⑩ワイワイワッショイわいうえを
29歳で生涯治らないとされる難病にかかり、無気力となった青年、結城内乃介。
ある時、クスリの副作用で幻覚を見るようになった。その幻覚が彼を救うことになるとは?
その幻覚というのは、知的で天真爛漫な舞台女優の卵だった。その女性の名前はホリー。
ホリーは彼を過去の自分の世界や異世界へと連れ出し、彼を幸せの絶頂へと導くのだった…。
⑩ワイワイワッショイわいうえを
ボクの寝室にある高性能で大型のディスプレイ画像に、お洒落な宇宙服姿の女性が登場した。
その女性が動き出し、明るい声で話し始めたのだ。
「皆さん、初めまして。♪ ワイワイワッショイわいうえをの脳天気なソラです。ここ何処か分かる人いますか? ホリーを除いてね。ウフフッ」
「………」
ボクの寝室には十数人いるが、ボクを気遣ってかシーンと静まり返っていた。
それを打ち破るように、ボクは思ったままをホリーにぶつけてみた。
「ウソだろー、ホリー。ソラってキミと瓜二つじゃないか? コレは偶然と言うべきなのか? それとも、ボクらをいつものように楽しませようとして、キミが事前に収録したものなのか?」
だが、そうは言ってみたものの、何が何だかよく分からなかった。
このボクの疑問に対してホリーは、ハッキリと正直にこう明言した。
「コレは録画でもなければ、向こう側に映っているソラは、ワタシじゃない。まあ、妹みたいなものね。コレがもう一つの良いニュースってわけ。向こう側はM七十八星雲のパンドラ星よ。スゴいでしょう」。
それに反して、パンドラ星への期待度が高かったボクの寝室にいる隊員たちからは、
「アア~~。何だよ、コレは……」
「ウソでしょ。砂漠に樹々が生い茂っているだけ…」
「エエ、コレがパンドラ星なんだ。ハァ」
何とも言えないどよめきやらため息が……。
ボクは、このもどかしさをどこにぶつければいいのだろうか?
結局、ホリーに矛先を向けるしかなかった。
ボクってダメなヤツなんだ。こん畜生!
「ホリー、一体全体どうなっているんだ。出発は明日のはずじゃなかったのか?」
そこにモニターのソラがしゃしゃり出てきやがった。
ソラって一体、何者なんだ?
「ホリー、ワタシから言わせて。二人に口論してほしくないの。分かって」
ホリーはソラを信用しているのか、
「分かったわ。内乃介に説明してくれる?」と言っただけだった。
ソラはまるで夏の太陽に向かって咲く向日葵のような屈託のない明るい表情で、
「結城内乃介さん、ワタシの使命はあくまでもアナタの難病を治すことにあるってことよく憶えておいてね」とさらりと言うのだ。
「了解しました」。ボクには、お互いにとって差し障りのないありきたりな言葉しか浮かばなかった。
「分かってくれてありがとう。それでワタシは先遣隊として派遣されたの。コレは宇宙船『ヤバンスキーズ』に色んな問題が出て来たためなの。それについては結城さんもご存知でしょう?」
「ええ。宇宙船がポンコツ野郎だってことなら……」
「その通り。だから、未完成だけれど可能性のある無限国製小型宇宙船『未来』を先遣隊として送り出す必要があったの。でも、この任務を果たせる船長がいなかったのよ」
「まさか。ソラはホリーのアレなのか?」
「まあ、普通の人間であれば……(倫理上の問題にもなるけれど……)」
ソラの言葉を遮るように、ボクは大声で叫んだ。
「みんな、悪い! 体調が良くないんだ。ちょっと席を外してくれないか」
人生経験豊富で勘が鋭い谷ジイは、
「お坊ちゃん、大丈夫ですか? 困った時はお互い様。自然に身を任せれば何とかなりますからな。では、みんな、退散するぞ」と寝室にいる人たちを一斉に外に出させた。
そして、ホリーとボク以外はこの寝室からいなくなった。
「何をしてくれたんだい? ボクはそこまでして健常者に戻りたくない。これは、もしかしてオヤジの差し金なのか? それなら、まっぴらごめんだ。なんてことだ。これじゃ、金満国がやっていることと大差ないのではないか? 昨今の金満国では、カニクイザルをクローン化させ、その中脳の一部を移植させることによって、コミューン党幹部たちの難病を治そうと躍起になっているだろう……。今回の件では、キミたちに本当に迷惑をかけてしまった。すまない。ごめん」。ボクは目を瞑り、謝罪した。
「アナタ、そんなに自分を責めなくていいのよ。私たちはあなたに治ってほしいだけなの。ただそれだけなの。わかって。わかってほしい……」。ホリーは目に涙を潤ませていた。
「お二人さん、聞いてください。聞こえていますか? 大事な話です。この星に来てわかったことがあります。この星の芳しい香りです。コーヒーの香りに似ています。そして、この難病とコーヒーとの関わりについて以前から指摘されてきました。実際、この難病が人口比で一番少ない国はニーグラカーホ国です。ニーグラカーホ国は、世界有数のコーヒー生産国です。しかし、この研究はどうしてなのかは分かりませんが、無限国で百年以上もほぼ継続して研究されていて、研究者はこれまで七人いるのですが生存者は一人だけです。コレには何かウラがありそうですが、いま私たちが直接的に関与する問題ではないと思われます。それよりも、アナタがここに来ることによってその成果が証明されるものと実感しております。ここに来てからワタシなりに確証を得たのです。具体的な話は合流してからということで……以上です」。
ディスプレイの画面がプツっと消え、真っ暗になった。
ソラが宇宙船に戻る時間上の関係のようだった。
「アナタは今のソラの話を聞いてどう感じたの?」
「キミたち二人の倫理上の問題を除けば、良いことづくめだから、何も言うことはない」
「アナタ、まだ怒っているのね。ワタシはアナタの創造物に過ぎないのよ。それが、この時代では、奇跡的にワタシは人間となり得ただけなの。もちろん、アナタには感謝しているわ。お腹の中にはアナタの子どもも授かったのよ。だから、アナタをどうしても助けたいの。倫理が何だって言うの。そんなことより、この宇宙上でアナタが、アナタが一番大切なの。分かって……」。ホリーは、涙ながらにボクに切実に訴えた。
「……………」
ボクは、言葉が出なかった。
◎登場人物
ボク…結城内乃介。39歳。難病患者。車椅子生活。母を21歳の時に亡くし、資産家の父はその2年後に愛人と再婚。内乃介は父から1億円の小切手を渡されて縁を切られる。ひとり豪邸に住む。
ホリー…結城内乃介のクスリの副作用で生み出された幻覚少女。推定年齢18歳。東洋哲学・脳神経細胞・心理学に造詣が深い。ホリーの名の由来は、映画『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが演じた役名から来ている。
谷垣さん…結城内乃介が幼いころから住んでいた大邸宅の執事。内乃介が難病であることを知って、彼を助けるためにM78星雲のパンドラ星へ行くことに。68歳。




