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6-5 いじめられっ子と破滅の女神・宿願

[脳接続 深化展開]


 外目から見れば俺の動きは止まっている。

 実際、女神様の高らかな勝利宣言が俺の耳朶をうった。

「石にでもなってしまいましたか? ではこれで、終わりですね」

 その胸から必殺必中の一閃がほとばしった。

 俺はそれを避けることができず、破壊光線の直撃を受けることになる。

 だが俺はびくともしない。


[コンバージョン完了]……[ムラマサ 疑似顕現開始]


 俺の肉体に光線がぶつかる直前、脳裏に刻んでいたコマンドの入力を終えた。

 瞬間、俺の全身を青白い燐光が包み込んでいく。

 燐光は重なりあって破壊光線を防ぎ、そして繭のようにどんどん厚くなっていく。

「新たな防御策ですか? しかし、無駄なことです」

 対して女神様は冷静だった。俺がいまだ動けない状況にあることを見抜くや否や、あのうるさいモーター音を打ち鳴らし、そして周囲に展開していた小鳥のオブジェをなんと俺の体の周囲にちりばめ始めた。三六〇度、全方位を小鳥たちがチビチビと飛び回る。

 これから何が起こるのか?

 程なく女神様は胸元から紫色の破壊光線を撃ち放つ。それはしかし、あらぬ方向へと飛んでいく。俺とは見当違いの方角だ。

 はたして、光線の行く先にはあの小鳥たちがいた。

 小鳥は破壊光線を受けた瞬間、やはり存在を消滅させられて砕け散る。が、散る間際にひときわ輝いた。直後、破壊光線が九十度の反射角をもってねじ曲がり、別の小鳥たちの群れに殺到する。

 以降、小鳥たちは同じ事を繰り返して破壊光線をたらい回しの如く反射しつづけ、そして俺の周囲に破壊光線の円環を描いて見せた。まるで巨大な天使の輪っかだ。

 消滅と精製を繰り返す小鳥たちは徐々に徐々に円環を小さくし、やがて俺のほんのごく近くを周回し始める。

 あらゆる攻撃を弾く光の繭が俺を包んでしまったのなら、俺の周囲のすべてを削り取ってしまおうという算段か。

 その直径が確実に縮小されていく紫色の円環は、女神様の思惑通りついに俺の肉体に到達する。

 文字通り俺の全方位を包み込む光のフラフープは、しかし俺に到達することはなかった。


「とう!」

 俺はヒーローがよく使うその決め台詞で鮮やかに跳躍してみせると、紫色の円環の上を行く。

 同時に俺は右手を勢いよく振って全身にまとわりついた青白い光の繭を破り捨て、全身に灰色の鎧を装着した姿をお披露目してやった。

 ムラマサ・アーマー、無事に顕現完了。

 俺自身はその御姿を見れないが、しかし外目からは機械の鎧武者のような超絶クールな姿に見えていることだろう。

 いままではムラマサ・グリップを変形させてきたが、今回はひと味違う。なんと俺自身が変化している!

 鎧を着た俺は、すでに人ではない。

 重力さえ俺を捉えることはできない。現にいま、俺は宙に浮いている。だから女神様と俺とが、初めて同じ目線に立ったってわけだ。

とはいえデタラメに浮いているわけじゃない。俺の背後には金色の光輪が後光の如く展開されていて、それが重力を自動制御してくれる。

「さあ、本番といくか」

「どう移り変わろうと、滅びるだけです」

 女神様はそう言ってはいてもすでに後退をはじめていた。俺が変身した直後にこれとは、打てば響くような反応だ。

 だが逃がしはしない。

 俺は背中に浮かび上がる金色の光の輪の出力を上げると、体を前に傾けることで空中を前進する。

 灰色の鎧は黄昏の輝きをうけてさぞきらびやかに輝いていることだろう!

 俺は虚空に手を伸ばし、

「戻ってこい、ムラマサ・グリップ!」

 叫べば、俺のもっとも信頼する道具は言うとおりにしてくれる。

 俺の右手に一度は消滅させられたムラマサ・グリップが再び顕現し、そして金色の刃――鬼切を噴出させた。

「斬ってやるよ。覚悟しな」

 女神様と俺との関係は、すでに獲物と狩人のそれになっている。

 後ろに下がりつつ距離をとろうとしているのだろうが、女神様の動きはウスノロの極み。モーター音をグングン鳴らして速度をめいっぱいあげていても、ちっとも離れていない。ゾウガメかよ。

 俺は瞬時に女神様の目の前に移動してやった。そして鬼切を、思い切り横一閃。


「調子にのらないことです」


 刹那、女神像の赤い瞳が強く輝き、胸元から紫色の閃光がちらついた。破壊光線を至近距離で撃ってきたのだ。

 俺はそれを避けることができない。俺は真正面から破壊光線を受ける羽目になった。

 とはいえ、どうだっていい。

「これは……」

 女神様は瞳の輝きを細くした。

 破壊光線が虚空を行き過ぎ、誰もいない黄昏の空を貫いた。

 俺が消滅してしまったわけじゃない。

 異次元移動だ。

 直後、俺は女神様の真上に現れる。

 現実を超越し、望む未来へ移動する――時空を超える権能たる異次元移動を、俺はただ女神様の攻撃を無効にするためだけに使用し、同時に反撃の機会をつくりだす。

 手にした鬼切は、異次元移動の間にチャージ・アップを終わらせ、すでに赤色変異済み。

「斬ってやる!」

 俺は鬼切を両手に握り、刃先を真下に向けながら下降する。女神様の巨大な全体のうち、船でたとえるなら甲板にあたる部分に風穴があいた。

「ぐ……ですが、まだ!」

 女神様は美しいソプラノボイスですこし焦った声を漏らしたが、しかし紫色の破壊光線を正面の小鳥に向かって放出する。

 直後、小鳥によって破壊光線は反射。頭上に位置する俺に飛んでくる。

「よっと」

 異次元移動するまでもない。

 俺は鬼切を抜いて軽々と避けてやると同時に、女神様の側面に移動し斬りつける。そうしてすぐに頭上に移動、今度は思いきり蹴ってやる。

「地に落ちろ……人を誘惑する、お前なんて!」

 俺の言葉がキックとなって女神様にブチあたる。

 瞬間、俺の足先から衝撃波が放たれて女神様を上から押した。

 女神様は一瞬にして墜落。土煙を上げて裏山に不時着する。

 天空に浮かぶ破滅の女神も、地に落ちては動けまい。

 俺はゆったりと高度を下げて、無様に落下した女神様と同じ目線に浮かぶ。

 あとは鬼切でその首を飛ばしてやれば、全部終わりだ。

 

「私はまだ、消えるわけには!」

 女神様は頭をあげて赤い瞳の輝きを強くし、胸元から破壊光線を一射した。

 だが無駄なこと。

 俺は異次元移動で現実から消え、また同じ場所に舞い戻る。あらゆる存在を消し去る現実改変も、この現実を超越できる俺にはすでに無力だ。

「人様の願いを利用して、食い物にして……それで現実に生きる肉体を手に入れようなんざ、たいがいにしろ!」

 俺は血潮の如く真っ赤に染まった鬼切を振り下ろした。


 俺はそのとき、聞いた。

 足下にいる、山の麓にいる小僧の声を。

「勝手なんだよ、お兄さんは」

 

 瞬間、俺の体は止まった。

 小僧の声なんて無視して斬りつけてやることもできた。

 これが俺の快楽を貪るための戦いだったらそうしていただろう。敵を切り裂き、その存在を消し去る最高の快楽を得るためだったら、他人の言葉なんていくらでも無視できる。

 だが、いまは違う。今だけは、俺は小僧のために戦ってる。

 だからこそ俺は小僧の言葉が響いた瞬間、刃を止めて足下をみた。小僧の言葉を無視することはできない。

 敵はいつでも殺せる。現状には余裕があるからこそ、俺はあえて小僧と対面する道を選んだ。

 なんと小僧は、俺を地上から睨んでいた。

「勝手、だと?」

 俺は首をかしげた。同時に、女神様もまた赤い瞳の輝きを点滅させて小僧をみている。


「うん、勝手だよ。お兄さんは。ボクに一方的に説教したけどさ、つまりお兄さんは、ボクにいじめに立ち向かえって言ってるんだよね」

「ああ……その通りだ。俺なんかとは違って、お前はかっこいい。クラスの人気者になって、いじめなんかとは無縁の生活を送れるはずだ。それなのに、お前は逃げつづけてる。目の前の絶好の機会を逃してるようにしか見えない。俺からしたら、怒るくらいのチャンスロスだ。もったいないんだよ」

「お兄さんは勘違いしてる。ボクは、クラスの人気者になんかなりたくないんだよ。というか、あいつらとはもう二度と関わりたくないんだ。これでもボクはね、自分が悪いこともわかってるんだよ? ボクが友だちを馬鹿にした話、きっとお母さんから聞いてるんでしょ? でもさ、ならお兄さんだってわかるでしょ? ちょっとテストの点数をボクが馬鹿にしたくらいでさ、それでボクに暴力を振るったり、ボクの物を盗んだりしていいって、そんな道理が許されていいはずないじゃん!」

「それでも、学校を消しても、お前は何も変わらないんだ」

「ボクが変わる必要はないんだよ。ボクは正しい。あいつらが間違ってるんだ。それなのにみんな、あいつらの味方だよ。お兄さんも! みんな、みんな頭がおかしい奴ばかりだ。やっぱりこの世界が間違ってるんだよ……だから、女神様。お願いします、ボクの体を使ってよ」

 天才小僧、ワタルの真剣な願いを乗せた眼差しがついに俺から外れて、女神像型仮想生命体へと向けられる。

「ダメだ、ワタル!」

「うるさい! 女神様、お願いします。この前、言ってましたよね? いつかボクの体をもらって、完全な姿になりたいって。ならいま、完全な姿になってボクの願いを叶えてよ」

 完全融合を目指して人の願いに手をつける仮想生命体にとって、ワタルのその言葉は願ってもないことだった。

 そのはずだった。

 しかし女神は、赤い瞳の輝きを弱めると、か細い声で言い返した。

「それは私にとって、絶好の機会です。私はあなたの肉体を目当てに、あなたの願いに寄り添ったのですから」

「なら、早く。お兄さんが迷ってるうちに!」

「でも……それでは、あなたの意志が消えてしまう。あなたの肉体は私に完全にのっとられてしまう。そんなことではあなたの願いを叶えたなんて、私は言えない」

 女神の言葉をきいて、俺は戸惑った。

 たとえばアキラのとき、ライオン頭の野郎はアキラの意志など完全に無視して完全融合しようとした。

 だがこの女神は何だ? まるでこれじゃあ、俺なんかよりもこの女神の方が、ワタルの本当の願いに寄り添ってるんじゃないか。

 俺は、ついに敵が完全融合を果たそうとするその瞬間を、止められなかった。


 ワタルは両手を翼のように広げ、そして小学校を指さした。

「あれを、消して欲しい。あんなもの、跡形もなくさ。」

「……わかり、ました。あなたのその願いに、応えましょう」

 そうしてワタルは直後、山の麓に咲くアオマキグサに手を伸ばす。

 ワタルが花を掴んだ瞬間、その全身を構成する肉体すべてが青白い輝きに変換され空気中を漂い、やがて女神に吸収された。


 直後、多層化した光で構成されていた女神の周囲の船体部分が、現実に存在する物質に置き換わっていく。白色だった部分は残らず木目調のやわらかな茶色に染まり、まさしくそれは空に浮かぶ船そのものだ。

 青い金属光沢を放っていた女神像部分は青色から肌色に変化、なまめかしい女性の肉体に移り変わり、青いビキニ状の鎧を身につけた艶然とした肉体に成り代わっている。


「消えなさい」


 完全融合を果たした敵――コード:ネメシスはそんな言葉を、人となんら変わらない赤い唇から放った。

 瞬間、俺の後ろにあったはずの小学校が消えた。きれいさっぱり、消滅していた。学校があったはずの場所は駐車場やグラウンドだけが奇妙に残る無目的の空き地に変わる。

 破壊光線なんてわかりやすい代物は出ていない。あれはきっと、小僧の意志が反映していたんだろう。

 小僧の意志がなくなったいま、敵の本当のおそろしさが現実になる。

 ただ意識を向けるだけで、あらゆる存在を消し去ることができる。単純にして明快な、反則クラスの超常能力。

 そんなものが、この現実にあってはならない。


「俺は、ダメな奴だな」

 ワタルをついに説得できず、学校は消え去り、そればかりかワタルという人間の存在さえ仮想生命体にのっとられてしまった。

 しかしそれは、あいつの意志だった。あいつは騙されてコード:ネメシスに取り込まれたわけじゃない。むしろあいつは自ら望んで、取り込まれたんだ。

「でもワタル、これで満足かよ? 本当に」

 真っ先に学校を消し去ったあたり、よっぽどそれを望んでいたんだろう。

 でもできることなら、あいつにはいじめに立ち向かって普通の学校生活とやらを取り戻してほしかった。

 それを拒否しやがったのは、誰でもないあいつ本人だが。

 俺はそんなどうしようもないあいつの願いを見て、そして鬼切を構え直した。

 コード:ネメシスは上昇しようとしていたが、しかしまだ船底を裏山からすこし離しただけだった。

 天の高みには登り詰めていない女神を、俺は切り裂く。

 右手に握ったムラマサ・グリップを、俺は握り直して、そして握りつぶした。

 形を失ったムラマサ・グリップはバラバラになって消え、赤い刃だけが宙に浮かぶ。

 俺はそれを右手で握り直し、刹那、右手と鬼切とが同化する。

 オーバー・チャージ・アップ、完了。

「ああああ!」

 身も世もなく叫びをあげた俺は、とりあえずの成果をあげるために、はじめてしまった戦いを終わらせるためだけに、渾身の一撃を振り下ろした。

 何も守れなかった。何もしてやれなかった。それでもあいつの望みは、叶ったんだろうか?

 ただ学校を破壊して終わりだなんて、そんなことがあいつの望みだったなんて、俺は言いたくない。

 でもそれは、俺がただそう言いたくないだけのことなんだろう。

 きっとあいつは望みを叶えたんだ、女神様の助力によって。

 

 巨大な光の柱と化した鬼切は、文字通りコード:ネメシスを一刀両断する。縦一文字に切り裂かれて左右二等分された女神は、やがて輝く青白い靄になって消えた。

 陽は沈み、空は闇に染まりつつある。

 そんななか、しばらく滞留する青白い靄がひたすら美しく輝いていて、世界が女神の残留物を讃美している。

 俺はそんな風に思うことで、この戦いを締めくくるしかなかった。

 


[脳接続 解除]

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