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4-1 草むしり少年とゴミ拾い老人・邂逅

 それは土曜日、午前授業が終わった放課後のことだった。

 どこまでも青く広がる晴天の下、英治は目の前の老人に話しかけていた。

「あ、あの……いったい何を、してるんです、か?」

 他人に話しかけるというだけで鼓動がバクバク跳ね上がったが、しかし老人は笑顔で対応してくれた。

「見てわからんのか。ゴミを拾っているんじゃよ」

 微塵も動じることなく、晴天と完璧にリンクしたようなすがすがしい笑顔で、老人は言った。

「は、はあ」

 英治は頬を痙攣させつつ、

(そういうことじゃ、ないんだけどな)

 と思って言葉に詰まった。

 

 他人に話しかけることを滅多にしない英治が、なぜゴミ拾いをしている薄汚れた老人にわざわざ話しかけたのか。

 その理由を説明するにはまず、英治がどういった状況で下校をしたかを語る必要がある。


 時は一時間と四〇分前にさかのぼる。


 英治の通学している高校では、土曜日は毎週午前授業で、午後からは生徒ごとにスケジュールが異なる。

 部活に行く生徒もいれば、進学対策の特別講義を受ける生徒もいる。

 部活もバイトもしていない英治は、進学対策の講義を受けることもできたが毎月五〇〇〇円の受講料を親にお願いするのも気が引けた。

 結果、いつも通りに帰宅部生活を謳歌する。

 

 何もせず下校する生徒はそれほど多くはなく、クラスの三分の一にも満たない。

 最多勢力が受験対策の講義を受ける生徒たちであり、クラスの委員長たるリンもそのうちの一人だ。

 何もせず下校してしまう生徒は不良グループか落ちこぼれ生徒かのどちらかだった。

 もっとも、下校する生徒はだいたいバイトに行くから即帰宅する人間は英治くらいのものだ。

 以前はバイトが始まるまで遊んで欲しい、と言われて不良たちに絡まれていたのだが、彼らが消滅したいま、武人から話しかけられることもない。英治は平穏に下校することができた。

 誰にも声をかけられることがない幸せをかみしめつつ、英治はリズムよく階段を駆け下りて下駄箱まで移動すると、高校の玄関をくぐりぬけた。


 こうして英治は、何もしていない自分に少し引け目を感じつつも下校した。

 玄関をくぐり抜ける間際、視界の端に同じく落ちこぼれ生徒のコウが見えたが、彼女は平常運転の誰も映していない怜悧な瞳で前を見ているばかりで、英治を視界に映してはいないようだ。

 英治もまたいつものように話しかけるのを諦め、ひとりで帰ることにする。


 かといって行く当てがあるわけでもなく。

 まっすぐ家に帰っても時間をもてあますだけなのもわかっていた。

(さて。どこに行こうかな)

 くぐったばかりの玄関先で五分少々悶々と悩み続けたあげく、英治は草むしりをしようと団地の公園まで足を運ぶことにする。

 その公園は英治が小学生の頃までは管理が行き届いていたが、少子高齢化の昨今、利用する人間がいないのだろう。いまやその小さな公園は放置されて久しく、子どもの身長並の高さに到達してしまった雑草たちでごったがえしていた。

 散歩している最中に見かけ、自分のなかで“草むしりポイント”としてマークし、いつか行こうと思って記憶していた場所のひとつだ。


 そこで英治は独りで悠々と、誰の目も気にすることなく草むしりをしようと思っていた。背が伸びた草は不気味で、誰しもが駆除を望んでいるはずだ。ともすればボランティアにもなりうるから、最低限、誰かに見られても怪しまれることはないだろう。

 まさに自由自在に草むしりができる、最上の時間になるはずだ。

 そう思ったが、間の悪いことに先客がいた。

(……いったい、何なんだろうこの人は)

 他人の目を気にせず遊べると思ったのに、そこに人がいたことでまず英治のプランは砂と消えた。

 英治は先客として公園に踏み入っている男性老人を見て、目を細めた。

 老人はなかば草に埋もれながらも、独りでゴミ拾いをしていたのだ。その左手には空き缶が入ったビニール袋を握っている。

(ボランティアの人、かな? まあそんなにゴミもないし、早く終わらせて帰って欲しいな)

 英治は別の草むしりポイントに行くのも億劫なので、先客が事を済ませて立ち去るのを待つことにする。

 公園を利用する人間などそうそういないのだから、ゴミの量もそれほど多くはないはずだし、したがって待ち時間も少なくて済む――そう思った英治は、亀裂の入ったスマートホンをポケットから取り出しRPGゲームのアプリを起動、周回用のクエストでザコ敵退治を開始した。

 ゲームでもしている間に終わるだろう。そう高をくくってゲームを始めた英治だったが、待てど暮らせど老人が立ち去る気配はない。

 草むらに隠れたゴミはまさに無限に湧くゲーム内の敵の如く、尽きることがないらしい。老人はパンパンにふくれあがったビニール袋の口を結び、それを見た英治が

(よし、袋がいっぱいだ! 終わったでしょ)

 と喜びに瞳を輝かせたのも無視して、草色に汚れたズボンのポケットから新しいビニール袋を取り出し、またゴミ拾いを再開してしまった。


 英治は小遣いがなく、ゲーム会社に課金できない。

 したがって、ゲームアプリで無限に遊べるわけではなく、プレイできる回数には上限が存在する。

 英治が待ちを開始してから早一時間。ゲームのプレイ回数上限に到達してしまい、ついにすることがなくなってしまった英治は、しびれをきらして強行策に打って出た。

 いつまでも作業を終えない老人にイラついたこともあって、英治は持ち前の人見知りも忘れ、なかば怒りで頭が真っ白になった状態で老人に声をかけることにしたのだ。

 その目的は老人を手伝うため、ではなく、老人を公園から追い出すためである。

 最大限の嫌悪の気持ちを込めて、英治は言い放った。

「あ、あの……いったい何を、してるんです、か?」

 明らかにゴミ拾いだとわかっているのにそう言ったのは、そんな無駄な行為にいったい何の意味があるんですか、早く帰ってくださいという本音を込めたからだ。

 英治は眉根を釣り上げてそう言ったから、少なくとも嫌悪感は伝わるはずである。

 なのに。

「見てわからんのか。ゴミを拾っているんじゃよ」

 老人はすっきりとした笑顔を向けて、堂々と英治に答えた。

 その笑顔をみた瞬間、英治のイラつきはさらにレベルアップする。

(なにその顔……皮肉なの、ねえ)

 英治は頬を痙攣させたが、しかしゴミを拾っているんじゃよ、と真正面から答えられてしまえば返す言葉もなかった。はい、そうですか。その一言しか思い浮かばない。しかしそんなくだらない言葉をわざわざ口にするのも空しくて、というかそもそもたかが草むしりのためだけに一時間以上も待っている自分が空しくなって。

 英治は立ち去るべく公園の出口に足を向けようとした。


「おい、若い者。こんな老いぼれに独りでゴミ拾いなんぞをさせるつもりか? 手伝わんか!」

 怒鳴られた。


 く、く、く、と油のなくなった機械人形のようにゆっくりとした動作で老人に向き直った英治は、首をかしげた。

 手伝う? どうして? そもそもあなたは好きでゴミ拾いをやってるんじゃないの? ボランティアってそういうもんじゃないの?

 数々の疑問符が英治の脳内をかけめぐっては消えていったが、その間に老人は凄まじい勢いで立ち上がり、ビニール袋を英治に投げてきた。ゴミがひとつだけ入っているその袋は、ゴミのおもりのせいで野球ボールのように放物線を描いて英治に向かってくる。

「わ!」

 英治は顔に向かって飛んでくるそれを本能的にキャッチしてしまった。

「よし、掴んだなお主! そうと決まれば話は早い。一緒にゴミ拾いじゃ!」

 まったくもって理解不能な理屈で、こうして英治は老人とともにゴミ拾いにいそしむことになった。

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