5話
男は京井の手首を下から掴むようにすると、軽々と下半身を持上げて胸の辺りをとんっと爪先で蹴った。軽く触れただけのようだったが、京井は顔をしかめた。そのすきに、男は手を後ろに回すと大型のナイフを引き抜き京井の腕に突き刺した。あっという間の出来事に、冬四郎も西原も動けずに居た。
「怪我してまともに動けない犬が…お前に何が出来るんだ?」
男は京井の手から逃れ、耳元に顔を寄せて呟くとナイフを引き抜いた。あっという間にスーツは真っ赤に染まり、ぼたぼたと床に血溜まりが出来ていく。
「っ…」
「京井さんっ‼大丈夫ですか?」
西原は駆け寄り、巻いてきていたマフラーを京井の腕に巻き付けて、ぎゅっと縛って止血をした。だが、傷口は深いのかじわじわと血が浮かんできていた。
「な、何でそんなに険悪なんですか?2人とも‼八つ当たりしあってる場合じゃないんですよ?」
叱られるように言われ、京井は苦々しく笑った。その京井の額には、うっすらと汗が浮かんできている。
「すぐに救急車を」
携帯を取り出した西原の手を京井がせいした。病院なんかで、手当てを受けるわけにはいかないと思っているようだった。
「俺にもお前たちにも今は何も出来ない。むつが自ら出てくるのを待つか…あいつらが次の手を打ってくるのを待つか。反撃の機会を望むなよ。むつが戻る事だけを考えおけ。それから、日本刀は何があっても隠しておく事だな」