㉕止まった腕時計
2018年に宇宙船のワープ時に意識を失った難病患者で永遠の39歳、結城内乃介。
彼が目覚めた時には難病を克服し、健常者になっていた。
しかし、時は2038年。20年も未来へ行ってしまっていたのだ。
そばには幻覚少女ホリーとの間に生まれた娘アニーモがいた。
だが、ホリーの行方は分からない。
宇宙船への援助をしていた内乃介の父親も既に他界して、ホリーの存在を知る手掛かりさえなかなか見つからない。
そんな折、主治医のドクター丘乃が自ら不死人間であることを内乃介に告白するのだった。
そして、ドクター丘乃こと丘乃柊音がホリーに関する手掛かりを掴んでいるのではないかと推測する内乃介。
だが、内乃介はドクター丘乃の奢りで飲んだ1億円以上もする超高級赤ワインに酔っ払ってしまい、翌日にドクター丘乃から話しを聞き出そうと大豪邸の自宅に招くのが精いっぱいだった…。
その後、ドクター丘乃は内乃介に知られぬようにして翌日の勤務先である明神谷病院へと行くのだった。
一方、内乃介は翌朝、目覚めてから不思議なメイドと出会うのだ。
その名も神丹冬青。
この名前は、金満語と高麗語でホリーを意味する。
その冬青の話を聞くと、彼女がホリーの2038年バージョンであるらしいというので、その真相を探るべくドクター丘乃がいる明神谷病院へ20世紀のスポーツカー「ランボルギーニ・カウンタック」で疾走する。
内乃介と冬青が病院に入ってみたら、ドクター丘乃がいたのは薄暗い仮眠室。
そこで、ドクター丘乃は左手につけていた文字盤のある止まった腕時計を内乃介にみせつける。その腕時計は午後2時2分を差したまま止まっていたのが、現地の時刻が午後2時2分を過ぎたあたりから急に短針が反時計回りに動き始め、それと同調するかのように長針も左に回り出し、それが時間が経つにつれて加速度的にスピードアップしてゆく。
やがて、内乃介の隣にいた冬青が砂塵のようにサラッと消え失せ、なんと、ドクター丘乃の腕時計が止まった時刻までタイムトリップしたのだ。
その時刻が2018年12月24日午後2時2分。
そこに行方が分からなかったホリーが現れる。
彼女は、理由があって現れたのだ……。
㉕止まった腕時計
【午後二時過ぎ、明神谷病院にて】
コンコン
ドクター丘乃がいる病院の仮眠室を二回ノックした。
「どうぞ!」
ドクター丘乃の特徴のあるしゃがれた声だ。
ボクは神丹冬青の手を引いて、その部屋へ入ることにした。
部屋は靄がかかったかのように薄暗く、不思議なことにあま~いイチゴと生クリームの香りがする。
しかし、この部屋のどこを見渡しても、それらしいあま~いものはどこにも存在しない。
それどころか中央にある円型のテーブルの上には、食べ残しの太麺と豚骨スープが入ったカップラーメンとおにぎりを包んでいたとみられるビニール包装、真っ二つに折れた爪楊枝などが散らばっていて汚いったりゃありゃしない。
普通であればラーメンのニオいがするはずなのに、何かおかしい。
難病を克服したボクは、もうただの人間であって、不思議な能力も消え失せてしまったので、あま~い香りの謎も解くことができない。
☆ ☆ ☆
ドクター丘乃はといえば、二段ベッドの下段で白衣を着たまま横たわっていた。
昨夜、ボクと相当飲み過ぎてお疲れなのだろう。
ドクター丘乃こと丘乃柊音は、生まれ出ずる悩みを三百六十年以上も持っているのだから……。
そう思っていたら、何のことはない。
彼はいつもの高慢な態度で、
「やっと来たのか? 待ってたぞ」
とボクたちが来ることをあたかも知っていたかのような言葉を吐き、ベッドから颯爽と起き上がって、
「二人とも遠慮せずにこっちへ来い。汚ないこの部屋もすぐにきれいになるさ」
と変な事を言ってボクらを呼んだのだ。
これには、昨夜の件もあったので、ボクは驚愕するばかり。
ボクたちは、ドクター丘乃の言葉に応じるように、彼がいるベッドの方へと行った。
すると、間髪入れずに、ドクター丘乃はいつも左手に腕時計をしているはずなのに、ボクたちに向かって、
「今、何時だ?」
と尋ねて来る。
アレっ、なんか変だなとは思いながらも、ボクはブルーのジャケットの右内ポケットから最新型のスマホを取り出し、「二時一分二十秒です」と言うと、
ドクター丘乃が右手を右の眉に当てながら左手をボクたちの方に突き出すように向けてこう言った。
「う~ん。ついに来たか。コレを見てくれるか?」と。
ドクター丘乃の左手首には、到底二十一世紀のモノには見えない色褪せた文字盤のある腕時計。
しかも、その時計の針は完全に止まっている。
時刻は長針が2、短針が12の文字より六度ほど右に。
確かに止まっている。
「先生、時計止まっていますよ」
「それは、分かっておる。それで、この時計の時間は何時だ?」
「二時二分ですけど……。アレ、動き始めた。でも、逆に動いていますよ。先生!」
ボクがその腕時計を見ていたら、不思議なことが起こったのだ。
突然、短針が反時計回りに動き始めて、それが加速度的に動いてゆくのだ。
グルグルグルッグルグルグルッ……見ているだけで目が回りそうな超高速で短針と長針が左回りに動いてゆくのだ。
ボクは目が可笑しくなったのかと思い、横を見ると冬青も目を丸くしているようで、言葉を失うほどだった。
ただ訳が分からず茫然自失の状態でいると、やがて隣にいたはずの冬青が砂塵のようにサラリッと消えてしまった。
ボクは呆気にとられた。
冬青、冬青、冬青……。
今のは何なんだ!?
冬青は一体、どこへ行ってしまったんだ?
何なんだよ、コレは???
ドクター丘乃先生、何が起こっているんですか?
しかし、それを言葉にしようとしても言葉にはならなかった。
☆ ☆ ☆
ドクター丘乃は下段のベッドで目を瞑り仰向けになって両手を組んで臍の位置に置き、瞑想しているかのように見えて何か呟いている。
「時計が止まった時刻に戻りたまえ。時空を超えてキミたち二人が選択した時に戻りたまえ。二人の願いを叶えたまえ。我が約三百六十年の魂にかけて。神のご加護を。あめんぼ赤いなあいうえお 浮き藻に小エビも泳いでる 柿の木栗の木かきくけこ」
ボクはドクター丘乃に近づこうとすると、磁石のN極とN極が反発しあうように、結局、近づけなかった。
それからどれくらい時間が経ったのだろうか?
突然、ドクター丘乃が歓喜の声を上げた。
「やったぞ! やったぞ!!!!!」
「先生、どうされたのですか?」
「この時計が止まった時空間に戻れたんだ。結城君、今は二〇一八年十二月二十四日午後 二時二分。喜べ、キミたちの願いは叶ったんだ」
ドクター丘乃が諸手を挙げて喜びに満ち溢れているように、ボクには見えた。
ボクにはなんのことだかさっぱり分からなかった。
☆ ☆ ☆
しばらくすると、コンコンとこの部屋をノックする音がした。
すると、ドクター丘乃はベッドからすくっと起き上がり、
「私はお役ご免といったところかな。それでは、また」
と天井に向けて大きく右手を振りながら、天井の蓋のようなモノを開けて、天井の中へと入っていったのだった。
◎登場人物
ボク…結城内乃介。無限国六麓荘出身。永遠の39歳。難病患者。車椅子生活。無限国対馬出身の母を21歳の時に亡くし、ヤバーンスキー国出身のサイヤー人である資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父に1億円の小切手で縁を切られる。豪邸に住む。
ホリー…結城内乃介が飲んでいたクスリの副作用によって生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。2018年のキャラは貧しい舞台女優の卵であり、内乃介宅のメイド。これは内乃介が手がけたアニメ『お願い、ご主人様』から来ている。ナメクジが大の苦手。一方、宇宙船では船長を勤める。大好物はイチゴ大福。
アニーモ…結城内乃介とホリーの愛の結晶。絶対音感の持ち主で、ミュージカルスターに憧れる少女。明るさだけが取り柄。勉強は苦手。幼少時の記憶がない。母親の記憶もない。天真爛漫高校に通う。16歳。
ドクター丘乃…難病に関して一目置かれているフリーランサーのドクター。結城内乃介の主治医でもある。額に斑紋を持っているが、普通は髪の毛で覆い隠している。化石のコレクター。自称48歳。
神丹冬青…内乃介の家のメイド。高麗国平城県出身。親や姉弟がいない。気づいた時には内乃介の家にいた。
スレーニヤヤ・バボーシャ…内乃介の父親の代から数えて40年以上もこの大邸宅に仕えるベテランのメイド。癇癪持ち。その鬱憤を一番下っ端のメイドに晴らすのが生き甲斐。
クラシーバヤ・ウートカ…一番下っ端のメイド。いつもバボーシャにいじめられているが、へこたれない。18歳。メイドの仕事をしながら2037年に無限高校介護福祉科を卒業した。頑張り屋さん。




