4-6 デリート・キャンセルの衝撃!
[脳接続 開始]
俺はおじいちゃんの笑顔、絶対忘れない。
握りつぶされて、消えてしまったけど。
ぐちゃぐちゃに変わり果てたその姿を目に焼き付けた俺は、そしていま失われようとしているアキラの笑顔を脳裏に呼び起こす。
「俺は、失いたくない……初めてできた、友だちを!」
だからお前を、消し去ってやる。
俺はライオンヘッドなんていうふざけた顔をした敵に向かって、思いっきり跳び蹴りを食らわせた。
「っざけんじゃねえ!」
俺の雄叫びがそのままキックとなってライオン頭の背中にブチ当たる。
俺のつま先と敵との間に衝撃波が生まれ、敵を吹き飛ばすエネルギーを生成する!
だが。
「む?」
ライオン頭の体はびくともしない。
「なんだ?」
いつもなら少なくとも吹っ飛ぶはずなのに……。
「半融合態・フェイズ3は完全融合態の一歩手前だ。敵の体は限りなく物質に近づいている。パンチやキック程度で干渉したところで、その存在情報がゆらぐことはない」
ココロの姉ちゃんがご丁寧にも解説してくれる。
「なら、鬼切の出番だぜ!」
俺は敵の背中がびくともしないのを逆手にとり、思いっきり踏んづけてやることで宙返りし、その間にムラマサ・グリップを出現させて右手で握る。
直後、ムラマサ・グリップの暗い穴から地底のマグマを思わせる金色の光の柱が盛大に噴き上がった。
それはそのままライオン頭の背中を貫いてくれると思ったんだが……。
「ふ」
奴は急に振り返ると、いともたやすく鬼切の光刃を払いのけてしまう。ハエを払うのとまったく同じような軽い手の振りだけで。
「こいつは他の奴とは違うか」
とはいえ、俺にはまだ手段が残されている。
「なら、刃を替えるしかねえ」
金色の刃じゃ貫けないというのなら、刃を血の色に染めて叩き切るまでだ。
俺はムラマサ・グリップのトリガーを一度、押してやる。
すると鬼切の光刃が錆びたような銀色に侵されていく。
チャージアップだ。
あとは料理番組でよく聞くのと同じだ。炒めた具材の色が変わるのを待つだけ、というように、刃の色が赤くなればOK。
とはいえ、調理を待っているほど敵もマヌケじゃない。
「ほう、貴様か。コード:ゼロが言っていた、この世界で最も無意味な情報という奴は」
「なんだそれ……うるせえな!」
ライオン頭は何も持っていなかったはずの右手に光の武器を顕現させ、握り込む。それはレイピアの形状を模していた。
と思えば、純白のレイピアが瞬時に空間を刺し貫く。
「武器か、おもしれえ!」
俺はそれを反射神経で切り払うと、カウンターとばかりに銀の刃を振り下ろした。そんな急造の武器なんざ、銀色のままでも充分相手にできる。
「無意味な情報の割りには、よく光る刃だな!」
「だから、うるせえっつってんだろ!」
俺は何故か、鬼切が“無意味な情報”呼ばわりされると無性にムカついた。理由はない。
銀色の刃は的確にライオン頭の顔面に向かっていく。そのふざけた仮面を斬ってやる!
「甘いな」
ライオン頭は俺の剣筋を見切ったというようにほざくと、レイピアを構え直して俺の刃を切り払った。
だがそれはすでに想定済みだ。俺はなんといっても敵の行動すべてをはっきりと目で追うことができるんだからな。
脳接続……これは最高の機能だ。地の底からわき上がる波が、俺の頭に送られてくる。波としか言い様のない、テレパシーのようなものだ。それが俺のテンションを常にハイにしてくれるし、俺に知識を与え、そして俺の認識能力? ってやつさえ段違いに高めてくれる。理屈はよくわからないが、とにかくテレパシーがそう言ってるんだ。
俺はただテレパシーに従って、最高に気持ちのいい時間を過ごすだけでいい。それだけで、俺は幸せだ。
命を失わせること、その存在を消滅させること……そんな最上の喜びを味わえるんだ。
俺は敵の動きが完璧に見える。だから、倒すことなんて簡単だ。
俺は払われた剣を即座に構え直し、しかし一歩退いた。
直後、俺の目の前をレイピアの一閃がかすめた。間一髪で避けたようにみえただろうが、何のことはない。想定済みだった。
そして俺は一歩、前に踏み出す。同時に銀の刃を突いた。
ライオン頭の動きは隙だらけだ。いや、俺がその動きを見切っているだけか。いずれにせよ、もう終わりにしてやる。
敵はステップで俺の突きをかわそうとしている……そこまで見て、俺はとっさに刃をそのまま横に振ってやった。見事、敵が避けたつもりのところに刃がそのまま通ることになる。
瞬間、銀の刃が赤く染まる。血のように赤黒く。
「グッドタイミングだ!」
この上ないタイミングでチャージを終えた銀の刃はその本性を露にし、赤色への移行を完了した。
「消え去れよ!」
赤き光刃は敵の肉体情報を切り裂いてダメージを与えるだけでなく、この世界から削除する。
そんなもので斬られた仮想生命体は、瞬時にこの世界からいなくなる。まさに一撃必殺、とてつもなくわかりやすい!
今度は寸止めしたりしない、この前みたいなヘマは犯さない。
そして俺は、間違いなく敵を切り裂いた。
だが、俺はそのときに声をきいた、あのアキラの声を。
『おじいちゃんが、“ずっと”“元気”でいますように』
そして俺は見た。削除されるはずの敵の肉体が、瞬時に再生していくのを。
「馬鹿な!」
切り裂いたはずなのに、その傷口がふさがっていく。
消滅するはずの敵の肉体情報が、復元されていく。
「言ったはずだ。私がアキラの願いを、叶えたと!」
ライオン頭は叫び、そして生意気にも俺に一撃を与えた。
相手のキックが俺の腹に命中したのだ、俺は吹き飛ばされる。
「ぐ!」
痛い……クソッタレ!
俺は瞬時に体勢を立て直す。
「どういうことだ、これ!」
ココロの姉ちゃんに問いかけてみると、彼女は光でできたメガネをかけていて、それで敵の情報を読み取りながら答えてくれた。
「半融合態・フェイズ3は現実世界の法則を局所的に変更する権限を持っている。この世界すべての法則を変えることはできないが、あの個体に関わるもの、あるいはその周囲にだけ影響が出る範囲の法則は、ねじ曲げてしまう」
「ん!?」
「フェイズ3の個体による現実改変は、しかし人の願いに基づく範囲でしか行えない。あのアキラという少年はおじいちゃんの不老不死を願っていたとなれば、それに基づいて、奴は不老不死の力を手に入れたことになる。情報にとっての不老不死とはつまり、削除できない状態だ」
「なんだそりゃ」
「話は、済んだか?」
「チっ!」
ココロの姉ちゃんと仲良く話している間にもライオン頭が突進してくる。変なところで抜け目のない奴だ。
俺は体当たりを避け、再び赤い刃でデリートを試みた。
鬼切の刃は今度も確実に奴の腹に突き刺さり、内部に到達し、その情報を残らず削除する。
そのはずなのに。
『おじいちゃんが、“ずっと”“元気”でいますように』
またアキラの声がリピート再生されて、奴を構成する情報が復元されてしまう。
奴は、死なない。
「滅茶苦茶だろ、なあ!」
俺は悲鳴をあげるように叫んで、何とか敵の体から刃を引き抜くと、同時に敵から繰り出された突きを切り払う。
即座に返した刃で敵を切り裂くが、結果は同じだ。
『おじいちゃんが、“ずっと”“元気”でいますように』
何が人の願いだ、自分の為に利用してるだけじゃねえか。
「ふざけんな!」
だが、俺に手はない。
何も思い浮かばない。
削除できないんじゃ、消滅させようがない。
不老不死? なんだそれ……反則じゃねえか。
もう戦っても無駄なんじゃないか。脳接続なんて終わりだ、もう、無駄だ……。
その時。
「なら、こちらも奥の手を使うとするか」
ココロの姉ちゃんが、そんな心強い言葉を放ってくれる。
「奥の、手、だと?」
俺はライオン頭の華麗なレイピア捌きに押されつつココロの姉ちゃんに問いかけた。
「ああ。奴の存在を削除できないのであれば、奴をそもそも存在不可能な状態にする他はない」
「存在不可能な状態?」
「ああ。この庭園全体に満ちている、青白い輝きが見えるか。これをすべて、除去させてもらおうじゃないか」
俺はぼんやりと周囲を見渡してみた。
確かに、そういえば周囲には青白い輝きが満ちている。これはテレパシーが教えてくれた知識の中にも確かにあった情報だ。
仮想生命体は、アオマキグサが放出する青白い輝き――ラショナル・オーラを触媒にすることでこの世界に顕現できる。
もう少しかみ砕いて説明するなら、ラショナル・オーラはスクリーンで、それに仮想生命体を映し出しているような仕組みになっているのだ。
スクリーンに映るものが消えないと主張するなら、スクリーンごと壊してしまえということだが、しかし実際のラショナル・オーラはスクリーンほど小さなものじゃない。
それは周囲の世界すべて、というような規模で展開されているし、いまもアオマキグサから放出されつづけているのだ。
まさに敵に向かって酸素をなくしてやる、と宣言するに等しい荒唐無稽な行為だが、そんなことができるのか。
しかしココロの姉ちゃんは、微塵もためらうことなく言い放った。
「鬼切をモードチェンジさせろ。幸いチャージアップは完了しているからな、トリガーボタンを二回押すだけでいい。早く!」
「モード、チェンジ?」
俺は首をかしげつつも姉ちゃんの言葉に従って、人差し指の位置にあるトリガーを素早く二回押した。
すると、即座に鬼切はその刃を消滅させる。
「おい!」
敵のレイピアを払えなくなった俺は、とっさの機転で一歩退く。紙一重のふりをして簡単に避けてやると、俺は信じられないものを見た。
掌のなかで、ムラマサ・グリップが変形していくのだ。
剣の柄にしか見えなかったそれは、各部を回転させてその形を崩し、それぞれの部位をひとりでに組み替えていく。光刃を噴出させる暗い穴は普通は上に向くのだが、変形の結果、その穴が前方に向いた。
剣の柄は、五秒後には銃になっていたのだ。
ココロの姉ちゃんはそこでメガネをくいっと持ち上げて、言い放つ。
「バースト・モードへの移行を確認。目標、アオマキグサ。試しに一発、撃ち放て」
「お、おう!」
俺はその言葉に従って、トリガーを引いた。




