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4-4 草むしり少年とゴミ拾い老人・友だち

 英治が初めてアキラに話しかけられた、そのすぐ後。

 ゴミ拾いボランティアの決行日はその日のうちに決まった。

 月曜日の夜にアキラが祖父にスケジュールを相談してみたところ、

「早ければ早いほどいいじゃろう」

 という祖父の思考回路によって、いきなり翌日、火曜日の放課後にゴミ拾いが敢行されることになったのだ。


 そして当日の火曜日、その昼休み。

 お弁当を一緒に食べながら、アキラはそのことを英治に伝える。

「というわけで九籠くん。昨日の夜に決まったんだけどさ、今日の放課後、ゴミ拾い行こうよ!」

「はあ……」

(きゅ、急だなあ)

 返事をしつつ内心で愚痴った英治だったが、とはいえ部活もバイトもしていない以上、断る理由もなかった。

 それにゴミ拾いに行くことは別に嫌なことじゃない。

 むしろ土曜日のような熱い体験……自分の頭で考えて、初めてうまく物事が進んで、しかも他人の役にたてたこと……その喜びがもう一度味わえるのであれば、むしろ学校なんか早退していますぐ行きたいくらいだ。

「ありがとう! じゃあ、放課後はよろしくね!」

 心底嬉しそうに、にこっと笑ってアキラは当日連絡を完了する。

 そのとき英治はアキラの顔をちらと見たが、あの老人のニカッ! とした笑顔と重なるものがあるような気がして、はじめて二人が家族だということに納得できた。



 ゴミ拾いの場所は団地の公園で、先の土曜日に英治が老人のゴミ拾いに付き合わされたのと同じ場所である。

 東側エリアのゴミは撤去したものの、西側エリアの掃討は終えていない。前回討ち漏らしたゴミの残党を今日、討ち果たそうというわけである。


 そして放課後。

 英治とアキラは学生服のまま公園に向かう。

 草が半分なくなった公園には、しかし依然としてゴミが湧いていた。土曜日に回収したはずだが、ポイ捨て犯にとっては草が生えているかどうかは関係ないらしい。もうゴミ捨て場として認知されて久しく、習慣化しているのだろう。

「よっし、よっしと」

 公園にはすでに老人――アキラのおじいちゃんが入っており、先にゴミ拾いを開始していた。

「おじいちゃん、ボクたちが来るまで待っててって言ったじゃん」

 アキラは嬉しさ半分、心配半分といった声音でおじいちゃんの隣にしゃがんでゴミ拾いに参加する。

「おうアキラ、遅かったの。お主が遅かったから、待ちきれんかったわ」

「道草してないから、一応最短距離だったんだけどな」

「言い訳はいい! 早く終わらせるぞい!」

「いいよ、おじいちゃん。一緒にやろう!」

 おじいちゃんとアキラは意気投合してともに目の前のゴミを回収しはじめた。

 一方、英治はというと目の前のゴミを拾わずに放置し、草が伸び放題になっている西側エリアに向かっていった。

「あれ? 九籠くん、ゴミ拾いしないの?」

 アキラは怪訝そうに英治をみたが、しかし英治は即答した。

「アキラさんはおじいさんと一緒にゴミを拾っててください。その間に、この邪魔な草は僕が何とかしますから」

「え……」

 アキラはその時、違和感をおぼえた。

 これまで出会ってきた人間と英治とは、決定的に違っていたのだ。


 アキラは常に優等生であり、エリートであろうと努力してきた。素晴らしい人間になりたかった、ただそう思っていた。

 おじいちゃんがいつも、言っていたのだ。

『アキラ。男はな、誇りが大事じゃ。自分をいつでも誇ることができるよう、曲がったことはするんじゃないぞ』

 アキラは「うん!」と返事をして、いつもその言葉を胸に灯して生きてきた。

 だから勉強は欠かさずやった。勉強をおろそかにしては、授業中、自分に誇りがもてなくなる。

 いじめにも参加しなかった。むしろ止める側に立った。

 そうして学校生活を過ごしていくうちに、アキラの周囲には同じ志の仲間たちが集まっていった。

 向上心をもって、努力を忘れず、クラスの尊敬を集めるような人間でありたい。そんなたくましい心根をもった男たちと、アキラは学生生活をともにするようになった。

 だが、彼らは友だちというよりかは競争相手で。

 弱音を吐くことは傷をなめ合うことと同義とされ、互いに口に出すことはない。常に前を向いて、自らの進路を実現するべく勉学に励むことが理想――いつしかアキラは、毎日繰り返される競争の中にいた。


 そんな人間関係のなかにいたアキラは、てっきり英治も自分に挑んでくるだろうと思っていた。どちらが多くのゴミを拾うことができるのか? 考えるだけでもゾクゾクする。

 なのに……英治は自らゴミを拾う時間を減らして草をとるという。それは準備係を自ら引き受けるということであり、一番やりたくないポジションのはずだ。たとえば普段学校生活をともにしている仲間たちであれば、そんな準備作業は他人、たとえばここではおじいちゃんにやらせて、我こそはとゴミを率先して拾いにいくだろう。

 それにしても英治の顔のどこにも卑屈なところはなく、むしろ草をむしっている最中の彼は、なぜか笑っていた。楽しそうだった。

「九籠くん!」

 草むしりを開始した彼に、アキラは声をかけずにはいられなかった。


「え?」

 英治はいきなり呼ばれてびっくりして目をぱちくりさせたが、

「ありがとう。やっぱり、ボクはキミと友だちになれてよかった」

「は、はあ。それは、どうも」

 いったいどんな風に評価されて感謝されたのかわからず、英治は首をかしげた。

 だがアキラはすっかり気分がのっていて、

「それじゃあ、草は任せたよ。できればこっちも早く終わらせて、草むしり手伝いに行くから!」

「は、はい」

 任せた……アキラにとってはその時、生まれてはじめてその言葉を家族以外の誰かに放つことができたのだが、そんなことは英治の知る由もなかった。

 ただアキラの澄んだ瞳がどういうわけか自分に熱い視線を向けてくるものだから、英治は親指を立てて了解のサインを送りつつ、笑った。

「任せてください!」

「うん!」


 そんな二人の様子を見て、おじいちゃんはあたたかな笑顔をうかべていたのだが、アキラが作業に取り組むのを見るとすました顔で作業に戻った。

「長く生きて、よかったわい。孫に親友ができた瞬間など、これ以上のことがあるか」

 少し泣きながら、おじいちゃんもゴミを拾っていく。



 英治が草を殲滅して道を開き、おじいちゃんとアキラとでゴミの山を袋に片付けていく。

 その分担作業の有効性は、土曜日の段階ですでに証明されていた。加えてアキラという最優秀クラスの作業員が追加された現在、このチームに敗北はありえない。

 午後五時から作業をはじめた彼らは、それから三時間ぶっ通してゴミを滅し続け、そして陽も沈んだ午後八時。 

 三人は並んでベンチに座り、星のまたたきはじめた夜空の下でプシュッ、と缶ジュースのタブを開けていた。

 おじいちゃんはスポーツドリンク、英治はオレンジジュース、アキラはコーヒーと三者三様のチョイスで勝利の美酒を味わう。

 ビニール袋は実に十五袋にも及んだ。結局英治は公園内に茂っていたすべての雑草をぬき尽くし、おじいちゃんとアキラは完全にゴミを回収した。その結果、かつて子どもたちが集まっていた昔の綺麗だった公園の姿が完璧に蘇った。

 すべてが終わったころには、なんと周囲の住民が寄ってきては拍手をして功績をたたえ、それだけでなく、帰宅途中だった地方紙の新聞記者が偶然通りかかって取材が始まり小さな記事ともなっていく。

 その記者が三人に問いかけた。

「すばらしいボランティア精神ですね。誰も手をつけなかった公園を復活させた動機は、何ですか?」

「そうじゃの」

 老人は答えに困った、という風に首をかしげ、まともな答えを言ってくれそうなアキラと英治に目配せしたが、二人も顔を見合わせてやはり答えに窮していた。

 三人は同じ思いだったのだ。それを知った老人はニカッと笑うと、チームリーダーとして記者に言い放った。

「動機なんて、ないぞ。ただワシらは、ゴミ拾いがしたかったのじゃ! なあ、お主ら」

「うん!」

「は、はい!」

 そんな三人の愚かな笑顔を見た記者は「あはは」と心底呆れたように頬を痙攣させていた。


 

 ゴミ袋を近場のステーションに放り込み、任務を果たした英治はアキラと別れた。

「また、よろしくね。というかまた明日!」

 屈託なく笑ってそういうアキラに、英治もまたうなずいて手を振った。

「はい! こちらこそ、また明日!」

「うん!」


 そんな、笑顔にあふれた帰り道をひとりで歩いていたときだった。

 団地から抜けて、自宅がある隣の団地へとつづく道にさしかかった。

 闇の降りた視界の向こうから、バイクを手で引いて歩いてくる女性のシルエットが見えた。

 英治はそのシルエットに、見覚えがある。

(あれは、確かココロさん?)

 台京心。この前は白衣を着て、敵にトドメを刺さなかったことに文句をつけてきた。その記憶が頭に焼き付いているせいで、英治はココロに対して良い印象はもてなくなった。

(今度は何だろう)

 いっそ無視してやろうかとも思ったが、しかし電灯が照らす光の円の中で見たココロは、白衣ではなくライダースーツを着用していた。髪型もポニーテールだ。

 その姿は、英治が二度目の脳接続を行って、あのリクルートスーツの大学生を自殺に追い込んだ戦闘を繰り広げた日と同じだった。

 電灯の白い光のなか、二人は再会する。

「九籠英治、くん。楽しそうにしているところ、申しわけない。頼みがある」

「頼み、ですか」

 声をかけたココロは、英治の腕をぐいと掴むと返事を待たずにバイクの後部座席に座らせた。

「ちょっと」

「時間がないんだ、行くぞ!」

 ココロがバイクを急発進させたおかげで、英治は抵抗するよりもまずココロの体に掴まらざるをえなくなった。

 彼女の細く引き締まっていながらも柔らかい体の感触に、英治は自分が男子であることを思い知らされる。


 そうして走るバイクは、とある邸宅に辿り着いた。

 その道のりは英治が通ってきた道をまるで引き返すかのようで。

 邸宅の表札には「高田」と書いてあった。

 アキラの自宅だった。

「アオマキグサがすでに開花している。ちょうどこの家の庭にあるはずだ。いくぞ」

 ココロの有無を言わさぬ冷徹な口調が英治の耳朶をうつ。

「アキラさんの、家……?」

 英治は絶句したが、しかし次にはココロにぐっと腕を掴まれて、無理矢理歩かされた。

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