㉑幻覚少女のまほろばはいずこに~その四
2018年に宇宙船のワープ時に意識を失った難病患者で永遠の39歳、結城内乃介。
彼が目覚めた時には難病を克服し、健常者になっていた。
しかし、時は2038年。20年も未来へ行ってしまっていたのだ。
そばには幻覚少女ホリーとの間に生まれた娘アニーモがいた。
だが、ホリーの行方は分からない。
宇宙船への援助をしていた内乃介の父親も既に他界して、ホリーの存在を知る手掛かりさえなかなか見つからない。
そんな折、主治医のドクター丘乃が自ら不死人間であることを内乃介に告白するのだった。
そして、ドクター丘乃こと丘乃柊音がホリーに関する手掛かりを掴んでいるのではないかと推測する内乃介。
だが、内乃介はドクター丘乃の奢りで飲んだ1億円以上もする超高級赤ワインに酔っ払ってしまい、翌日にドクター丘乃から話しを聞き出そうと大豪邸の自宅に招くのが精いっぱいだった…。
㉑幻覚少女のまほろばはいずこに~その四
【午前八時~、無限国六麓荘にある自宅にて】
(階段の下で出会った)キミは一体、何者なんだよって言いたいくらいの気持ちだったが、それは太ももに削ったばかりのマッターホルンのようなビシっと尖った鉛筆の芯を刺すようにぎゅーっと堪えて、
「キミは名前を言っていないだろ。ご主人様の部屋に入ろうと思うなら、まずはそこだろ。口があるなら、まずは名前から言えよ。それとも、名前を名乗れない理由でもあるのか?」
とそれでも結構、抑え気味に言ったつもりだったけれど、後から考えると言いたい放題言ってしまったなと後悔しきりだった。
彼女は告解の如く十字を切り、頭を下げて、儚げな声でボクに向かって言うのだった。
「ご主人様、神様に誓って申し上げます。誠に失礼いたしました。私をお赦し下さい。私の名前は神丹冬青と申します。出身は高麗国平城県でございます。両親はおりません。気がついた時にはこの家におりました。ただ………」
肝心な話の最中に、一番下っ端のメイドであるウートカの大音声がボクの耳を劈く。
「冬青、早く、早く、早くぅー!!!」
何が早くじゃ! 五月蝿いぞ~!!!
ウートカの声以外は何も聞こえんーーー。
ウートカは劇団『三寒四温』の舞台「山羊座の怪盗」に助演しただけあってエエ声をしているが、こういう時には腹が立って仕方がない。
ウートカの前世は、きっと『カミナリ』か、さもなくばはるか昔にティラノサウルスなど恐竜を絶滅させた『大隕石』に相違ないだろう。
そのウートカのせいで冬青の声が遮られてホトホト困っていたら、冬青が突然、パンドラ星の草原を飛び跳ねるホーリー・ラビットのようにアッという間に姿が見えなくなってしまったのだ。
おそらくウートカの方へ向かって行ったのでしょう。
それにしても速かった。
ボクが気になっていたのは、冬青が言った「ただ……」のあとの聞こえなかったフレーズ。
きっと、冬青はこのボクに何かを伝えようとしていたはずなのに……。
「ただ……」の後の言葉は、何だったのだろうか?
とても気になり、ボクは冬青が行った方へ咄嗟に駆け出していた。
気がついたら、息をゼーゼーと吐きながら居間に突っ立っていたのだった。
そこには、わが愛しの娘アニーモが既にいるではないか。
アニーモは、にこやかな表情をして駆け足でボクの方へと近づいて来る。
「お父さん、今朝のブレックファーストはワタシとウートカが初めて一致団結して作ったのよ。さあさあ、こっちに座って、召し上がれ~(笑)」
アニーモは自信たっぷりに言うものだから、かなり期待した。
しかし、メイドと初めて一致団結ということは、まさか娘は料理をしたのが今回が初めてだっていうことなのか?
何でもそうなのだが、期待値が高いほど、あとの落胆ぶりは想像を絶するものだ。
「期待しない。期待できない。期待するな……」。呪文のように何度も何度も心の中で唱えてから、まずはハムエッグから。
難病は完治したようなのだが、食事の時のあの不快感を思い出さずにはいられない。
味覚・嗅覚が麻痺していて味も素っ気もないわけだ。
当時は、それを補う意味で視覚的に捉えて、過去を振り返って思い出しながらじっくり時間を掛けて食べていたのだった。
いまは、そんな心配をすることもなく、本当に自由に食べられるだけで幸せなはずなのだが、このハムエッグは何なんだろう!?
甘酸っぱい味がする。
けれど、そこは我慢、我慢。
「お父さん、美味しい?」
「アニーモ、美味しいよ」
「お父さん、もっといっぱい食べて、ず~~~っと元気でいてね」
「ありがとう」
ボクは、こんな日が来るなんてとても想像さえできなかっただけに、嬉しくてたまらない。
しかし、いつまでもそんな甘い感情に酔いしれてばかりいてはいけないのだ。
先程のメイド、冬青を探して話を聞かなければ………。
◎登場人物
ボク…結城内乃介。無限国六麓荘出身。永遠の39歳。難病患者。車椅子生活。無限国対馬出身の母を21歳の時に亡くし、ヤバーンスキー国出身のサイヤー人である資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父に1億円の小切手で縁を切られる。豪邸に住む。
ホリー…結城内乃介が飲んでいたクスリの副作用によって生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。2018年のキャラは貧しい舞台女優の卵であり、内乃介宅のメイド。これは内乃介が手がけたアニメ『お願い、ご主人様』から来ている。ナメクジが大の苦手。一方、宇宙船では船長を勤める。大好物はイチゴ大福。
アニーモ…結城内乃介とホリーの愛の結晶。絶対音感の持ち主で、ミュージカルスターに憧れる少女。明るさだけが取り柄。勉強は苦手。幼少時の記憶がない。母親の記憶もない。天真爛漫高校に通う。16歳。
ドクター丘乃…難病に関して一目置かれているフリーランサーのドクター。結城内乃介の主治医でもある。額に斑紋を持っているが、普通は髪の毛で覆い隠している。化石のコレクター。自称48歳。
神丹冬青…内乃介の家のメイド。高麗国平城県出身。親や姉弟がいない。気づいた時には内乃介の家にいた。
スレーニヤヤ・バボーシャ…内乃介の父親の代から数えて40年以上もこの大邸宅に仕えるベテランのメイド。癇癪持ち。その鬱憤を一番下っ端のメイドに晴らすのが生き甲斐。
クラシーバヤ・ウートカ…一番下っ端のメイド。いつもバボーシャにいじめられているが、へこたれない。18歳。メイドの仕事をしながら2037年に無限高校介護福祉科を卒業した。頑張り屋さん。




