”だ。

「ナイフに剣とはなあ、悪手だよ悪手!」

 金色の刃の威容をものともせず、空城は肘を思い切りためてナイフを構えつつ着地。着地と同時に音さえ超える速さで突きを繰り出した。

 瞬間、空気が破裂する。

 俺はとっさに鬼切を正面に構えた。

 ナイフと光刃とが衝突していた。

「間合いに潜り込んだ方が、勝ちだ!」

 空城はひらりと身を翻してバレエダンサーも真似できないほどの速度でターン、コマのように回って鬼切を弾き飛ばし、ガラ空きになった俺の胴体にナイフを突き入れてくる。

 敵はその言葉の通り、一瞬で間合いに潜り込んできたってわけだ。

「黙って切り裂かれてりゃあ、いいのさ!」

 ナイフが横一閃に振られる。

 一歩退きながら鬼切を構え直して何とか距離をとると、またもナイフを防いでみせる。

 俺の目の前で一瞬、鬼切とナイフが交差した。

 そのとき俺は見た、奴のナイフの様子を。

「なんだ……いやそんな馬鹿な!」

「どうしたどうした!」

 空城が手にしていたナイフは銀色にテカってはいた。だがそれは明らかにメッキだ。本物の金属光沢に似せたテカり具合でしかない。

 そう、敵が手にしていたのはオモチャのナイフだったのだ。

「ふざけてんのか!」

 プラスチック製のオモチャをまじまじと見つつ、俺はしかし反撃の一撃をお見舞いする。

 下から上に鬼切を払い上げ、奴の手首を切り落とそうとする。

 対して空城は一歩退いて俺の斬撃を紙一重でかわしてみせると肘をため、次にはナイフを思い切り振り下ろしてきた。メッキでテカった刃はなんと俺の鬼切を上から叩いて無理矢理押さえつけてくる。

 通常兵器が一切通用しない仮想生命体の肉体さえ切り裂けるこの鬼切が、たかがオモチャのナイフに弾かれている。

 ありえない。

「何にビックリしてるかと思ったら、ああ、これか」

 空城は口元をにやけさせたまま、さも当然のように答えた。

「ゴミ捨て場に本物のナイフが落ちてるわけもねえからさ。こいつで我慢してんだよね!」

 視界にオモチャのナイフが突きつけられる。

 速い!

「我慢って!」

 我慢したところで、オモチャのナイフで戦えるはずはない。

 化け物だったらわかるが、人の姿をしているから余計に異常さが際立っていた。

 これで確定だ、奴はいまレベルマックス……完全融合態だ。現実改変能力をつかってオモチャのナイフに力を与えているとしか考えられない。

 それがどんな性質の力かはまだ把握できないが、ひとまず敵の原理はわかった。

 俺は首をわずかに傾けることで顔面を突き刺される事態は回避したものの、刃先が頬をかすめた。オモチャのナイフはまるで本物だと言わんばかりに俺の皮膚を裂き、血を流す。

「キヒィ!」

 瞬間、空城は奇声をあげた。血を見て喜んでやがるのか。

「この!」

 俺は半歩引くことで敵の間合いから抜けると同時に、鬼切の間合いに捉える。

 瞬間、鬼切の刃が空間を疾走する。金色の輝きが路地裏の影をも切り裂き、横一閃。その刃先は空城の腹を撫でた。血が噴き出し、コンクリートをぬらす。

 その時だった。ゴミ捨て場に咲いたアオマキグサが輝きを強くし、同時にラショナル・オーラを厚くしたのは。


「なかなか、やってくれるじゃねえか」

 空城はそうして、ついに人の形を捨てる。

 細い体躯はそのままに、まず全身が薄い緑に染まっていった。あわせてやや長い体毛が体中から生え、着用していたシャツとスラックスを引き裂く。額から五センチメートルほどの一本角が突き出て、最後に背中からコウモリのような翼が一対生えた。

 空城忠――コード:グレムリンがついに本性を現わした。

 腹から流れていた赤い血は瞬時に青白い光の粒子に成り代わり、やがてその流出も止まる。


「お察しの通り、俺はすでに人じゃねえ。空城って奴の肉体も精神も、乗っ取っちまったことだしな」

 グレムリンはしかし人の言葉を放ち、さっきと何も変わらない人の両目で俺を見た。口元は卑屈そうに笑い、その笑顔も含めて人の特徴を保っている。

 毛むくじゃらの化け物がそんな表情をしているのをみて、俺の全身に鳥肌が立った。


「だが俺はあいつの心も思考も趣味嗜好も完璧に把握してる。もう俺はな、人間なんだよ。俺はもう、あいつそのものってわけさ」

 グレムリンはそうしてその手に握ったオモチャのナイフを一振りする。俺に届くはずもない、距離がまだ開いているその場所で。

 俺は嫌な予感がしてすぐにその場を離れる。

 目の前にナイフの軌跡だけが見えた。

 瞬間、俺の表皮が“切り裂かれる”。肩の表皮が服ごと裂けて血がほとばしった。

「んなっ!」

 ナイフの刃先を触れさせる必要さえない。

 グレムリンはしかし唐突に話し始める。また興味のない、回顧録だ。


「あいつと出会ったばかりの頃、あいつ会社をクビになったばかりでさ。かといって再就職する気もなかった。上司にいじめられて、それでもう全部嫌になったんだって。でも人間社会ってやつは酷だよな。いじめられたとしても、働かなきゃ喰っていけないんだから……あいつはそれで、盗みを始めたんだ」


 グレムリンはさらにナイフをもう一度、振る。今度は俺の膝の表皮が“切り裂かれる”。

 何の衝撃も威力もない、ただ表皮を切り裂いているだけの現象。


「俺があいつと出会ったのは、あいつが初めて人を殺したときだ。盗みに入った先の家で、バレちまって。警察に通報される前に、殺したってわけさ。あいつはそれから狂っちまった。人を殺すクセがついちまって……ほんと、あいつはかわいそうな奴だった。だからさ、俺はあいつに成り代わったんだ」


 グレムリンはそして、ナイフを振る。俺の手の甲の表皮が裂けた。線のように細い傷だ。俺は直感した、奴はこの期に及んでまだ遊んでやがる。


「俺はあいつになって、あいつをいじめた上司を殺してやった。それだけじゃなく、そいつの妻も浮気相手の女も子どもも殺してやった。それがいまテレビで流れてる、俺が引き起こした殺人事件の真相さ」


 殺人ではない、復讐か。俺はそう思ったが、しかしどんなに言葉が変わってもその本質は変わらない。

 世界は空城を復讐者ではなく殺人者として認識する。


「まあそんなことはどうだっていいんだ。俺は楽しいんだよ、気持ちいいんだよ、人をいたぶるのが。人を傷つけて、命を切り裂くのがさあ!」


 そうしてグレムリンは一歩を踏み出し、同時にナイフを空中で振る。

 俺は鬼切を正面に構え、ナイフの軌跡の延長線上に持っていく。

 だが、無駄だった。俺の首筋の表皮が裂けた。

「俺の力は防げねえ。別にこのオモチャでお前を斬ってるわけじゃねえからさ」

 言いつつ、グレムリンはさらに俺に接近してくる。

 近づかなくても攻撃できるはずなのに、なぜ近づいてくる?

 答えは敵の狂気にあった。

「まあそれでも、やっぱナイフで切った方が気持ちいいんだよな!」

 目の前にオモチャのナイフの輝きがちらついた。

 それはかすりもしないうちに俺の表皮を細かく切り刻んでいく。そうして刃先が俺の頬にふたたび当たった。

 ナイフの軌跡がそのまま俺の頬に細い線を刻んで、インクよろしくわずかな血を流す。

「キヒ! 最高だあ!」

 グレムリンは奇声をあげたが、俺はすぐにその腹にキックを入れる。

「ぐへえ!」

 俺のつま先から衝撃波が発生し、グレムリンは吹き飛ばされる。

 同時に俺はムラマサ・グリップのトリガーボタンを一度押してチャージアップを開始する。

 刃は銀色に錆び付くが、どのみちチャンバラで戦える敵じゃない。

 実際、吹き飛ばされながらもグレムリンはナイフを振っていた。すでに俺の左腕の表皮が服ごと切り裂かれている。

 一方、グレムリンの体はゴミ捨て場に叩き込まれ、緑の体躯がゴミ袋の山に埋もれる。

 直後、ゴミ袋が残らず切り裂かれ、大量の生ゴミをまき散らしながらグレムリンが鉄製ケージの中で立ち上がった。


「俺の見立てだと、あんたそんなに目立つガキでもねえし。いじめられてたか、誰からも相手にされないぼっちか、ってところだろ?」

 回顧録を語ったテンションでそのまま俺のことを見透かしてきやがった。

「だから、どうだって言うんだよ」

 鬼切が銀色から赤色に変わる。それを確認し、俺はトリガーボタンを二度押した。

 ムラマサ・グリップのモードチェンジが開始され、銃形態に移行する。光刃噴出光が真上から前方へとその向きを変え、俺は標準を定めた。

「ならあんたもさあ、俺たちを殺したりしてないでさあ。こっちに来なよ? 願いを叶えて、最高に気持ちよくなった方が幸せなんじゃねえか」

「どういう意味だ?」

 俺は標準を定めつつ、銃口がかすかに震えるのも自覚した。

「あんた、現実で満足できないタイプだろ? クソみたいな毎日過ごしてんだろ。ならさ、あいつみたいに俺たちに身も心も預けてみろよ。きっと最高の毎日がやってくるぜ?」

「ふざけんな!」

 俺はトリガーを引いた。光刃噴出口から赤黒い輝きの渦が放たれる。それはアオマキグサが展開するラショナル・オーラを吸い取りながら空間を進み、まっすぐグレムリンに向かっていく。

 直後、俺はトリガーボタンを二度素早く押すことで、もう一度ムラマサ・グリップを変形させる。銃形態を解除、剣の柄に戻ったグリップから赤黒い光の刃が噴出し、俺は思い切り地面を蹴り込んだ。

 体が弾丸のように前に突き進み、敵との距離を一気に詰めていく。

 敵が弾丸を避けた瞬間、そのコースに斬撃を繰り出してやる。

 

 他方、グレムリンは笑顔を深くするだけだった。

「だから言っただろ、なあ。ナイフってのは、弾丸より速えんだって!」

 グレムリンは弾丸を避けることさえなかった。

 腕をすっと振ると、オモチャのナイフがメッキの輝きをちらつかせる。瞬間、爆煙の渦は瞬時に切り裂かれて分解、霧散する。

「斬ってやる!」

 俺はしかし前進を止めない。どの道、間合いを詰めなきゃ俺はただ藁人形みたいに切り裂かれるだけだ。

 もはや体中が切り裂かれ、血を滴らせている俺の体も長期戦には耐えられまい。

 俺はこの斬撃にすべてを賭けるしかなかった。

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