3話
口にくわえた携帯を噛み砕いてしまわないよう、気を付けつつ京井は後ろ足で思いきりビルの屋上にあるフェンスを蹴った。弧を描くようにして飛び、次のビルに飛び移った。
臭いは確実に近付いてきている。相手の移動手段は車かと思っていたが、バイクではないかと京井は思っていた。車であれば、信号で引っ掛かるうちにすぐに追い付ける。だが、バイクなら隙間をぬって進んでいける。こうも追い付きそうで、追い付けないとなるとそうとしか思えなかった。となると、やはり相手側の罠と思えた。バイクでむつを連れて行くなど、逃げ出す絶好のチャンスをむつが見逃して大人しくしているはずかない。もし本当に大人しく連れ出されているのだとしたら、この臭いの元となる血が流れている傷はかなり大きな物という事だろう。
むつが行方不明となって1週間だ。あんな寒く暗い場所に監禁されていたうえに、怪我までさせられているのだとしたら、むつの身体も心も相当に弱っているに違いないだろう。そう思うと、京井は傷口から溢れてくる血を気にもせず、またビルを飛び越えられた。
『京井さん‼事務所からどこに向かってる!?』
くわえていた携帯から、山上の怒鳴り声のような物が聞こえた。向こうも切羽詰まっている様子が、声からでも伝わってくる。
「そうですね…っ‼と…この先、むぅちゃんの自宅方向だと思います。地下鉄の駅の上を高速が走ってますよね?その道を真っ直ぐに進んでます」
『分かった』