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3-5 ヴァニシング失敗談~説教~

[脳接続 解除]……[エラーを検出しました###]

[脳接続 ###再開]……[ハッキングを受けています:ネットワークを遮断します###]

[###脳接続 再開]……[###遮断を中止:中継先を参照します―YES or NO]

[###YES]

[中継先:コード:1]……[不明な参照元です。許可しますか―YES or No]

[###YES]



 僕はいったい、何を願ったんだろう。

僕は自由になりたかった。ただ、幸せになりたかった。

 不良たちや、あのリクルートスーツの大学生の人生なんてどうでもいい。好きなように生きればいいと思うし、望むなら好きに死ねばいいと思う。

 でも、それでも、殺したいわけじゃなかった。自殺して欲しいわけでもなかった。

 消えて欲しいわけじゃなかった。

 そもそも僕には、他人のことなんて気にしてる暇はない。そんな余裕なんてない。

 ただでさえ、いま生きている世界は辛くて苦しいことに溢れてるんだから。

 誰も助けてくれなくて、自分で何とかするしかないんだから。


 僕はただ、幸せになりたかった。

 どうやったら幸せになれるのか、ずっとそれだけを考えていたい。

 それが僕の、願いなんだ。

 だからどうか、放って置いてくれないかな。


 どうせあんたも、僕を助けてくれないんでしょ。



[脳接続 解除]

[中継先:コード:1 消滅を確認###]

[プログラム:ヴァニシング 再開します―Yes or No]……

……

……




 英治は目をあけた。

 目の前には誰もいなかった。あの青い鎧の闘士はすっかり消え失せていた。

 ただ、英治は確かに鬼切を握っていた。血のように赤い光の刃は現在、間違いなく展開されている。

(幻じゃない、のかな)

 英治は鬼切の展開をやめてグリップから手を離す。

 瞬間、持ち主を失ったムラマサ・グリップはその物質性を維持できずに消滅、電子の粒となって散っていく。

 仕留めることができなかった。その記憶だけが、英治の脳裏に焼き付いていた。

 刃を当てれば確実に切り刻むことができたはずだ。なのにそうしなかった……その瞬間の記憶が、英治にはない。

(僕は、何をしてたんだろ)

 首をかしげて記憶をたどってみても、思い当たることはなかった。


「寸止めしたように見えたが、何故だ」


 後ろで声がした。

 振り返ると、五メートルほど先に見知らぬ女性が立っていた。

 団地の中なのに白衣を着ている。長髪を茶色に染め上げている女性だった。

 近づいてこようともしない。かといって立ち去る様子もない。

 どうして話しかけられているのだろう? これも思い当たることが、ない。

 英治が首をかしげると、

「まったく、覚えてないのか。あたしだ、あたし」

 女性は焦ったのかわたわたと落ち着かない声でわめきつつ、後ろ髪を右手で掴んで軽く持ち上げるとポニーテールの形を再現した。

「あ」

 ライダースーツこそ着ていないが、それは確かに英治を自宅前で待ち伏せしたあげくに勝手にバイクに乗せて河川敷公園まで連れ出したあの女だった。

「ふう、思い出してくれたか。まだ一日足らずしか経過していないのに、忘れられてはたまらんよ」

 はあっ、と女性はかるくため息を吐いたかと思えば、「やれやれ」と首を振りつつ目頭をおさえ、

「ウチの近くで接続反応が検出されたかと思って、けっこう急いで出てきたんだがな。どうやら間に合わなかったか」

 女性は完璧にサイズがあっている白衣のポケットに両手を突っ込みつつ、ひたと英治を睨んだ。

 突然眉をつり上げた彼女のキツい視線に、英治は「え」と声を漏らした。

「なぜ倒さなかった」

 鋭い眼光をそのまま声にしたかのような、突き放した怜悧な言葉が飛び出した。

「脳接続を開始したからには、倒してもらわなければ困る。ただでさえ敵の増殖スピードは速い。一体ずつ、確実に倒していくしかないんだ」

 なぜか始まった説教に英治は戸惑ったが、とはいえ戦闘が終わったばかりで疲れていた。そもそもこちらの事情を埒外にした一方的な言葉を聞き入れるほど、英治は愚直な人間でもない。

 英治は両手を握りしめると、ふるふると拳を震わせた。

「ぼ、僕だって」

 拳と一緒に声も震えた。でも構わない。ここで言葉を引っこめるという選択肢はなかった。

 黙って説教を聞くのは勘弁ならない。


 敵をどうして倒さなかったのか――記憶がないから答えようがない。自分だってわからないのだ。

 それに、倒してもらわねば困る、とはどういうことなのか。英治は何も知らない。何も知らないままに戦っている。

 知らないからこそ、文句を言われる筋合いなんてない。

「僕は、あなたのためになんか、戦って、ません」

 うまく言葉が出なくて、何度も震えてつっかえた。

 それでも女性は、鋭い眼光を維持したまま聞いてくれた。

 英治が言い終えた後、女性はまた「はあっ」とため息をつくと、

「そうか」

 そう言って踵を返した。

 すらりと伸び、堂々とした背筋を英治に向けて、女性は独り言のように言葉を風に流した。

「これはムラマサが言っていたんだがな。ひーろーもの? のお約束だと、主人公は運命からは逃れられない、らしい。キミがどんなに言い張ったところで、ずっと戦うことになるんだよ」

 陽が沈んで闇が周囲を覆い始めたなか、女性の言葉は闇に紛れて英治の頭を通り過ぎていく。まったく、意味がわからない。

 説教をはじめたかと思えば、ヒーローものなどというふざけたことをぬかしもする。

(いったい、あの人は何なんだ)

 まっすぐ歩きはじめた彼女に、英治は反射的に叫んでいた。

「あなたは、どうしてそんなことを言うんですか」

 いったい何の権限があって、訳知り顔で自分なんかに声をかけてくるのだろう。いったい何ものなんだろう。それを知りたくて放った声が、そんな言葉になって外に出た。

 女性はしかし振り向きもせず、歩みを止めもせずに、また言葉を風に流すようにして答えた。

台京心(だいきょう こころ)だ。まあ、ココロと呼んでくれ。すべての事情はまた後で話そう。この格好の通り、研究者をやっている。近いうちに会うはずだ、なにせムラマサはキミの中に宿ったんだからな」


 白衣を着た女性――ココロの背中が見えなくなるまで英治は呆然と立ち尽くした。

 彼女を追いかけて話をきくこともできたが、そんな風に積極的に動く気分でもなかった。


「暗いな」

 しばらく棒立ちになって、やがて電灯がつき始めた。周囲の暗さに気づいてそこで英治は我に返った。

 電灯がチェックポイントを示すように点々とコンクリートを照らして光の円ができている団地の道を、英治はとぼとぼ歩いて渡った。

(お風呂掃除、しなくちゃな)

 己の習慣を思い出し、英治は前を向いた。

(いったい僕は、何がしたいんだろうな)

 はたとそう思ったが、その時には家に着いていた。

「お風呂掃除、しなくちゃ」

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