⑯いつ、どこで魂(アニーモ)は宿ったのだろうか?~そのニ
2018年に宇宙船のワープ時に意識を失った難病患者で永遠の39歳、結城内乃介。
彼が目覚めた時には難病を克服し、健常者になっていた。
しかし、時は2038年。20年も未来へ行ってしまっていたのだ。
そばには幻覚少女ホリーとの間に生まれた娘アニーモがいた。
だが、ホリーの行方は分からない。
宇宙船への援助をしていた内乃介の父親も既に他界して、ホリーの存在を知る手掛かりさえなかなか見つからない。
そんな折、内乃介は主治医のドクター丘乃と会う……。
⑯いつ、どこで魂は宿ったのだろうか?~そのニ
【無限市内の戸塚病院にて】
ボクは、駆け足で娘とドクター丘乃がいる診察室へ行き、ノックを二回して入った。ちょうど診察を終えた患者が出て来るところで、タイミングとしては実に良かった。
「あっ、どうも。ドクター丘乃先生、お久しぶりです」。ボクは、以前と変わらずだらしなく白衣を着ているドクター丘乃に一礼した。
ドクター丘乃はボクに向かってニンマリ笑顔で、
「その様子だと完治まではいかないまでも、ほぼ治ったのかなあ」
と余裕綽々たる発言。
「ドクター丘乃先生、どうもありがとうございます。何とお礼を言っていいのか……何しろ自分を取り戻したのが、ついさっきなもので。ボクの身に何が起こっていたのか全くわからないんですよ。何があったんでしょうか?」
すると、ドクター丘乃はデスクの上で頬杖をつきながら、こう述べた。
「結城さん、記憶と言うものは不思議なもので、脳の中で嫌な記憶を忘れようとする作用が自然と働くんですなあ。ですから、いま思い出せないのは、そういった記憶も含まれている可能性があるということでしょう。焦りは禁物です。お気持ちはお察しがつきますが、無理をすると以前の状態に戻るとも限りませんからなあ。石橋を叩いて渡るくらいゆっくり事を進めましょう」
「ドクター丘乃先生、どうもありがとうございます。ところで、今日は西暦何年の何月何日なのでしょうか?」
「今日はですね、二〇三六年一月十五日ですね」
「えっ、二〇三六年ですか?」
「そうですよ。この病院に救急搬送されたのは三週間前ですから、その時は二〇三五年でしたけれど……」
「ありがとうございます。ところで、先程から気になっていたのですが、先生の顔色が少し優れないように見えますけれど……」
「分かりますか? いや、昨夜は徹夜で次の学会で発表するリポートを作成していたものですから。ハハハァ! これでは、全く医者の不養生と言われても仕方がないですな」
☆ ☆ ☆
一方で、横にいた娘のアニーモが大はしゃぎで日勤で働く西尾看護師の手を煩わせていた。
「こら、アニーモ。また私のブラジャーを隠したでしょ」
「Bカップだからワタシが貰ったの。ウヒョヒョヒョー」
「こら、待ちなさい! はい、返すのよ。大人をからかっちゃダメですからね」
「はい、寄せて上げての実はAカップの西尾看護師さん。すみませんでした」
「何言っているのよ。Bカップなんだから」
ボクは、その会話を聞いていて恥ずかしくて仕方がなかった。
「西尾看護師さん、娘のことで申し訳ありません」
「お父さん、いいんですよ。それより、昨日までの結城さんとは別人みたいですね。アニーモ! お父さん、治ったの?」
「そうよ。お父さん、治ったんだよね」と言って娘のアニーモがボクの右手にしがみ付いてくる。
☆ ☆ ☆
娘のアニーモがドクター丘乃に向かって、
「先生は、スゴい。ワタシがお父さんの入院を知ったのが二週間前で、その時に先生は二週間でお父さんが治る可能性があるっておっしゃいました。そのとおりになっているって不思議だわ。先生って、もしかしてテレキネシスとかの超能力者。並みの医者じゃないわよね。中国的に言えば、蚤知之士でしょ。ワタシには分かるの」
ととんでもないことを言ったので、ボクは口をポカーンと開けるしかなかった。
ドクター丘乃は平然として、
「ハハハァ。娘さんは面白いことをおっしゃいますなあ。私にそのような力があれば、医者はやっておりません。難病にも色々ありますけどね、そう容易く治っていたら、私は苦労してまでフリーランサーの道を進んでいませんよ。ところで、結城さんと是非お話したいことがありましてね。今夜の七時過ぎなんですが、時間は空いておられますか?」
ドクター丘乃は一転して真顔になってボクの方へ詰め寄った。
「ええ、大丈夫です」
その横にいた娘が、
「お父さん、ワタシとの約束は? ねえ~、ねえ~」
と駄々を捏ねる。
ドクター丘乃は少し困った顔をして、
「娘さんと約束があったのですか? それはどうも失礼しました。恐れ入りますが、お嬢さん、今日のところは私にお父さんを譲っていただけませんでしょうか?」と言ったあと、娘に頭を下げた。
ドクター丘乃が娘に頭を下げてまで頼むような事だから、よほど大事な用件なのだろう。
一体、何だろうか?
ホリーに関係があるのだろうか?
☆ ☆ ☆
本を正せば、二〇三〇年のこと。
ドクター丘乃の発言がボクの脳を刺激したのは間違いのない事実だ。
「幻覚少女のホリーと上手く付き合えば怖くも何ともないはずだ。逆に、良き友として生涯共に歩める存在になり得るんだよ。キミは、それがおっさんでなくて実に運が良い」
この時のドクター丘乃は先を見通していたような気がする。
このドクター丘乃で思い出すのが、二〇一八年に出会った野呂医師。仕草や趣味嗜好があまりにも似ていからだ。
偶然なのか?
それとも必然?
野呂医師は、もうこの世にはいない。
二〇二〇年にニーグラカーホ国で暗殺されたことになっている。
何故か捜査が早々に打ち切られ、野呂医師の遺体も分からず終いだった。
で、咄嗟に、ボクは聞いてしまった。
これはボクが二〇三〇年から二〇一八年に逆行する前に調べはついていたので、その機会をこれまでずっと探していたんだ。
やっと、そのチャンスが巡って来たってところだ。
ちょうど娘のアニーモが西尾看護師とどこかへ行ったのも神の思し召しだろうか。
「先生は神経内科の野呂医師をご存知でしょうか?」
「えーっと、確かニーグラカーホ国で亡くなられた方ですよね。お若かったのに無念です。私は面識はありませんでしたがね」
「ドクター丘乃先生がアメリカから戻って来られたのは、確かその事件のすぐ後ですよね」
「まあ、事件のすぐ後かどうかまでは憶えていませんが……。それが何か関係があるんでしょうか?」
「ボクの推論ですから、聞き逃していただいて結構なんですけれどね。調べれば調べるほど腑に落ちない点ばかりが出てきまして……。先生がアメリカにおいでだったはずのカリフォルニア州の病院には先生は名前を登録していただけで一度も診察をしていませんよね。その間、先生はどこで何をしていたんでしょう? これは、ほんの序の口なんですが……」
「う~ん、まいりましたなあ。後ほどお話したい件と深く関わっていますので……。春氷を渡るような危険性がありますので、結城さんもくれぐれも気をつけていただきたい。では、のちほど」
いつもは穏やかな表情のドクター丘乃も、この時ばかりは神妙な面持ちでボクを凝視していた。
ボクが知らない何かがあるのだろうか?
◎登場人物
ボク…結城内乃介。39歳。難病患者。車椅子生活。母を21歳の時に亡くし、資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父に1億円の小切手で縁を切られる。そのカネでひとり豪邸に住む。その後、幻覚少女ホリーと巡り会い、人生が急展開。2030年から2018年に逆行したと思ったら、今度は2038年に。娘のアニーモが現れる。
ホリー…結城内乃介のクスリの副作用で生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。2018年のキャラは貧しい舞台女優の卵であり、内乃介宅のメイド。これは内乃介が描いたアニメ『お願い、ご主人様』から来ている。ナメクジが大の苦手。一方、宇宙船では船長を勤める。
アニーモ…結城内乃介とホリーの愛の結晶。絶対音感の持ち主で、ミュージカルスターに憧れる少女。明るさだけが取り柄。勉強は苦手。幼少時の記憶がない。母親の記憶もない。天真爛漫高校に通う。16歳。
ドクター丘乃…難病に関して一目置かれているフリーランサーのドクター。結城内乃介の主治医(2030年の世界)でもある。額に斑紋を持っているが、普通は髪の毛で覆い隠している。化石のコレクター。自称48歳。




