⑰ドクター丘乃《おかの》の隠された秘密
2018年に宇宙船のワープ時に意識を失った難病患者で永遠の39歳、結城内乃介。
彼が目覚めた時には難病を克服し、健常者になっていた。
しかし、時は2038年。20年も未来へ行ってしまっていたのだ。
そばには幻覚少女ホリーとの間に生まれた娘アニーモがいた。
だが、ホリーの行方は分からない。
宇宙船への援助をしていた内乃介の父親も既に他界して、ホリーの存在を知る手掛かりさえなかなか見つからない。
そんな折、内乃介は主治医のドクター丘乃と会い、ドクター丘乃のある秘密を知る……。
2018年に宇宙船のワープ時に意識を失った難病患者で永遠の39歳、結城内乃介。
彼が目覚めた時には難病を克服し、健常者になっていた。
しかし、時は2038年。20年も未来へ行ってしまっていたのだ。
そばには幻覚少女ホリーとの間に生まれた娘アニーモがいた。
だが、ホリーの行方は分からない。
宇宙船への援助をしていた内乃介の父親も既に他界して、ホリーの存在を知る手掛かりさえなかなか見つからない。
そんな折、内乃介は主治医のドクター丘乃と会い、ドクター丘乃のある秘密を知る……。
⑰ドクター丘乃の隠された秘密
【PM7時5分~ カフェバー『金木犀と青唐辛子』にて】
「『よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い』。これは、あるスノーブ国の政治家の言葉だ。いつも本格的なコーヒーが飲めるわけでもないが、コーヒーを永遠に飲むことができる人間もいる。この私のようにな」
「それは一体、どういう意味なのでしょうか?」
「言葉のとおりさ。私は死なない。死にたくても死ねない。代わりに、人間としての尊厳は保たれている」
「不老不死の薬でも入手されたのですか?」
「不老不死! そんな生温いものじゃない。私は姿を変えて既に三百六十年以上も生存しているのだよ。信じられるか?」
「………」
「そんなもの信じられるかっていう顔をしているなあ。それは、私も結城さんの立場なら同感だ。そんなことを周りに言ったところで、キチガイ扱いされるのがオチだろう。ハハハァ! しかし、これも宿命なのか、はじめの百五十年くらいは何も良いことがなかったですなあ」
「ずーっと生きられるのに、どうしてですか?」
「この隠されたモノを見てくれないか?」と言って、ドクター丘乃は髪の毛の前の部分をかき上げて、日頃は隠していた部分を露わにした。
ボクはひょっとして第三の眼と言われるアージュニャー・チャクラがそこにはあるのかなあと期待したんだが、少し大きめの斑紋で少し拍子抜けした。
ドクター丘乃はボクがその斑紋の意味を知っていると思ったのだろう、きっと。
ボクって、意外と期待外れな奴なんだ。
かなりマヌケだが、ドクター丘乃に直接、その斑紋について訊いてみることにした。
「コレには何か意味でもあるのでしょうか?」
「キミは知っているはずなんだけどな。キミの家にあったからな」
「えっ、ボクの家に来たことがあるんですか?」
「ドクター丘乃になる前にな。まあ、その話は今度でいい。話を戻そう。コレが何を現しているのかと言えば、不死人間のシンボルマーク。何を隠そう、私、丘乃柊音こそが不死人間なのだよ」
「不死人間! あ~~~、なんだっけ。喉の奥に引っかかって出ないなあ。そこまででっかかっているんだけど……。あっ、デッ、デッカイ奴。そのデッカイ奴が出て来る。そう、そう。ガリヴァー!ガリヴァー! そうですよね」
「結城さん、おもしろい人ですなあ。ハハハァ! ガリヴァー、確かにそうですな。『ガリヴァー旅行記』の中によく似たストラルドブラグという不死人間が出て来ます。アレは八十歳で法的には死者扱い。ひどい話ですが…。まあ、私の場合はそれとは似て非なるものとでも言いましょうか。私の記憶は今から約三百六十年以上も前からあるわけでして。そこがまず大きな違いですな」
「三百六十年以上も前からですか? その時代って、どんなことがありましたっけ? ちょっと待って下さい。スマホで音声入力して聴いてみますね」
ボクは洗いざらしの茶色いジャケットの内ポケットから動作が緩慢だった同じ人間とは思えないくらい素早く金満国製シェンナー《鮮那》のスマホを取り出した。
「ハーイ、ホリージュニア! こんばんは。およそ三百六十年前の無限国はどんな時代だった?」
スマホのホリージュニアは即座に答える。
「内乃介さん、こんばんは。およそ三百六十年前の無限国は瓦蕎麦時代前期です。狸親父幕府の時代ですね。それでは、その頃の主な出来事を紹介します。一六六六年、金満国からヒマワリが伝わる。一六六九年、アイヌモシリでウタリ民族と渡島藩が戦う。一六七一年、我夢キシリトール藩でお口の恋人騒動と呼ばれるお家騒動が勃発する。以上です」
「無限国は当時、狸親父幕府の時代でしたか。私はその頃、ヨーロッパのプロイセン王国にいましたから、当時の無限国の状況は初耳ですな。とにかく十七世紀のヨーロッパは激動の時代でしたな。私はまだその時は不老不死ではありませんでしたから、年を取れば目も悪くなるし、耳も不自由になり、足腰も弱くなっていきました。そして、世間からは邪魔者扱いされ、家の者たちは私を倉庫に入れ、鍵を締めて外に出られなくしてしまったんですな。幸いなことに記憶力の低下はほとんどなく、そこで私は考えました。不死だけでは不幸そのものだから、不老も求めようと。倉庫の中にあった書物を通じて様々なことを来る日も来る日もひたすら考えました。そこには、医学書や語学書、哲学書、法学書、薬学書、経営学書など様々な書物が宝のようにありましたからな、偶然にも。それからかなりの歳月が経った祭りの日のこと。いつも食事を持ってくるメイドに幾らかお金を渡して、その倉庫から抜け出し、不老を求める旅に出ました。あの開放感ったらなかったですなあ。それから、ある国で不老不死という吸血鬼ヴァンパイアの存在を知ることになりまして。彼らは集団で密かに闇の世界で暮らしていたんですな。それは、人間の生き血を吸う事によって不老不死を得ていたからなんですけれど……。私の目から見て、彼らもまた幸せには見えませんでしたな。ですから、彼らと話し合って、ある結論に達したんです」
「どういった結論なんですか?」
「その前にのどが渇いたので、赤ワインを少し飲ませてくれませんか?」。ドクター丘乃は、かなり疲れ切った様子だった。
「どうぞ、どうぞ」。ボクはその話の続きを早く聞きたかったが、ドクター丘乃が気持ちよく話してくれることを優先するにはそれが一番だと踏んだ。
彼は店員を呼んで、超ヴィンテージな一七六〇年度産のスノーブ国製赤ワイン『ロマネ・コンティ』を注文した。
しばらくして、蝶ネクタイ姿のワインソムリエ男が目を輝かせ、額には汗をかきながらやって来て、
「このDRCの赤ワイン『ロマネ・コンティ』は、当店に現在ありますロマネ・コンティの中でも最も歴史があります。また、ご存知かもしれませんが、銘柄の一部にもなっておりますコンティには由来がございます。ブルボン朝のコンティ公が国王ルイ十五世の愛人との争奪戦の末、ブルゴーニュ地方のドメーヌにある『神に約束された土地』を手に入れたものでして、その年が正に一七六〇年のモノです。これが、世界で最後の一七六〇年度モノだと言われております。ご堪能くださいませ」
と興奮状態のまま説明を終え、名残惜しそうに何度もボクたちの方を振り返っていた。
ボクはロマネ・コンティと聞いた瞬間、ワインソムリエ男の話はそっちのけで、もうおしっこが漏れそうなくらいビックリ仰天していた。
「せ、先生! ロ、ロマネ・コンティって年代物でなくても何十万とかするんじゃないんですか? すると、これは何百万とかするんじゃないんですか?」
ドクター丘乃は笑いながら、
「ハハハァ。そんなにビックリしなくても……。それぐらいで驚いていたら身が持ちませんよ」と言った後に、テーブルの上にどこから拾ってきたのか黒っぽい小石をドンとひとつ置いて、
ボクの耳に欹ててから小声でこう言うのだった。
「これはテーブルにあるモノ以上します。石置く。ハハハァ!」と。
ボクは、こんな時によくダジャレが言えたものだなあと思いながらも、しばらく声が出なかった。
額からは汗がどんどん出てくるし、鼻水も出て来て止まらなくなっていた。
しばらくして、ドクター丘乃に確認してみた。
「……ってことは1億円以上ってことですか?」
「結城さん、落ち着いて下さい。勘定はもちろん、私が全額持ちますから心配はご無用です。では、ちょっと飲んでから話の続きをしましょう」
「結城さんも良かったらワインをどうぞ」
「そう、そうですか? そう、おっしゃってくださるのなら、有り難く頂戴いたします」
「そんなに畏まらなくても……。赤ワインはポリフェノールが含まれていて身体にも良いですからね。特に、このロマネ・コンティは。スノーブ国の田舎臭いどこにでもありそうでどこにでもない自然なまろやかさがある。飲めば飲むほど分かってくるな。女性で言えば、決して見た目は美しくはないけれど、愛敬のあるぽっちゃりしたお尻のふっくらした感じってところですかな。結城さんには少しまだ早いかもしれませんがね。ハハハァ。今日は本当にこうして結城さんと飲める事ができて実に嬉しい。三百六十年以上生存してきて一番の至福の時間ですな。ありがとう。元気になってくれて、本当にありがとう」
ドクター丘乃の眼からは泪がホロホロホロホロと頬をつたって落ちていた。
☆ ☆ ☆
ドクター丘乃とボクは知らぬ間に超高級な赤ワインのボトルを1本も開けてしまった。
彼はほろ酔い気分でこう言ったのだ。
「このワインを一七六四年にも飲んだことを、この私の脳が覚えているんだ」
ボクは、その言葉で正気に返った。
「えっ、えっ。そ、それは、どういう意味なんですか?」
「われわれは魂だけを永遠に残そうと決めたんだよ。そうすれば、医療だけでなく文化や文明の進歩にも役立てられるのではないかと……。詰まるところ、不老不死を求めても幸せにはなれないってことをこの身で分かっていたから、未来の人の幸せを考えるようになったんだな。しかし、良い面もある。時代を超越して難病の克服に貢献できている現実があるからな」
ドクター丘乃は、酔っ払っているようには見えるものの、言語は至って明瞭だった。 それから、ボクは三百六十年以上も生存しているドクター丘乃に更なる畏敬の念を抱くようになっていったのだ。
◎登場人物
ボク…結城内乃介。無限国六麓荘出身。永遠の39歳。難病患者。車椅子生活。無限国対馬出身の母を21歳の時に亡くし、ヤバーンスキー国出身のサイヤー人である資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父に1億円の小切手で縁を切られる。豪邸に住む。
ホリー…結城内乃介が飲んでいたクスリの副作用によって生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。2018年のキャラは貧しい舞台女優の卵であり、内乃介宅のメイド。これは内乃介が手がけたアニメ『お願い、ご主人様』から来ている。ナメクジが大の苦手。一方、宇宙船では船長を勤める。大好物はイチゴ大福。
アニーモ…結城内乃介とホリーの愛の結晶。絶対音感の持ち主で、ミュージカルスターに憧れる少女。明るさだけが取り柄。勉強は苦手。幼少時の記憶がない。母親の記憶もない。天真爛漫高校に通う。16歳。
ドクター丘乃…難病に関して一目置かれているフリーランサーのドクター。結城内乃介の主治医でもある。額に斑紋を持っているが、普通は髪の毛で覆い隠している。化石のコレクター。自称48歳。
神丹冬青…内乃介の家のメイド。高麗国平城県出身。親や姉弟がいない。気づいた時には内乃介の家にいた。
スレーニヤヤ・バボーシャ…内乃介の父親の代から数えて40年以上もこの大邸宅に仕えるベテランのメイド。癇癪持ち。その鬱憤を一番下っ端のメイドに晴らすのが生き甲斐。
クラシーバヤ・ウートカ…一番下っ端のメイド。いつもバボーシャにいじめられているが、へこたれない。18歳。メイドの仕事をしながら2037年に無限高校介護福祉科を卒業した。頑張り屋さん。




