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4-2 草むしり少年とゴミ拾い老人・共闘

 時刻、午後二時。

 太陽はすでに晴天の頂点に君臨して久しい。七月の陽光の威容を全身に受けつつ、汗まみれになった男が公園で二人、ゴミ拾いをしていた……。


「いいか、お主。ゴミ拾いとは、魂の浄化じゃ!」

 老人は空き缶を袋に収めると、豪語する。

「は、はあ」

 英治は目もくれずに口だけで答えると、目の前の空き瓶を袋に入れた。

「ゴミを拾うたびに、お主の心は澄んでいくはずじゃ! そして、すべてが終わった頃にはまさしく今日のこの蒼穹のように、すっきりと晴れ上がっていることじゃろう!」

 老人が語っている最中、公園の外をママチャリで走る婦人が“チャリン☆ チャリン☆”とベルを鳴らして通り過ぎていった。

 英治はまた目の前のポテチの空袋をピックアップすると、「そうなんですかー」と棒読み気味に返事だけはしておく。

 とにかく拾え! と言われるがままに働きはじめて一時間が経過した。休みなしにただただ拾い続けてきたが、それでも公園に埋め込まれたゴミのすべてを撤去するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 誰も管理していない、草が生え放題の公園はポイ捨て犯には利用しやすい場所なのだろう。子どもの身長ほどの高さに成長した草と草の間に隠された有象無象のゴミたちが尽きる気配は一向になかった。

 ピックアップしては周囲を索敵し、次のターゲットを見つけ次第そのポイントに移動、またゴミを殲滅する……公園の東側エリアから老人と英治が横並びの隊列を組んでゴミ共を掃討しながら進攻している現在、二人はまだ公園の東端にいた。

 西側エリアの端まで到達すれば解散、というのが今次作戦の目標ではあるが、戦場はすでに泥沼の様相を呈した板。どうやら長丁場になりそうである。

(ああ、疲れたよもう)

 英治はしゃがみつつゴミを拾う姿勢を維持するのにも疲れ、膝が震えて半分泣きべそをかきながらも、それでもゴミ拾いは継続していた。相手の物量のあまりの膨大さに前進が滞り、心身共に疲れはピークに到達しようとしている。

 わかりやすく動きが鈍っている英治に対し、老人はさすがにゴミ拾いの哲学を語るだけの実力があった。動きのペースを一切落さず、次から次へとゴミを袋に突っ込んでいく。

 最初こそ横並びになっていた二人だったが、次第に老人が前へ前へと進んでいく。彼の背中が見えるようになったことで、英治は自分がペースを落していたことに気づいた。

(僕は、あんなじいさんにまで置いて行かれるのか……)

 体の疲れも相まって、そんなマイナス思考にはまっていく。

 

 思えば、誰かに置いて行かれつづけた人生だったのかも知れない。

 テストの点数、徒競走の順位、友だちの数。英治はクラスメイトたちの背中を見るばかりで、いまだかつて教室の先頭に立ってみんなを導いたことなど一度もなかった。

 中学生のころの武人は快活な性格でクラスメイトたちを引っ張っていたし、いまはリンが委員長としてクラスをとりまとめている。

 二人の背中を思い浮かべた英治は、目の前にある老人の背中を見てゴミ袋をぐっと握りしめた。

(あんなじいさんに置いて行かれるのは、だめだ)

 マイナス思考の果てに、そう思えたのは何故だろう。

 空き缶ひとつを袋に収める動作のあまりのゆっくりさに自分に気がついたからか? それとも、ただ単に悔しいだけか?

 何はともあれ、思いは力に変わる。

 先ほどまでの疲れが嘘のように退き、頭上の太陽が伝えてくる熱さが全身に伝播するのを心で感じた。

「よし」

 知らず吐き出した息に声がのった瞬間、英治の逆転劇が幕をあける。

 英治はおもむろにゴミ袋をかたわらにおくと、

「草むしりからはじめなきゃ、だめだ」

 虚空に宣言すると、壮絶な勢いで草むしりを開始した。


 英治は考える。何故ゴミ拾いがここまでやりにくいのか?

 それはゴミの総量が多いせいもあるが、しかし草と草の狭間に隠れたゴミ共をわざわざ探さなければならないところに原因があるのではないか?

 そう分析した英治は、いったん草を排除した後にゴミ拾いに専念するプランを立案したのだった。

 草むしりといえば英治のホームゲーム、得意中の得意だ。徒競走やテストはともかく、草むしりなら誰にも負けない自信がある。

 かくして、英治のプランは現実になる。

 怒濤の勢いで単騎がけを開始した英治は草をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、わずか三〇分で公園の東側エリアすべての草を消滅させてしまった。

「ほう」

 その戦果にさすがの老人も嘆息をもらし、

「若い者が切り開いた道を老人が通る、か……ワシも、まだまだじゃの!」

 英治の闘志は老人の心にも火をつけたらしい。

 その上、ゴミ共が隠れ潜んでいた草がなくなった以上、あとはただ奴らを片っ端から拾っていくだけの単純作業だ。

 草をかきわけてゴミを探す、という工程のひとつが丸々なくなったことで作業効率は格段に上昇する。

 最後の草を放り投げた英治はまたゴミ袋を拾うべく戻ってくる。それは敵をすべて討ち取った英雄が凱旋する、堂々とした姿に老人には見えた。

 英治がゴミ拾いを再開しようというそのとき、老人はわざわざ英治の隣に立った。

「よし、あと一息じゃ!」

 こくり、と無言でうなずいた英治だったが、その瞳はギラギラに輝いている。

 闘志に満ちた目と目を合わせた二人は、いまふたたび横並びの隊列を組んで前進を再開した。

 英治は己に誓った。

(二度と、このじいさんの背中はみない!)

 目の前をさっと見渡し、ポテチの袋、空き缶、なぜかあるジーパンも視野に収めた英治はそれらを次々と袋に入れていく。

「いい動きじゃ! よし、あの太陽が西の彼方に沈むまでには、片付けるぞ!」

 老人もまた英治に遅れをとらぬよう、ハイスピードでゴミを拾っていく。


 先行する英治に、遅れをとらないようペースをあげる老人。

「ほうら、ぬいてやったぞい! ついて来れるか?」

「おじいさん、ぎっくり腰だけはやめてくださいね」

「ほざけ!」

 抜きつ抜かれつを繰り返して進む二人の動きはゴミ拾いというより、しゃがみ徒競走にも見えた。


 かくして午後六時、陽も沈みだした黄昏時。

 二人はついにそろって公園の西側エリアの入り口となる公園の真ん中に到達したのであった。

 西側エリアの端に到達する、という目標を達成することはできなかったが、それでも二人は笑顔で作業をきりあげた。

 ボロボロの体をすっと立ち上がらせた二人は無言で視線を絡み合わせると、熱いハイタッチをかわした。


 赤い太陽が西の彼方に沈むなか、二人の男は汗を公園のベンチに座って缶ジュースを手にした。

 プシュ! とタブを開ける音を響かせつつ、英治はぐっとオレンジジュースを一気飲みした。

 悔しいが、老人の言うとおりだった。

(ゴミ拾いとは、魂の浄化……か)

 すべてが終わったいま、英治の心はすっきりと晴れ上がっていた。

 悔しいけど、嫌な気持ちはしなかった。


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