5話
足音はゆっくりとだが、確実にむつの居る方へと向かってきていた。寒さも気にならず、完全に目の覚めているむつは緊張と恐怖とを持ち合わせたまま、じっと息を殺していた。
こつこつと足音が大きくなり、やがて立ち止まった。むつは長い髪の毛の隙間から、そっと目を開けてみた。だが、寝転んでいる状態だからか、足しか見えない。立ち止まった何者かが、むつの顔を確認するかのようにしゃがんだ。だが、やはりむつにはその物が何者なのか分からなかった。
「むつ…」
微かな声に名前を呼ばれた。咄嗟の事に驚き、顔を上げてしまった。しまったと思ったが、もう遅い。仕方なさそうに、むつはのろのろと身体を起こして柵の向こう側を見た。
薄暗いからか、相手の顔は見えないが体格と声からして男のようだった。
「もう無理しなくていい。だが…もう少し耐えて機会を待つんだ。いいな?」
男が何を言っているのか、むつにはよく分からなかったが、どこかで聞いた事のあるような懐かしさのある優しげな口調だった。
「もう少し待ってろ」
男はそれだけ言うと、さっと立ち上がり背中を向けて歩き出した。来た時には足音を立てていたのに、今は足音もなく遠ざかっていく。あっという間に暗闇に溶けるように、姿が見えなくなった。