5話
ほんの短い時間での出来事だったが、むつには長い時間のように思えていた。呆然としていたが、さっと立ち上がった。だが、毛布が絡んだのか転びコンクリートに顔面を打ち付けた。痛そうに呻いていたが、ずりずりと這っていくと両手で柵を掴んだ。手枷で柵に当たって、がちゃがちゃと鳴った。その耳障りな音も気にせず、むつは何度も柵を揺すった。何度、揺すろうとも柵が開くわけでも手枷が外れるわけでもない。
「誰か…」
むつは絞り出すような声と共に、ぼろぼろと涙を溢していた。だが、先程のような虚ろで暗い目ではなく獣のように、ぎらつくような目をしていた。
こんな所に閉じ込められ、身に付ける物もなく、寒さと痛みにじっと耐えていただけに男の言葉を信じるのもおかしな話だとは思っていた。だが、あの聞き覚えのある声に、むつはほんのりとした希望と一緒に自分でも不気味に思えるような薄暗い気持ちを抱えていた。
機会を見て、何としてでも。何なら、この場全てを焼き付くして何も残らない程にしてでも、抜け出してやろうと。誰が死のうと、どうなろうと構わない。じわじわとそんな気持ちが、胸の内を犯していくようだった。