⑮いつ、どこで魂(アニーモ)は宿ったのだろうか?~その一
29歳で生涯治らないとされる難病にかかり、無気力となった青年、結城内乃介。
ある時、クスリの副作用で幻覚を見るようになった。その幻覚が彼を救うことになるとは?
その幻覚というのは、知的で天真爛漫な舞台女優の卵だった。その女性の名前はホリー。
ホリーは彼を過去の自分の世界や異世界へと連れ出し、彼を幸せの絶頂へと導くのだった…。
⑮いつ、どこで魂は宿ったのだろうか?~その一
♪浮き藻に小エビも泳いでる
柿の木栗の木かきくけこ
キツツキこつこつ枯れケヤキ………
ボクはいま、建物の屋上にいる。
何階建ての屋上なんだろうか?
八階、九階、それとも十階……それくらいの中高層建造物の屋上にいるような気がする。
どうして、ココにいるのかさえ分からない。
気づいたら、ココにいたのだ。
ココには人間らしき人間は、ボク以外にはたったひとり。
百メートル程先にいるブルーのジャージ姿の女性がひとりいるだけだ。
その女性はボクに対しては背を向けているから、顔まではハッキリと分からないが、ボクの記憶の中には存在しない女性であることはほぼ間違いはないように思えた。
背丈が百七十センチはあるだろうか。その割にはほっそりとしているが、出ているところはそれなりにしっかりと出ているようにも見える。
☆ ☆ ☆
夕刻なのだろうか。
超高層ビルが林立する街の建物の屋上で、彼女は茜色の空を見上げて、独特の節回しで歌を歌っている。
その背中とそのハイトーンな歌声から何か底知れぬほどの儚げなものを感じて仕方がない。
そこに、どうしてなのか分からないが、何か引っかかるものを感じる。
どう考えても説明がつかない、何か不可思議なモノを感じる。
こういう時は、心で感じることが大切だって、誰かが言っていたな。
☆ ☆ ☆
ボクは、しばらくその絵になりそうな風景とその女性をじっと眺めることにした。
どれくらいの時間が経ったのだろうか?
彼女が振り返ってボクの方を見た。
確かに、見た。
しかも、単にボクを見たワケではなさそうだ。
ボクがいることを確かに確認していた。
ボクのことを間違いなく知っている顔だった。
その顔は、明るく微笑んでいてあったかさが感じられた。
そして、彼女は、
「お父さ~ん、お父さ~ん!」
とボクの顔を見つめながらにこやかな表情で、このボクを呼んでいる。
念のために、周りを見渡したが誰もいない。
一体全体この状況はどういうことなんだ?
ホリー、教えてくれないか?
ボクには、この状況が全くのみ込めないんだ。
ホリー! 聴こえていないのか?
ホリーは、どこへ行ってしまったんだ?
ボクが記憶している最後の方と言えば、宇宙船に乗ってワープした時に頭がフワフワとぼんやりして、気が遠くなったことだけだ。
その先の記憶は、ホリーを捜し求めて途方もなく歩いていたこと。
だが、その時のボクはアキネジア――無動で歩けないから、この記憶は当てにはならないだろう。
そんなことを考えていたら、歌っていた女性がゆっくりとボクの方へと近づいてくるではないか。
ホリー、ボクはどうすればいいんだ?
☆ ☆ ☆
「お父さん、ワタシの歌声どうだった? 満点だったでしょう(笑)。ワタシの声って、母さんの声に似ている? 母さんって、どんな人? 母さんに会いたいなあ」
彼女は『母さん』=『ホリー』のことを知りたがっている。
ってことは、彼女はボクの娘なのか?
ホリーがあの時、お腹に宿したボクとの愛の結晶『アニーモ』なのか?
きっと、そうなんだろう。
ボクは彼女の質問に答えられる範囲内で答えた。
「母さんはステキな女性だった。いつもにこやかで、皆んなから愛されていたよ。父さんにとっては生命より大切な人。まあ、そんなところかな」
「良かった。母さんの写真が一枚もなかったから、ちょっと気になっていたんだ」
そう言えば、ホリーの写真を撮ったことってあったっけ。
二〇一八年にホリーが人間になってからも、ホリーは写真や映像に残すことをひたすら拒んでいたっけ。
確か、ナイショで撮った写真が、財布に一枚入っていたはずだ。
「父さんの財布はどこだっけ?」
「お父さんはいつも同じでしょ。ジーパンの後ろにいつも入れているじゃないの」
「そうだっけ。ありがとう」
かなりくたびれたジーパンの後ろを弄ると確かにあった。
「ところで、お父さんはもう大丈夫なの?」
っていうことは、ボクは可笑しかったのか?
「お父さんはもう大丈夫だ」
「良かった。お父さん、治ったんだね。ドクター丘乃先生が言っていたとおりちょうど二週間でお父さんの病気が治った。あの先生、超能力者みたい。すごい!」
ドクター丘乃がいるってことは、今は二〇一八年じゃないってことなのか?
ってことは二〇三〇年、それよりもっと未来なのか?
ボクの難病は治ったみたいだが……。
どうして治ったんだ?
それより、ホリーはどこへ行ってしまったんだろう?
ボクの疑問は深まるばかりだった。
☆ ☆ ☆
「お父さん、寒くなってきたよ。部屋に戻ろうよ」
ボクは、冷え切った娘の両手を握り締めて、屋上から降りて行った。
「お父さん、本当に元気になったんだね」
娘は、これ以上ない笑顔でいるから、ボクもついつい笑ってしまった。
その後、ホリーの写真を見て分かったことがひとつある。
娘の笑顔はホリーの笑顔にそっくりだってことを。
◎登場人物
ボク…結城内乃介。39歳。難病患者。車椅子生活。母を21歳の時に亡くし、資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父に1億円の小切手で縁を切られる。そのカネでひとり豪邸に住む。その後、幻覚少女ホリーと巡り会い、人生が急展開。2030年から2018年に逆行したと思ったら、今度は2038年に。娘のアニーモが現れる。
ホリー…結城内乃介が服用するクスリの副作用によって生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。2018年のキャラは貧しい舞台女優の卵であり、内乃介宅のメイド。これは内乃介が描いたアニメ『お願い、ご主人様』から来ている。ナメクジが大の苦手。一方、宇宙船では船長を勤める。
アニーモ…結城内乃介とホリーの愛の結晶。絶対音感の持ち主で、ミュージカルスターに憧れる少女。明るさだけが取り柄。勉強は苦手。幼少時の記憶がない。母親の記憶もない。天真爛漫高校に通う。16歳。
ドクター丘乃…難病に関して一目置かれているフリーランサーのドクター。結城内乃介の主治医(2030年の世界)でもある。額に斑紋を持っているが、普通は髪の毛で覆い隠している。化石のコレクター。自称48歳。




