5話
足音は聞こえなかったが、遠ざかっていく気配がした。むつは言われた通りに、もう少し休もうと思っていた。何かを考えるにしても、そんなに頭が働いてくれるわけではない。今は、何よりも休みたかった。横たわっている場所も柔らかく、暖かい。むつは、睡魔に抗う事なく、あっという間に眠りについた。
どのくらい眠ったのだろうか。むつはゆっくりと目を開けた。そして、自分が今いる場所が檻の中の冷たいコンクリートの上ではなく、ふかふかとした白い清潔なシーツのついたベッドの上だと分かると、目を閉じて溜め息をついた。同じように過ごすなら、断然後者の方が良いに決まっているが、むつの心境は複雑だった。
「よく、お眠りでしたね。ご気分はいかがですか?」
先程の声が聞こえ、むつは目を開けて声の方に首を動かした。頭の部分しか見えないが、そこには狐が居た。
「気分は…最悪としか言えないね」
溜め息混じりにむつが言うと、狐は困ったように首を傾げるだけだった。
「…ごめん、あなたが悪いわけじゃないのに」
むつは横向きになると、手を伸ばそうとしてまだ手枷がついたままになっているのに気付くと、ふっと鼻で笑った。そして、両手を動かして狐の頭を撫でた。ふかりとした、冬毛は柔らかく暖かだった。