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序章―そんな人類ヴァニシング

――地核にて。


「いま、この惑星の情報はすべて掌握した。人類の生み出した英雄よ、貴様の行いはすべて無為となる」

 声を発するのはマグマを身に纏う巨人だった。

 地核内を支配する三〇〇〇度もの熱波によってドロドロになった岩石を人の形にまとめあげ、一〇メートルの巨躯を誇るその巨人の表皮は溶融と再生を無限に繰り返すことで絶えず流動している。

 太陽のような輝きをマグマの全身から放つその威容はまさに人型怪獣だが、正確にはマグマを依り代とすることでこの現実世界に顕現している“仮想生命体”の一体で、『コード:0』と呼称される人類の脅威である。


「ハ! まだ手はある……俺がお前を倒せば、すべてが終わる!」

 迎え撃つは、たった一体の人型マシン。

 地核の熱量にも耐えるアステロイド・チタン装甲を全身に装着し、鎧武者そのままの姿をしているロボット兵器――『ムラマサ』は、ただひとつの武器である刀型兵装『鬼切』をすっと振るって空を斬ってみた。

 準備挙動は完了、ムラマサはその動作で戦闘モードに移行する。兜の形をした頭部ユニット正面を覆うバイザーから漏れる緑色の輝きがヴン! と鈍い音とともに赤色に変化した。

 とはいえその姿は華奢な人間が細い刀を構えているようにしか見えず、それを見下す一〇メートルの巨人が笑うのも当然といえた。

 マグマを吐き散らしながらも「グハハ!」と盛大な雄叫びを放った後、巨人の顔面部分を覆う表皮が一段と崩れる。爆笑しているのだ。

「倒す、か。やはり人類は下等生物だ。具体的な行動手順を明示できないにもかかわらず、到達点ばかりを語りたがる。故に、我ら仮想生命体の発展をここまで許したのだ」

「口が達者なAIだな!」

 ムラマサはマイクから音声を出力すると同時、その姿を消した。


 瞬間起動。

 リニア関節によって一切の摩擦抵抗を償却したムラマサは、けして人間ではとることのできない動作を可能とする。

 一秒にも満たない時間で五〇メートルほどの距離を埋めたムラマサは跳躍。

 そうかと思えばすでに巨人の顔面の目の前にいた。

「良くしゃべるその喉から、斬ってやンよ!」

 再びマイクから音声が流れ出るとともに『鬼切』の細い刃から白光がほとばしる。

 直後、巨人の首が切断された。

 頭を構成していた部位が単なるマグマの塊にその身を堕とし、地面に落下する。マグマの塊はぐちゃりと弾けたかと思えば爆発を起こし灼熱の風がムラマサに殺到するが、ムラマサはすでにその場から離れている。

 斬撃を見舞う直前の五〇メートル離れたもとの場所に戻ったムラマサは、まるで人を斬った後に侍が刀についた血を振り払うが如く、『鬼切』をすっと空中に振った。

 その動作で戦闘モードを解除したムラマサは、

「これで終わりじゃないんだろ? なあ!」

 鬼切の刃とは逆の峰の部分を肩たたきよろしく自身に打ち付けつつ、気だるそうに問いかける。


「やはり理解していない。我を如何にして抹消するか……その具体的行動手順を、把握すらしていない」


 声が地核の壁に響き渡る。

 首を失ったマグマの巨人は、しかし両手を広げてみせた。

 その姿は優雅であり、まるで火口から飛び立とうとする不死鳥がその翼を展開する様にも似ていた。

 太陽を思わせる金色の輝きを放ちながら、巨人はついに人の形を失った。

 ドロリと崩した全身をそのままマグマの波そのものに変質させた『コード:0』は、そのままムラマサを覆い隠そうと迫る。

 それは地面の上だけを疾走する波ではない、地核の洞窟の天井、左右の壁面さえも削り取りながら直進する、まさに視界の全面を埋め尽くす溶融した岩石の津波だった。

「もっと頭のいい手段はなかったのかよ!」

 ムラマサは呆れて笑ったが、しかし現状は絶望的だ。

 地核の熱に耐える装甲で全身を構成しているとはいえ、マグマに覆い被せられて全身を潰されればひとたまりもない。

 その上、それを避ける手段は存在しない。

 前方すべてをふさがれている以上は後退するしかないが、しかし後退しつづければ敵は地核から脱出してしまう。

 そうなれば、地球のすべての情報を掌握した“仮想生命体”の存在を許すことになり、それは地球が“仮想生命体”という人類の抹消をもくろむ脅威に支配されることになってしまう。

 人類の抹消を阻止せよ――その使命(プログラム)が刻印されたムラマサの制御中枢AIは、故に後退を選択しない。

「まったくもって、(マシーン)じゃなかったらアウトだぜ!」

 マイクからそんな声を放ったムラマサは、視界のすべてを埋め尽くすマグマのオーロラに自ら突っ込んでいく。

「勝利を捨て、何を望む?」

 コード:0の問いかけにも応えず、ムラマサはそのまま跳躍し空中で『鬼切』を構えた。

 敵が視界のすべてを埋め尽くすなら、そのすべてを切り払ってしまえばいい。

 その単純明快な結論を導き出したムラマサは再び一閃、『鬼切』を振るった。

 狙い通り、それは見事にマグマのオーロラを横一文字に切り裂いた。

 上下に二分割された金色の光波の一方は天井にぶつかって砕け、もう一方は地面に滝のように降り注ぐ。

「命さえ持たない、機械の人形よ」

 コード:0の声が響き、そして上下二分割されたマグマはそのまま空中を跳ね回る。竜巻のように回転してムラマサに迫るそれはまさに炎の龍。

 天と地から迫る二頭の龍と衝突したムラマサはそのまま衝撃波にさらされて腰部関節を破壊され、その全身を二分割されることになる。

 下半身ユニットが地に落ちる一方、上半身ユニットはそのまま空中に固定された。というのも、二体の龍が合わさってふたたびその威容を取り戻したマグマの巨人が、しっかりとその腕でムラマサの上半身を握りしめていたからだ。


「人が虫を殺すのと同じだ。まして機械を壊すなど、容易にすぎる。だが貴様は猪口才にも立ち向かってきた。人類の誰しもが我をここまで追おうとはしなかったにも関わらずな。その勇猛さに免じ、この星の中枢情報に貴様を埋め込んでやろう」

「な!」

 巨人の腹部が隆起し、やがて火山が噴火したようにマグマが放出されて大きな穴が穿たれた。まるで腹にブラックホールが発生したかのようだ。

 そのまま、巨人はムラマサの上半身ユニットを腹部の大穴に放り込む。

 瞬間、ムラマサの全身は消滅した。物質はことごとく消滅し、電子の輝きである白い粒子に分解される。

「貴様は誰にもアクセスされることのない、この世界でもっとも無価値な情報となった」

 微細な粒子に変換されたムラマサはそうしてただ、コード:0の言葉をきいた。

「無価値な情報だからこそ、貴様には教えてやろう。いまここに宣言する。やがて、一輪の花が咲くだろう。青き美しい輝きを放つ、仮想の花が。その時こそ、我ら仮想の生命が現実を転覆する合図だ。もっとも、これを知る貴様は、この情報を人類のもとに持ち帰ることもない」

 言い終えて満足したのだろうか。

 ブラックホールは閉ざされ、そうして唯一の敵を容易く処分した巨人はいま一度、雄叫びを上げた。

 衝撃波が地核を揺らし、マグマが震えた。まるで恐怖に縮み上がる小動物のように、地球の中核が震えているのだ。

 そして巨人は唐突にその姿を消した。

 マグマをその身に纏っていた仮想生命体は、現実世界から脱却、もとの世界である“仮想世界”へと帰還を果たす。



 時を同じくして、地表に青い花が咲いた。


 男子高校生――九籠英治(くろう えいじ)は下校中にその花を目撃する。

 友だちの縁田武人(えんだ たけと)にボコボコに殴られたおかげで内出血して腫れている頬を片手でおさえながら、英治は瞳をくりくりと輝かせ、コンクリートを突き破って咲き誇っているその青い花の幹を掴んだ。

「抜いてあげようかな……僕が」

 ぼそりと呟き、ぐっと拳の力を強くした。

 直後、英治はその手で思い切り引っ張ってやった。

 その存在を消し去る快感を、胸いっぱいに噛みしめながら。 

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