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4-5 草むしり少年とゴミ拾い老人・消失!

 アキラの自宅は一戸建ての家屋で、白い漆喰と屋根をもち、簡単な門扉から玄関の間には三メートルほどのアプローチがあった。

 門扉から入り、右手は駐車場になっている。そこには父母のものだろう、二台の普通車が停まっていた。

 左手には庭園が広がっており、夜の闇を青白い輝きが照らしている。

 仮想生命体を現実世界に出力するための触媒――ラショナル・オーラだ。

「だいぶ出力が強いな……急激な開花反応が検出されたと思えば、これか」

 呟きつつ進むココロに、英治はただついていく。

 やがて庭園の奥に一際強い輝きを放つ花が見えた。茎も葉もすべてが電子情報で構成された仮想の花――アオマキグサ。

 大輪の花を咲かせるまでに成長したそれは、爆発的な輝きを周囲に発散させていた。


「九籠、くん?」

 花のかたわらには常に、願う者の姿が存在する。

 アキラだった。


「アキラさん……どうして?」

 英治は絶句した。

 アキラも、近づいてくる二人の姿を呆然と眺めている。

 虚ろな目と目を合わせた英治とアキラは、まるで鏡像のように同時に首をかしげた。


「顔見知りだったか」

 ココロの声がそこに割り込む。

「その様子を見ると、どうやら英治くんには言っていなかったようだな。キミは」

 まっすぐな声音が、残酷なまでの冷たさと的確さでアキラに向けられる。

 アキラはぐっとココロを睨むと、

「あなたはいったい、何なんです? それに九籠くんも、どうして」

「僕にも、さっぱり」

 英治は、目の前の景色を理解したくなくて、そう応えた。

「この人に、黙って連れてこられて」

 生まれて初めてできた友だちに、警戒しなくても安心して話せる数少ない人に、ここで嫌われたくない。敵同士になんか、なりたくない。

 そんな思いが英治を支配する。

 一方、ココロは「この人呼ばわりか」と呆れて笑いつつ、

「あたしたちはその花を見ることができる、キミと同じように。大きく咲いたその青白い花を」

「この、花を……? 本当ですか」

「ああ。英治くんはともかくとして、あたしはこの花の専門家でね。害悪でしかないことはすでに証明されている。したがって、花を刈り取らせてもらう。いいな?」

 言いつつココロは虚空にさっと手をかざし、その軌跡を青白い光のスクリーンにする。

 スクリーンにはキーボードの紋様が描かれており、高速でキーをタッチしはじめた。

「待ってください、花を刈り取る? それは、それだけはやめてください」

「ん? 何故だ?」

 とぼけたように小首をかしげるココロの瞳と口元はわずかにわらっていた。

 相手に自ら何を願ったかを言わせることは、敵の情報を引き出すことにもなる。それに加えて英治に戦う理由を見つけてもらうための心遣いでもあった。相手の事情もわからないまま、英治を戦わせたくなかった。相手の願いを打ち砕くことが正しいことだと、ココロは英治にそう思って欲しかった。しかもそれが知り合いであれば尚更のことだ。

 だが、その心遣いが今回は裏目に出た。


 アキラは英治を気にして、願いの内容までは説明しなかったのだ。

 会話などせず、すぐにアオマキグサを英治に刈り取らせていれば、戦闘が始まることはなかったのかも知れない。

「何故って、この花はボクの家のものですから」

「正論だが、しかしその花は害悪だ。開花するだけで、この星の法則が乱れる。刈り取らせてもらうぞ」

「やめてください! この花だけは!」


「歯がゆいぞ、アキラ」


 アオマキグサをかばうように前に出たアキラの、頭上。

 青白い輝きを放つ人の形が一体、満天の星空に浮かびあがった。

 英治とココロは反射的に見上げた。

「チッ! 出てきたか」

「ライオン?」

 英治が見たままの印象を言葉にする。

 星々を背景にしてゆったりと地上に降下してくるそれは、確かに獅子の頭をしていた。だが体は人間と同じ形をしており、全身に鎧を装着している。

 ただ、獅子の頭も全身の鎧も物質ではない。はっきりとした形がないのである。正確には獅子の形、鎧の形をした白い光が凝縮し、その輪郭を形成していた。ただ一点、胸には獅子の顔面を模した青い装甲が装着されているのだが、それだけははっきりと月明かりを反射し、物質として存在していることを伝えてくる。


「光が凝縮して多層化し、物質に近づいている……完全融合態には到達していないが、器はすでに完成しているな。間違いない、半融合態・フェイズ3だ。英治くん、こいつを放っておくと、あの子の肉体が完全に乗っ取られてしまう」

 ココロは英治を鼓舞するつもりで声をかけるが、当の英治は呆然とそれを見上げるだけだった。


「アキラ。お前が言えないなら、私が言ってやる」

 獅子の戦士は、そしてアキラから託された願いを口にする。

「“おじいちゃんが、ずっと元気でいますように”。お前はそんな素晴らしい願いを、この私に託してくれた。故に、私はそれに応えた!」

 靴底を地面につけ、完全に地に降り立った獅子の戦士は両手を翼のように大きく広げ、託された願いをこの現実世界に向けて高らかに宣告した。

「寝たきりだった“おじいちゃん”は、それからすぐに立ち上がり、“ずっと元気”になった。すべて、私の功績だ。嬉しいだろう、アキラ!」

 獅子の瞳の位置で赤い輝きがブウンと灯り、揺れるアキラの瞳をひたと見つめた。


「おじい、ちゃん?」

 英治は獅子の言葉を聞いて、うわごとのように反芻する。

 対するアキラは獅子の瞳を見返すと、次に英治の虚ろな顔に視線を向けた。

「そうだよ、言ってなかったね、九籠くん。キミが手伝ってくれたおじいちゃんさ。いまはゆっくり眠ってる。……つい一週間前に倒れて、寝たきりになって病院に搬送されていたんだ、本当はね」

 本当は。

 その言葉の裏にある事情を、英治は何となく察した。


 かつて英治の願いを青い鎧の闘士が叶えようとして、そうやってあの化け物が不良学生を殺し尽くしたのと同じだ。アキラはその願いをアオマキグサに強く念じて、結果、獅子の戦士が出現してねたきりのおじいちゃんを元気にしてしまったのだろう。

 土曜日に出会い、火曜日にも一緒にゴミを拾ったあの元気なおじいちゃんの姿は、アキラの願いによって奇跡的な回復を果たした後の姿だったということか。


「言う必要はないって思って……いや、違うか。ボクは怖かったんだ、あの花のこと、誰もわからないからさ。九籠くんに変な目で見られるのが、怖かった。隠してたわけじゃ、ないんだ」

 アキラは弁明するように英治に訴える。

 英治はしかし、すでにアキラの言葉を聞いていなかった。

 これから自分がしなければならないこと……あの獅子の戦士を倒すことは、いったいどんな結果を招くのか? あの戦士を倒してしまったら、おじいちゃんはどうなるのか?

 英治が考えたくもないことに思いを馳せている一方、ココロが口を開いた。

「“死を超越する”願いが、すでに現実化されてしまった、というわけか。ますます許容することができなくなったな」

「許容?」

 アキラが目をつり上げる。

「いったいあなたは、何なんですか? 許容って、許しってことですか? おじいちゃんが元気になることに、どうしてあなたの許しが?」

「言ったはずだ、あたしはその花の専門家でね。同時に、花の危険性についてキミよりもずっとよく理解している。放っておけば、その花はキミの願いをそのままこの星の法則に埋め込んでしまう。つまり、この星から死という概念自体が消えるかも知れない」

「そんな」

「死という概念が消えれば、生物は永久の時を生きることになる。利益も多いだろうが、しかし間違いなく弊害もある。止めなければ、この現実世界の秩序が乱れ、奴らのもくろみ通り、仮想世界に転覆する」


「ふっ! 秩序が乱れる、だと? なぜ、それを止めなければならない?」

 ココロの指摘に、しかし獅子の戦士は正面から否定する。

「いいではないか。死は悲しく、無益だ。何も生み出さないばかりか、大切な命を失わせる。人は死を恐怖し、そして無残な死を呪う。苦しみの根源なんだよ、死という概念は。そんなもの、この世界からなくなった方が良いに決まっている!」

 獅子の闘士はそしてアキラに赤い瞳を向け直した。

「この女の言葉に惑わされるな。このままでいいのだ、お前は。胸を張れ、アキラ。願い続けろ、念じ続けろ! 私はそれに応え続ける」

「やめろ、その言葉を聞くんじゃない! キミの体が乗っ取られるぞ!」

「そろそろ黙れ、人間!」

 獅子の闘士は瞬時に動く。その腕がココロのお腹に向けて直進した。その指先は、怪物らしく鋭利で人の肉なぞ容易く貫いてしまいそうで……。

 英治はそれを見て、しかし何もできなかった。

(死なんて、なくなった方がいい。そうに決まってる……僕も、そう思う)

 敵の言葉を、覆すことができない。ココロをかばうことも忘れて。

「く!」

 死を覚悟して瞳を閉じたココロだったが、しかしついに死の瞬間は訪れなかった。

「な!」

 獅子の闘士はいきなりぐらりと体を倒した。いや、突然横合いから体当たりを繰り出されたのだ。

 誰が? 問うまでもなく、アキラが叫んだ。

「おじいちゃん!」

「お主ら、美人が襲われているというのに、揃って見ているだけか!」

“元気になった”おじいちゃんの、怒りと悲しみに満ちた双眸がアキラと英治を睨んでいた。

 家の玄関が勢いよく開いていた。騒動にきづいて飛び出してきたのだろう。ついこの前までは寝たきりだったというのに。

「……もういい、もう花は開いた。私は願いを果たした! いまこそ、アキラ、お前と同化する時だ!」

 そして獅子の闘士は、その手でおじいちゃんの頭を掴み上げた。

「なっ!」

 おじいちゃんは叫んだ。

「逃げろ、お主ら!」

 直後、おじいちゃんの頭が破裂した。獅子の闘士の化け物じみた大きな手が、片手でおじいちゃんの頭を握りつぶして見せたのだ。

 血と脳漿を指の間から噴き出させたのも束の間、獅子の闘士はまるでゴミをポイ捨てするのと同じような軽さで、おじいちゃんの頭だけなくなった死体を庭の隅に放り投げた。

「そんな……」

 アキラがショックのあまり気を失いかけて、両膝を地面につけた。

 英治も同様に絶句した。が、ココロが英治の肩をゆすって必死に呼びかける。

「おい! しっかりしろ、お前! 友だちがあの化け物と同化するぞ、いいのか!」

「同、化?」

「そうだ! 仮想生命体は人の願いを叶えることで、自らが生命として存在しているという事実をこの現実世界に刻み、情報化するんだ。やがて現実に存在する人間の肉体と同化し、その情報を物質化する! あのアキラという奴が、そっくりそのままあの化け物の肉体になってしまう!」

「そんな……」

「お前しか止められないんだ。だから戦ってくれ、頼む!」

 ココロの声が、悲痛の色をおびてかすれた。

 英治は虚ろな瞳を見開いて、そして現実を見る。

 獅子の戦士は両手を広げたまま、アキラの目の前に立っていた。そのあと、戦士がアキラに抱きついてしまうのではないかと思える。そんな場面だ。

 あの戦士がアキラに触れてしまったら、もうすべてが終わってしまう。

 そうとわかって、英治はもうやるしかないのだと、現実を受けいれる。


「僕は、やるしか!」

 そして英治は、己の意志を地核の奥深くに眠る最終兵器にアクセスさせる。


『よし、行くか!』

「うん」


『「倒す!」』

 

 失わせたいのではない。いまは、アキラを守るために……はじめて英治は、快楽のためではなく、他人のためにその力に接続(アクセス)した。

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