6話
夕食に出た粥にもほとんど手をつけなかったむつだが、薬はきちんと飲み、すでに布団にくるまって、うとうとしている。時折、布団の中からちりんっと音が聞こえてくる。それに冬四郎は、あまりいい顔をしていない。むつがつけて欲しそうにしていたから、右手では邪魔になるからと左の小指につけ直してはいた。そのうちに音もしなくなり、布団が微かに上下するだけになっていた。
「寝たみたいですね」
「えぇ…まだ熱も高いですし起きてるもの疲れるんでしょうね」
冬四郎にそっと布団の隙間からむつの寝顔を確認し、頷いて見せた。
「それにしても記憶がないというのは、人格まで変わってしまうものなんですね。普段のむぅちゃんを知ってるだけに…違和感を感じますよ」
「それは…たぶん、みんな思ってるでしょうね。こんなに大人しくて、おどおどしてる所なんて見た覚えありませんから」
「やはり、見ず知らずの人に囲まれて何も分からずで不安で仕方ながないのでしょうね」
「えぇ…こんな状態で、もし退院出来るとなって大丈夫なんでしょうか?」
冬四郎の問いには京井も何とも、答えられなかった。大丈夫なようには思えない。だが、入院しているよりは健康的ではある気もしていた。
「宮前さん…こんな事、言っては何ですけど。むぅちゃんがこのままでもいいんじゃないかって気がします…嫌な事があったからその記憶ごと、私たちの事も忘れてるとしても、また新しく関係を築いていけばいいと思います。それに…」
「よろず屋から離れれば、危ない事が減りますね。一般的な女の子としての生活が出来ると思います」
冬四郎が引き継いで言うと、同じ事を考えていたのかと京井はほっとしたような表情を浮かべた。