5話
だが、むつはスプーンを取ろうともしない。空腹だし、この匂いを前に我慢している気にはとうていなれない。狐が、どうしたのかとむつを見ると、むつは困ったような顔をした。
「複雑なんだよ。美味しそうだし、お腹はかなり空いてる…けど、知らないうちに言った事の結果が、これなんだもんね。手放す物と得る物どっちが大きいかな…」
「…今は身体が弱っている状況です。得る物は休息と栄養のある食事。得る物もあなた様にとっては小さな物ではありませんよ」
「そうだね…今は、ね…」
「これからの事は、あなた様次第ですよ。今はしっかりとお食べになって、休むのが1番ですよ」
「………」
狐の優しくも最なもな言い様を聞き、むつは苦笑いを浮かべて。狐の頭を撫でた。
「何ですか?もう」
「いやいや、敵…よね?そんなあたしを慰めるような事言ってーっ‼まだ何か企んでる?つーか、そんなあたし寄りな事言っちゃって良いわけ?危ないよ」
「…たっ、企んでませんよ‼それに、ここには監視の目はありませんから。それに、それにですよ…むつ様のような方が人間の中にも居るんだなと思うと、何だか嬉しいんです」
「んー?妖を退治できるような、あたしが?」
「えぇ、ここにはそういう方は沢山居ます。ですから、私どもは従う事で生きております…ですが、むつ様は力を奮うような事もありませんし」
「いや、だって手錠が…」
「それもそうですけど。ちょっと…今までには出会う事のなかった方ですね」
「…ここでの生活は辛い?」