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5-4 英雄の覚醒~対話~

[脳接続 継続]


 変色した鬼切の色――それは血の赤だ。

 青く濁った仮想生命体を消滅させる、熱き血潮の色。人が持つ情熱の根源に他ならない。


 俺はそれをコード:オーガに差し向けた。

 奴の動きはすべて見えている。次にどう動くかも推定できる。だから避けようとしても無駄だ。

 とはいえ、俺は刃を振り下ろしつつ奇妙に思った。

 敵には避ける素振りもなければ、防ぐ様子もない。まさに微動だにしない。

「そんなに、斬られてえのかよ!」

 俺は一発挑発して奴の出方をうかがったが、それさえ耳に届いていないのか、どうか。

 変化はない。

 刃はすでに振り下ろされ、切っ先は奴の首筋に到達しようとしている。

 いま、触れるだけで仮想生命体を削除する光刃が敵の生首を切り落とす。


「英治。“俺はお前と、話したい”」

 

 突然、気持ちの悪いあのタケトの声がした。

「な、んだ……これは!」

 俺は思わず絶叫した。

 体が動かない。鬼切の刃がいまにも敵の表皮に触れようとする、その直前だってのに!

 そればかりか俺の口が勝手に動く。


「話す、か。いったい何を話せば良い?」

 

 俺は俺の口から出た俺自身の声を聞きながら、空恐ろしさを感じた。

 いったいこれは、どういうことだ?

 その時になってようやく敵は動き出した。

 筋骨隆々した大柄な肉体は、多層化している光で形成され、限りなく物質に近い。それが人の筋肉とまったく同じように滑らかに曲がり、蠢き、奴はヌッと上半身を動かして俺と正対する。

 まさに見つめ合う形となった。ただ奴の顔は青色の金属光沢を放つ仮面で覆われているから表情まではうかがえなかったが。


「お前はどうして、あいつらを殺したんだ」


 敵はタケトの野郎の声を仮面の奥から放ってくる。

 当のタケトはといえば膝を地に着け、口をぽかんとあけたまま汚らしくよだれを垂らして呆然と空を眺めていた。すでに意識を失っている。

 完全に仮想生命体に脳を乗っ取られている状態といっていい。

 そして俺の口は相変わらず勝手に動いて、したくもない返事をしている。


「あいつらって?」

「覚えてるんだろ、あの花が見えるお前なら。シンにアキヒコ、ケン、マサシ。俺の友だちだ」

「名前は覚えてないな。でも確かそんな奴らだったか。だが勘違いするな。殺したのは俺じゃない。あの鎧の野郎だ」

「コード:ファーストはお前の願いに応えてこの世界に顕現した。奴があいつらを殺したんなら、それはお前の意志に基づいてる……お前が殺したのと、同じなんだよ」


 言いつつ、敵は棍棒を振り上げている。いつでも俺を打てるように構え始めているのだ。

 対する俺は動けないままだ。

 なぜ俺は自由に体を動かせず、その上勝手にしゃべっているのか?

 理由は一切不明だ。

 だが推測するに、奴が半融合態・フェイズ3へと移行したことで、フェイズ3固有の特徴である“現実改変”を行えるようになったことが影響しているはずだ。

 奴がタケトの言葉を操っていることから、あらゆる文脈、関係性を無視し、世界の法則さえねじ曲げてでも“強制的に対象人物と対話をする”力を獲得した、と推測するのが妥当だろう。

 この前は不老不死だったが、今回は無理矢理会話させるときたか。

 なんて心底気持ちの悪いストーキング能力だ。


「俺は、殺人を願ったことはない。俺の願いを、あいつが勝手に読み違えただけだ」

「でもそれであいつらが死んだんだ、俺の友だちが!」

 

 コード:オーガはタケトの心の叫びを放ち、棍棒を振り下ろしてくる。

 頭が揺れて天地が逆転する。気づいたら空き地の地面に倒れていた。

 頭にそのまま撃ち込んでくるとは、さすがに敵も遠慮を知らない。

 だがその時には俺の口もまた、すっかり遠慮を忘れていた。

 そう、俺はその時から自らすすんで、俺の意志で言葉を紡いでいた。

 すべては奴のもくろみ通り、俺は完全に本音でタケトと対話していた。


「友だち? ふざけんなよ。それでお前らは俺に何をしたよ? なあ!」

 俺は立ち上がることもできないまま、しかし叫んでいた。全身を声にしてタケトに叫んでいた。

「俺をおもちゃにして、馬鹿にして、殴って……俺のこと、何だと思ってたんだよ。お前らが友だち? ふざけんな! お前らは友だちなんかじゃねえ、共犯者だ! 犯罪者だ! いじめって名が付いて軽くみられた傷害犯罪を、一緒に許し合ってたクズの集りじゃねえか! ンなもん、友だちでも何でもねえ!」

 俺はそのとき、アキラさんの顔を思い浮かべていた。

 一緒に弁当を食べて、話して笑って、ゴミを拾ってジュースを飲んで……友だちってのは、そういうもんだろう。少なくとも一緒に犯罪をするような汚らしい関係性を指す概念じゃない。

 仮想生命体に成り果てたんなら、正しい情報をインプットしてから出直してこい。


 だが、タケトは即座に応えた。

「じゃあなんであの時、お前はそう言わなかった?」

 堂々とした声が俺の心を突き抜けた。開き直っているわけじゃないことは、その声の重さでわかった。かといって己を犯罪者と貶めているでもない、むしろ己のたどってきた道を正しいと信じて疑わない男の重低音が響いた。


「お前は自分を被害者だと思っているんだろう。それは間違いじゃない。だけどな、よく考えてみろ。俺がお前を殴っていたとき、お前は何をしていた? お前は俺に、殴られていたんだよ。拒否しようともせず、反抗なんて夢のまた夢。言葉で反撃することもなかった」

 タケトの声を放ちながら、コード:オーガは地面に倒れている俺の胸ぐらを掴んで、無理矢理ひきあげる。土だらけの無様な俺の体を持ち上げながら、コード:オーガはその仮面の顔を俺にモロに向けて、言葉を継いだ。


「俺がお前を殴っていたとき、お前は俺に殴られていた。そうすることを選んだのは、お前自身だ。あの時、そんなくだらない時間を過ごしていたのは、誰でもないお前自身だ!」

 直後、俺の脳天がスパークして視界が真っ白になった。

 コード:オーガが俺をサンドバックよろしくブン殴っていたのだ。

 ドサッ、と間の抜けた音がして俺は地面を転がった。

「ぐっ!」

 俺は口から血を吐き出した。痛みに全身が軋んで、胸が締め付けられた。

 それでも俺は赤く染まった刃――鬼切を手放さなかった。

「けれど、お前はこうして今日、俺に本音を打ち明けてくれた。俺の攻撃に、お前はしっかりと立ち向かった。そればかりか、あと少しでお前は俺を超えるところだった」

 コード:オーガはズン、ズンと一歩ずつ俺の体に近づいてくる。ゆっくりと、しかし確実に距離が縮まっていく。

 俺はそんな現実を見ながら、しかし思い切り言い返した。


「どうして言わなかった、って? どうして反撃しなかったのか、だって? ふざけんなよ……とてもじゃねえけど、そんな雰囲気だったのかよ!」

 言い返しながら、叫びながら、ついでに血反吐をはきながら俺の視界が滲んだ。理由はわからなかった。ただ目頭が熱くなっていく。

「お前らが徒党を組んで、俺は独りだ。五対一の状況で、反撃なんて選択……俺にはなかった」

 そうだ。俺には選択肢がなかった。俺より背が高く、格好もよく、スポーツも良くできて筋力もあって、そんな奴らに囲まれて、四方八方から罵声を笑顔で放たれて。

 正直、俺は怖かった。怖くて、体が動かなかった。俺は状況を打開するよりもまず、あの恐怖の時間をいかに耐え抜くかを考えた。絶望的な状況のなか、いかにして被害を最小限に抑えるかを考えた。

 その結果俺は、あいつらにただ殴られるだけの、クソみたいな時間を過ごすことになった。


「そうだとしても、だ」

 しかしタケトは堂々と、己が加害者という罪状をもっていることを何とも思っていないかのようにまっすぐに言ってきやがる。

「お前は、反抗するべきだった」

 瞬間、俺は全身が軽くなる感覚を味わった。

 そしてやはり、それは錯覚に過ぎない。俺はコード:オーガにゴミみたいに放り投げられていた。

 宙に浮いた俺の全身はたちまち重力に捕まって、物理法則にのっとって地に落ちる。衝撃で俺の体は三回バウンドしながら転がり、やがて空き地の外に追いやられた。

 コンクリート舗装された車道に捨てられた俺は、心底ここが人通りの少ない団地で良かったと思う。そうでなければすぐに通りがかりの車に轢き殺されて終わりだ。


「お前は、戦える。ただお前がそうしなかっただけだ。お前は言い返せる。ただお前が、そうしなかっただけだ」

 コード:オーガはタケトの言葉を放ちつつ、しかしもう俺に寄ってはこなかった。

 その巨躯は敵であるはずの俺に背を向け、抜け殻のようになったタケトの肉体に近づいていく。

「やめ、ろ」

 俺は口ではそう言いつつ、やはり奴を止めることができなかった。まだ体の自由がきかない。

 だから俺はその瞬間を見ているしかなかった。

 半融合態フェイズ3になった仮想生命体が、その本来の姿――完全融合態に到達するその時を。


「待っていた、この時を」

 コード:オーガはぼそりと呟くと、やがてその手をタケトの頭に向け、指を伸ばす。人差し指をタケトの額に突き当てたのだ。

「だが、英治と話すのは、この俺だけどな」

「?」

 

 それはコード:オーガにとってもイレギュラーな事態だったのか。

 呆然と口をあけていただけのタケトの顔が、コード:オーガとふれあったその瞬間、意識を取り戻して……目の覚めるような鋭い笑顔を浮かべていた。

 タケトの両目はひたとコード:オーガをにらみ据えているというのに、口元は確かに笑みの形になっている。

 

 次の瞬間、コード:オーガは電子の粒子に変換されていく。

 発生した青白い輝きの粒子の群れはそして、タケトのこめかみに吸い寄せられ、消えていった。その様子はまるでタケトがコード:オーガを吸収してしまったかのようで……。


 そうしてタケトは、膝立ちから立ち上がり、倒れている俺に言った。

「また“話そうな”、英治」

 その言葉を聞いた瞬間、俺はようやく自由の身になった。

 すぐにでもブチのめしてやろうと思って早々に立ち上がったが、ガク、と膝が何故か地についた。

「ぷはっ!」

 次に口から血があふれてくる。地面に叩きつけられた衝撃が、俺の体にダメージを刻んでいたとでもいうのか。

 目の前にできた血だまりを俺は見た。紛れもなく俺自身の血でできた血だまりを。

 

 そうと理解した瞬間、俺は失神していた。



[脳接続 解除]

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