8話
巨体には似つかわしくない程の早さとしなやかさ。犬神本来の姿に戻っている京井は、大柄な男のすぐ後ろに迫ると飛び掛かった。だが、男は横にずれてかわした。かわされる事を最初から見越していたのか、とんっとむつの前に下り立つとするっとむつの後ろに回り込み隣にやってきて座った。唸り声はあげないものの、鼻にシワを寄せて太い牙を見せ威嚇している。
「ありがとう。次は…」
ふわふわの手を撫でながら、むつはぼそっと呟いた。ほんの僅かな、口が少し動いただけのようにしか見えなかったが、しっかりと京井には聞こえたのか、ぴくっと耳を動かした。ふるっと尻尾を持ち上げてむつの背中を、励ますように撫でた。
むつは大柄な男にぴたっと視線を向けると、ふぅと短く息をついた。そして、手のひらの炎を消すと、床に膝をついた。冷たく固いコンクリートの感触が、嫌な記憶を思い起こさせむつの腕にびっしりと鳥肌が立った。目を閉じたむつは、はぁぁと吐息を漏らすと両手で床を押すようにして手をついた。
かっとむつが目を開くと、両手から吹き出すようにしてオレンジ色の光が生まれて、熱風と共に地下牢全体に這うようにして炎が広がっていった。ほんの一瞬の爆発的な炎は、すぐに消えていた。




