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6-1 いじめられっ子と破滅の女神・出会い

 放課後。

 黄金の夕日のなか、英治は独りで草むしりをしていた。

 場所は公園――アキラとおじいちゃんと一緒に綺麗にした、あの場所。


(アキラさん。僕は、ダメな奴ですよね)

 いまはいない、親友になっていたかも知れない彼に問いかけてみる。

 優しくて頭脳も明晰だった彼ならきっと、自分を導いてくれたに違いなかった。

 とはいえ彼はもういない。

 胸中で彼方に投げた問いかけに応えてくれる人は自分自身の他にいるはずがなく、結局はそのまま己が答えを用意するしかなかった。

 わかっている、わかっていた。でも、それができたら苦労しない。

「はあっ」

 英治は嘆息しつつ、タケトに敗北した悔しさを噛みしめていた。

(僕は喧嘩で負けただけじゃない……何も言い返せなかった)

 戦いとしては完全融合態となったコード:オーガの前に為す術もなくやられた結果となった。

 しかし英治は敗因は決してそれだけではないと思ってしまう。

 どうして己が奴に敗北したのか?

 脳裏に、やはりタケトの一言が突き刺さっていた。

『お前は言い返せる。ただお前が、そうしなかっただけだ』

 思い返すたび、いらだつ言葉だった。ただのいじめっ子が自己弁護しているに過ぎない、ただそれだけの言葉でしかない。

 だが、それもやはり一面の事実を射ぬいてもいると、英治は思ってしまう。

 思い出したくもない記憶に触れることになるが、いまいじめられていた時のことを振り返ってみると、言い返そうと思えばいくらでも言い返すことができたんじゃないか? そう思う。

 もちろん言い返したり、やり返したりすればいじめっ子たちを刺激することになり、こちらの被害は大きくなってしまう。英治はそれを避けるべく、反抗しない道を選んだ。

 けれど、もしも被害を恐れない勇気を持つことができたなら。いじめっ子たちの逆上にも打ち勝てると思える自信が、己の内にあったなら……間違いなく結果は変わっていた。

(僕は、ダメな奴ですよね)

 結局、それができたら苦労しないの一言に尽きる。

 英治は自分自身を含めても応える者が誰もいない問いを胸中に投げつづけながら、ひたすら公園の草をむしった。


 プチリ、ブチリと根を抜いて茎を折る。公園は土手ほどのバラエティはないが、とはいえタンポポやシロツメクサくらいは咲いているし、猫じゃらしやツユクサも見える。

 きれいな花を咲かせる雑草を抜くときほど気持ちのいい瞬間はない。

(抜いてあげるね)

 そう念じる英治の顔は無意識的に笑みを湛え、男子にしては小さく細い指が丁寧にツユクサの茎をはさみこむ。そうして手を優しく持ち上げれば、刹那、ツユクサは大地から引き抜かれると同時に解放され、英治はその青い花弁を空にかがげてみた。

 まるで花が地上の呪縛から解き放たれて、空を泳いでいるかのように見える。

 そうして楽しんだ次の瞬間には、英治はそれをそのままゴミ袋に投げ入れた。

 土手の草むしりに際しては袋を持参しないが、公園での草むしりはゴミ拾いも同時進行で行っているため、必ずゴミ袋を携えるようにしている。コンビニで買うのは小遣いを消費してしまうけれど、アキラのおじいちゃんから教わったことだから出費も致し方ない。


 そうして英治がゴミ拾いをしているかたわら、公園には独りの小学生がいた。

 青いランドセルを背負い、顔をうつむけてひたすらブランコに体を預けている男子だった。

 背丈からみれば低学年は越えている、小学四年生くらいだろうか。

 英治が草むしりをはじめたのは午後五時くらいだが、英治が来たときにはすでに小学生はブランコをこいでいた。

 草むしりとゴミ拾いが終わったのは一時間後の午後六時で、その間も小学生はずっとブランコをこいでいた。

 ゴミと草が詰まった袋の口を結びつつ、英治はちらと小学生を見やる。

 ランドセルはボロボロで、シャツも袖の部分が破けている。しかしヘアスタイルはまるでテレビに出てくるイケメン子役のようで、マッシュボブに仕上がっており、毛束もつくられていた。小学生にしてヘアワックスを使っているのだ。

 その出で立ちは、かっこいい男子が何故かみすぼらしい衣装に身を包んでいる様子であり、明らかに違和感があった。

(あの子、どうして独りでいるんだろ)

 英治は首をかしげて男の子から視線をはずし、公園を去ることにする。

(かっこいい感じだから、友だちいっぱいいそうなのにな)

 自分のように身なりに無頓着な奴なら、遊び盛りの小学生にして孤独を甘受しているのも納得する。

 だが、誰がどう見ても整っている外見の小学生男子が、しかもぼろぼろの服とランドセルを身につけて独りでブランコに乗ってギーコギーコと空しく鉄の軋む音を鳴らし続けている、というのは不自然だ。

 まわりに大人もいない以上、ひとりの年長者として声をかけるべきではないか?


 と、思う英治ではあったが……しかしたとえ相手が小学生であったとしても、同じ人間であることに変わりはない。そして人間である以上、英治は自ら話しかけるのが怖い。

 かくして英治は独りでブランコに座る小学生を夜闇に放置し、ひとり帰宅したのだった。



 三日後の夕刻。

 英治はふたたび公園に草むしりをしにいった。

 その時も、あの小学生がいた。

 先日と同じく整ったヘアスタイルを維持していながらシャツの袖は破れているし、ランドセルの傷はむしろ増えている。その対比が何とも不自然で、同時に英治は思いつく。

(いじめられてたり、してる……?)

 そうとしか考えられなかった。

 英治にはかっこいい男子がいじめられる状況など知らず、だから相手の事情は理解できないものの……確かに自分がいじめられていた時も鞄を痛めつけられたし、服の袖も無闇に引っ張られるからボロボロに破れるのだ。


 いじめられっ子同士と思えば妙な親近感も湧いてくる。

 さしもの英治の警戒心ゲージも自ずとレベルダウンし、しばらくゴミ拾いと草むしりをして様子をうかがい、やはり相手がひとりぼっちなのをひたすら確認しつづけた英治は、ついに自ら話しかけることにする。


 雑草とゴミを詰めた袋の口をしばった英治は、一仕事終えた爽快感にも支えられて、人生において数度とない自ら話しかけるという行為を実行に移した。

 はたして、その結果は想定外の事態を招くことになる。


「ねえ、君……ここで、何してるの?」

 とりあえずそう一言声をかけた瞬間、英治がサンドバッグにされる運命は定まった。

 小学生はうつむけていた顔を上げて英治を正視したかと思えば、「ふっ」と卑屈そうに息を吐いて笑った。

「何してるのって、お兄さんさあ、見てわかんないの? ブランコだよブランコ。お兄さんも小さい頃遊んだでしょ、わかるでしょさすがに。なんで聞く意味のないこと、わざわざ聞いてくるかな。というかお兄さん、この前もここにいたよね、チラッチラッってボクのことのぞき見しながらさ。全部わかってんだよね。っていうかさお兄さん……」

 まるで目の前でダムが決壊したかのようだった。

 小学生の鋭利な言葉の洪水は止まらない。瞬時に心を流された英治は、次の一言で完全にノックアウトされることになる。

「っていうかさお兄さん、超・いけてなくない? わかったよボク、いじめられてんでしょ? それでさ、ボクのこと同類だと思って舐めてかかって、話しかけてきたんでしょ?」

 ド直球の図星を明確な言葉で射ぬかれた英治は、泣きそうにすらなっていた。

(なんなんだ、この子は)

 その後、三〇分間にわたって一方的にしゃべる男の子の相手をした英治は、なかば放心状態になっていたが、衝撃のあまり記憶を失っていた英治には知る由もないことだった。


 こうして英治はその少年――冴起渡(サエキ ワタル)と出会った。

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