⑲幻覚少女のまほろばはいずこに~その二
2018年に宇宙船のワープ時に意識を失った難病患者で永遠の39歳、結城内乃介。
彼が目覚めた時には難病を克服し、健常者になっていた。
しかし、時は2038年。20年も未来へ行ってしまっていたのだ。
そばには幻覚少女ホリーとの間に生まれた娘アニーモがいた。
だが、ホリーの行方は分からない。
宇宙船への援助をしていた内乃介の父親も既に他界して、ホリーの存在を知る手掛かりさえなかなか見つからない。
そんな折、主治医のドクター丘乃が自ら不死人間であることを内乃介に告白するのだった。
そして、ドクター丘乃こと丘乃柊音がホリーに関する手掛かりを掴んでいるのではないかと推測する内乃介。
だが、内乃介はドクター丘乃の奢りで飲んだ1億円以上もする超高級赤ワインに酔っ払ってしまい、翌日にドクター丘乃から話しを聞き出そうと大豪邸の自宅に招くのが精いっぱいだった…。
⑲幻覚少女のまほろばはいずこに~その二
【早朝、無限国六麓荘にある自宅にて】
この家に仕えて早や四十年以上にもなるベテランのメイド、スレーニヤヤ・バボーシャが慌ただしげに腕を組みながら厨房と居間を行ったり来たりしている。
ボクは、その様子をベッドで寝ながらノートパソコンを開けて画面を通して覗いて見ていたのだ。
そんな中、一番下っ端でまだ十代のメイドであるクラシーバヤ・ウートカがベテランのバボーシャに発言する。
「バボーシャ様、今しがた厨房を統括するウラジミール・ゴルバ シェフよりお電話がございまして、昨夜にお嬢様が厨房 で働く者に対して本日の午前中を有給扱いにされたそうでございます。ですから、本日の早朝におかれましては、お食事を作るものがおりませぬ。バボーシャ様、いかがいたしましょうか?」
癇癪持ちのバボーシャは苛立ちを隠すことができず、
「オー、マイ・ゴッド! 本当にアニーモには呆れるわね。何様のつもり。ジャジャ馬にも程があるわよ。本当に困ったものだわ。おい、ウートカ。この件は、お坊っちゃまのお耳に入らぬようアナタが何とかしなさい」
と一番下のウートカに責任を押し付ける有り様なのだ。
ボクは、その一部始終をノートパソコンで覗き見していたものだから、思わずウヒョヒョ~と笑い転げてベッドから落ちそうになった。
そこへメイドたちの置かれた状況など何も知らずに♪ジャージャージャー・ジャーンと現れたのが、極彩色豊かなエプロン姿のボクの娘アニーモ。
その天真爛漫のアニーモは、
「ハーイ。皆さん、今朝のブレックファーストはワタシが作るから大丈夫よ。心配しないで。ただ、ワタシ、ご存知の通りこれまで料理を作ったことがないの。だから、メイドさんたち、手伝ってね」
と周囲の目線など全く気にしない。それが娘の魅力でもあるが、万人受けするとは限らない。逆に、反感を買う方が多いかもしれない。
ボクの予想どおり、古株でことし喜寿を迎えるバボーシャが、このアニーモの発言にカチンと来ていたのだった。
彼女の腸は既に煮えくり返っていたのだ。
しかし、ここは彼女にとっては大切な職場でもあるわけだ。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、
彼女はアニーモに淡々とこう言うのであった。
「お嬢様、私たちになんなりとお申しつけください。お嬢様のためならいかなる事でもいたしますので、お気になさらぬように」
一方、バボーシャは、目下のメイドたちには鬼のような形相できつく申し付けるのであった。
「皆さん、お嬢様のお言葉には絶対服従です。よろしいですね。ウートカが専属でやりなさい」
かなり豊満なウートカは嬉しそうな表情で、
「ハイ、バボーシャ様。仰せつかりました。誠に光栄に存じます。この私めがお嬢様をフォローさせていただきます。バボーシャ様に感謝致します」
と家中で地響きが鳴ったような馬鹿でかい声で答えたのだった。
☆ ☆ ☆
厨房に入ったアニーモとメイドのウートカ。
ウートカは、楚々とした黒いワンピースにエレガントな純白のエプロンをコーデしたピナフォアドレスを身に纏っている。このピナフォアドレスがこの家におけるメイドの仕事着なのだ。
「お嬢様、ブレックファーストは何になさいますか?」
「そうねえ。アナタに任せるわ。ところで、この変わった機械は何?」
「お嬢様、ポップアップトースターでございます。これで食パンを焼きます」
「そうなの。食パンを焼く調理器具ね。初めて見たわ。コレ、使ってみていい?」
「お嬢様、あいにく食パンは冷凍庫にしかございませんが、よろしいでしょうか?」
「エエッ! 食パンを冷凍庫なんかに入れて大丈夫なの!?」
「冷凍庫に入れることによって品質が保たれるのでございます。ですから、このポップアップトースターにも、冷凍パンのボタンがついてございます」
「へえ~! 冷凍パンのボタン。押してみよっと」
「いま押してもダメでございます。このトースターには手順がきちんとございます。だからでしょうか、このトースターのようなモノを製造している会社は絶滅しました。非常に残念でなりません」
「ハハハァ。絶滅って言い方が面白い。恐竜みたいね(笑)」
「お嬢様、申し訳ございません。心からお詫び申し上げます。私はヤバンスキー国の出身でございますので、無限語に問題が生じる時がございます。お嬢様、その際にはどうかご指摘下さいませ」
「ウートカの無限語は無限人よりきれいな無限語よ。大丈夫、大丈夫。大体、この無限国に純粋な無限人なんて殆どいないし。知っているでしょうけれど、この無限国は二〇二〇年から一気に人口が減少し、それ以降は金満人や高麗人、咖哩人が大量に流入して、今ではそういう人たちとの混血がほとんどよ。ちなみに、私のおじいさんはヤバンスキー国の出身だけどね」
「お嬢様、おじい様は私の恩人なの。そして……お嬢様のお母様も私の恩人なのよ」
「私のお母さんがアナタの恩人だって? どういう事なの!?」
「その話は………今は時間がございません。先にブレックファーストのご用意を……」
「ウートカ、どうして話を逸らすのよ」
「お嬢様、そうではございません。物事には優先順位というのが……それで、今はブレックファーストが……。でなければ、私がバボーシャ様から叱責を受けることに………」
ウートカの様子が何か変。
ウートカは言葉を濁すばかりか、アニーモの母親に関して一切語ろうとしない。
この厨房は暑いと言うよりかどちらかと言えば寒い方なのだが、彼女の額には汗の玉がはっきりと浮かんでいた。
一体、何があるというのだろうか?
◎登場人物
ボク…結城内乃介。無限国六麓荘出身。永遠の39歳。難病患者。車椅子生活。無限国対馬出身の母を21歳の時に亡くし、ヤバーンスキー国出身のサイヤー人である資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父に1億円の小切手で縁を切られる。豪邸に住む。
ホリー…結城内乃介が飲んでいたクスリの副作用によって生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。2018年のキャラは貧しい舞台女優の卵であり、内乃介宅のメイド。これは内乃介が手がけたアニメ『お願い、ご主人様』から来ている。ナメクジが大の苦手。一方、宇宙船では船長を勤める。大好物はイチゴ大福。
アニーモ…結城内乃介とホリーの愛の結晶。絶対音感の持ち主で、ミュージカルスターに憧れる少女。明るさだけが取り柄。勉強は苦手。幼少時の記憶がない。母親の記憶もない。天真爛漫高校に通う。16歳。
ドクター丘乃…難病に関して一目置かれているフリーランサーのドクター。結城内乃介の主治医でもある。額に斑紋を持っているが、普通は髪の毛で覆い隠している。化石のコレクター。自称48歳。
神丹冬青…内乃介の家のメイド。高麗国平城県出身。親や姉弟がいない。気づいた時には内乃介の家にいた。
スレーニヤヤ・バボーシャ…内乃介の父親の代から数えて40年以上もこの大邸宅に仕えるベテランのメイド。癇癪持ち。その鬱憤を一番下っ端のメイドに晴らすのが生き甲斐。
クラシーバヤ・ウートカ…一番下っ端のメイド。いつもバボーシャにいじめられているが、へこたれない。18歳。メイドの仕事をしながら2037年に無限高校介護福祉科を卒業した。頑張り屋さん。




