1話
廊下に入った女は、ぴたっと足を止めた。空いている手で、パーカーのポケットから携帯を取り出して、片手で器用に操作した。届いているメッセージを読み、返事を返すまで女は立ち止まったままだった。
返事を返し、手に携帯を持ったまま女はキッチンに向かおうとして、はっとした。黒渕眼鏡の下の、アーモンド形の目を大きく見開いた。
どさっと買い物と携帯を落として、すぐに身を引こうとしたが間に合わなかった。室内の暗闇から、にゅっと伸びた手に胸ぐらを掴まれドアに押し付けられた。ぐっと女の苦しげな声を上げた女だったが、胸ぐらを掴んでいる手を掴み返すとその手を引き寄せるようにして、身を横にずらして相手の顔に手を伸ばした。このまま身体の位置を入れ換えようとしたが、叶わなかった。
自ら身を寄せてきた相手は、女をドアに再度押し付けた。そして、女の口元を手で覆った。女は抵抗をしたが、力ではとても敵うものではなく、女の身体から次第に力が抜けて、ずるずるとドアにもたれたまま座り込んでいった。
女は懸命にも顔を上げて、相手を睨んだ。だが、すでに指を動かすような力もなく、ゆっくりと目を閉じていった。