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6-6 ヴァニシング後日談~戦争~

 コード:ネメシスの撃破に成功した英治は、見事にワタルを救出することができた。

 そうであればどんなに良かったか。


 接続を解除した英治は真っ先にワタルを探した。

 どこにもいない。

「ワタルくーん! 返事を、して」

 裏山を登り、竹林に入って彼の名を呼んだ。

 裏山から降り、お地蔵さんの表も裏も調べた。

 どこにもいない。

「ワタルくん、いったいどこに」

 英治は黄昏すら過ぎ去った闇の中をひたすら探した。


「おや、いったい何をしてるんですか?」

 

 そんななか、後ろで男性の声が響くのをきく。

 振り返ればメガネをかけた背広警官――菅田のほほえみが浮かんでいる。

「あなたは……ずっと、見ていたんですか」

 英治は菅田を睨むが、しかし彼は両手をあげて「いやいや」と、とぼけるポーズをとった。

「まさか。仮想生命体の消滅を確認したから、現場に急行したというわけです。あいつらを消滅させることができる存在は、この国では数えるほどしかいない。たとえばあなたと、そしてこの私に宿ったインフィニティ。あなたの監視をしている立場としては、消滅を確認すれば行くしかないのですよ。事後処理は私の役目ですからね」

 菅田は言いつつ、足下に広がる己の影を深くしていく。影の大きさは明らかに本人の大きさを超えており、形も不鮮明で少なくとも人のものとは思えなかった。

「そんなことより、ですね。あなたはここで何をしているんですか? 仮想生命体を見事倒したのであれば、あとはおうちに帰って休むしかないでしょうに」

 英治は返事に窮した。

 目の前の得体の知れない警官はまったく信用に値しない。インフィニティという仮想生命体のことも含めて、隠していることが多すぎる。

「何も、してないです」

 英治はそう言葉を返して、引き続きワタルの捜索を再開する。いまもどこかに倒れているなら、早急に見つけ出してあの優しい母親のもとに送ってあげなければならない。

 かまっていられるか、と念じて菅田を視界の外にした英治だったが、

「参考までに」

 と言い放った菅田の言葉に、ぴたりと体の動きを止めた。悔しいが止めずにはいられなかった。

「完全融合態となった仮想生命体を撃退したようですから、説明しておきますと。融合してしまった人間はもう、仮想生命体もろとも削除されていますよ」

 英治はふたたび菅田を視界にいれた。

「さく、じょ?」

「ええ。デリートしたのでしょう、完全融合態を。なら、もうその人間はこの世にいません。なにせ人間と仮想生命体が完全に同じ存在になってしまうのですから。まさか、ご存じなかった?」

 菅田は微笑を張り付けた顔を保ったまま、まるで英治の反応を楽しむかのように目元をにやけさせる。

 対する英治は、全身が急に震えて悪寒が止まらなかった。

「そんな、じゃあ、僕は」

 この手でコード:ネメシスもろとも、ワタルを殺した。

 脳裏にワタルの笑顔が浮かんだ。『お兄さん』と話しかけてきてくれた記憶が蘇った。

 知らなかった。でも、それでは済まされないことをしてしまった。


「問題ないですよ、そんな深刻に考えないでください」

 絶句した英治に対し、菅田は何も変わらない飄々とした口調で補足する。

「私とインフィニティの力で、人の記憶と地球の情報の一部を操作しますから。現在わずかに残っているラショナル・オーラの残滓から情報をとってからの判断となりますが、まず今日あなたが消滅させてしまった人間は最初からこの星に存在していないことにします」

 菅田は何の臆面もなく、笑顔のまま語る。

「その人間に家族がいた場合、彼らの記憶を操作してしまいます。仮想生命体の力があれば、人など簡単に操れる。大丈夫、ぜんぶ私が辻褄を合わせますから。いつも通り」

 そうして菅田は、「それでは、気をつけて帰ってくださいね」と言いつつ、現場検証をはじめる。

 菅田の足下に広がっていた巨大な影が蠢き、そこから手が伸びた。影が人の手の形になって飛び出したのだ。

 それはお地蔵さんのすぐ傍……アオマキグサが生えていた場所に伸び、虚空を掴んで、また菅田の足下に戻っていく。


「あなたも、仮想生命体と同化してるんですか」

 英治は菅田に問うたが、しかし彼はすでに英治を見ていない。

 菅田は足下の影を自ら覗きこみながら、英治を見もせずに「はい?」と答えた。

「あなたを倒せば、戦いが終わるなら……!」

 英治は菅田をにらみ据えた。

 が、菅田はやはり英治を見もせずに答える。今度は英治の言葉に蓋をするかのような、ピシャリとした口調で。

「この戦いはそれほど甘くはありませんよ。確かにインフィニティは上位種に分類される高出力型ですが、同胞を生み出す権能はないようですので」

「生み出す?」

「そう。仮想生命体は自然発生するものではありません。頂点に君臨する存在が生み出しているのですよ。まあ正確に言えば、地核から根付いたアオマキグサから生まれますが……そのアオマキグサを操り、仮想生命体の誕生を促している存在がいるのです。その名は、コード:0」

「コード、ゼロ」

 英治は反芻してみる。それはすでに知っている言葉だった。ムラマサと脳接続できるようになってから得た、ムラマサの記憶のなかにある存在だ。

 知っているだけで、それが何を意味するのかはわからない言葉だったが。

「あなたがこのまま戦うのなら、いずれはコード:0を相手にしなければなりません。まあ、いまのままでは絶望的なようですが」

 菅田は自らの影をみつめるのをやめ、そして立ち去っていく。現場検証はもう終わったのか。

「先ほどの戦闘データ、吸い出しができましたので拝見させていただきました。しかし今のあなたは私のインフィニティの足下にも及ばない。それではコード:0を削除することなど夢のまた夢。どうかがんばってください、私はずっとあなたを見守っていますよ」

 菅田はくるりと背中を向け、夜の闇に溶け込んで消えた。

 

 独りになった英治はもうワタルを探すのをやめる。

 菅田が口にしたコード:0のことは、戦いを終わらせるためには有用な情報に違いなかった。

 だが、やはり今はそんなことなどどうでもよかった。

「いったい何が、大丈夫だ」

 思わず呟いた。菅田に向かって言うべき言葉だったが、終始笑顔を絶やさなかったあの狂った警察官には言えなかった。

 記憶を操作するから大丈夫? ワタルの存在を端からなかったことにする? これは果たして、そういう問題なのか。

 コード:0を倒すとか、仮想生命体と戦うとか、そんなことを言っている場合なのか。

 英治はただ己の右手を見つめた。さっきまで鬼切と同化していた、仮想の命を切り裂いた己の右手。

 何も守れず、そればかりか一人分の命を消滅させてしまった我が手をみつめていると、もう何も考えたくなかった。

 けして胸を去ってくれない罪悪感をひとり抱えて、英治は帰り道を歩き出すしかない。

 これが、何かを消し去る重み……ようやく知ったが、すでに手は汚れている。

(もう僕は、ずっとひとりでいた方がいいのかな)

 己の手でまた誰かを傷つけるくらいなら、いっそ誰とも関わらない方がいいのではないか。

 そんな思いさえこみあげてくる。

 

 思いはやがて確信へと変わった。



 翌日。

 ワタルの通っていた小学校はきれいさっぱりなくなっていた。かつてそこに小学校があったことさえ、誰も知らないようだ。

 ただ裏山とお地蔵さんだけが残っている。

 老人たちの散歩コースの休憩ポイントになっているお地蔵さんの前に立った英治は、そこにひとつ、花束を置いて両手をあわせた。

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