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7話
むつと京井は僅かな距離を開けたまま、動こうともしない。どちらも相手が、どう出るかをうかがっているようだった。むつの左手は柄の上に置かれている。すぐに抜く気がないようだった。その代わり、そろっと右手が腰のベルトに伸びた。
「むぅちゃん…」
京井がいつもの優しげな口調で名前を呼んでも、むつは答えない。記憶がなかったとしても、一緒に寝たり少しずつ元気になり、ようやく笑顔も見せてくれるようにったむつが無表情のまま、立ち尽くしている姿は悲しげでもあった。
素早く引き抜いた細いナイフを、じっと見て何か考えている風なむつは視線は京井から反らさない。
相変わらず、気だるげな様子でのろのろと持ち上げた右手を、意外なほど素早く振り下ろしてナイフを投げた。表情が全く変わらないせいか、投げられても咄嗟に反応は出来なかった。だが、投げられたナイフは冬四郎の顔の横を通り過ぎただけだった。京井の視線が一瞬反れた間に、むつは走り込んで距離を縮めてきている。




