114話 撃沈した瞬間
「さぁ、話をしてもらおうか」
そうアーロンが切り出したのは、夕食もとり、一息ついていた時だった。
とりあえず、先に責任者への報告はしたらしい。今後は私たちの召喚獣に同乗してでも先生又は騎士が付くと言われたそうだ。危ないことは避けるようにと念押しはされていたけれど、キメラから逃げることができたのか、怪しいと思う。ありえないモノに出会ったのは、私がいたからではないかと落ち込みそうになる。
陣営に戻る途中でクレトとルカには人に言うな、気にするなとは言われたけれど、ルカなどは私がいない時には手ごたえがないほど予想通りの魔物にしか出会ったことはないと聞くし、私の希少種への出会い率の高さはかなりのものではないかと思う。
私が何の詠唱を唱えたのかは、クレトがしっかり聞いていたらしく、報告は行っている。
唱えたのは、以前城壁を壊すのに間違って使った【粒子分解】だ。
初めての領地対抗戦では緊張もあったのだろう、威力が強かったなという印象しかなかったのだが、後々、あれは間違えて使ったと分かったのだ。
前等部の担任キンダリー先生からは「上級魔法の中でも特殊な魔法だね。よく発動したと思うよ」と言われたから。複合魔法ではないらしいが、使ったことのない上級魔法を使えたことに驚かれた。
本で読んだ知識が頭に残っていたのだろうか。
今回、できたら魔物の体全てが粒子に分解されてくれたらよかったのだけど、そこまでの威力が足りなかったのか、原因は分からないが、キメラの元になった四体の動物に分かれてくれた。魔物の肌が堅かったのは、たぶん石化のコカトリスの力だったのだろうとは思うが、そこも分からない。
「私もはっきり分かって、使ったわけではないんです」
「あら、そんなのしてみたいって言ったあの時から気付いているわよ」
さいですか、マルガリータさま。
「マルガリータさまのトサカと言われた言葉に、そういえばコカトリス自体が複合の魔物だなと思ったのです。だから、以前ただの城壁を壊すのに間違って使った詠唱を使ってみました。分解するので、魔物が分解されてくれたらいいなぁと思いまして」
「マルガリータがよいヒントをくれたようだな」
「アーロン、あなたが倒れて、他のメンバーが呆然となっていたから、激励しただけなのよ。恥ずかしいわぁ、そこまで褒められると。照れるじゃないの。もう、やめてよ」
バンバンと肩を叩かれ、痛そうに顔をしかめるアーロン。
はてさて、そこまで照れるほど褒めていただろうか?
「マルガリータさまがいたからこそ、勝てたと思います。ヒントも下さり、一番大変な魔物も率先して倒されたのですよね。さすがは我がアンブル領の輝石! 戦いの女神ヴァルキューレも真っ青の勇気と活躍は御身の美しさも相まり眩しすぎて直視できないほどでした!」
私は言いながらだんだんのってきてしまい、マルガリータを煽ってみた。豚もおだてりゃ木に……いや、豚じゃないし、黒と赤の衣装はどっちかというと、ドロン……そこまで考えてマルガリータのジト目に気付く。
「シャイン、一番の功績者のあなたからそこまで言われるとさすがに嫌味よ」
「とんでもないです! 結局倒したのはマルガリータさまたちでしたし! 私は自分の体すら支えることができていなかったので、危なかったのを助けていただいた形ですっ、感謝しておりますっ!」
冷汗をかきつつ、急ぎ答える。マルガリータがノリノリで机の上にあがって踊りだしたら面白いかなと思った自分の浅はかさに、ビシッと直立不動の姿勢を取った。
マルガリータのおかげで、落ち込んだ気分はどこかへ行ったが、浅はかさに気付いたことにまた落ち込むべきか悩む処だ。
「元の魔物に戻ったということか。再生能力はダークホーンの力が、ウルフの皮膚が硬かったのはコカトリスの石化能力が他の魔物にも及んでいたのかもと先生たちは言われていたな」
「他のダンジョンは大丈夫なのですか?」
「サソリの魔物が多いそうだが、エプシロン上級ポーションがあるからな」
ルカたちも他のダンジョンが気になるようだ。そうだよねぇ。私たちかなりピンチだったもの。うっかり間違いがここではいい仕事をしてくれたけど。
ん? 違うかも。騎士たちなら、自分たちで気付いて解決できたかもしれない。ダークホーンに再生能力があるなんて私は知らなかったけれど、彼らは知っていたようだし、経験の多さには雲泥の差がある。
攻撃魔法の種類も全部はまだ知らない一生徒とは違う。
分かりやすいトサカがウルフにあり、炎獅子が持ち前のブレスを吐き、キメラという存在を知っていたからこそ、実践経験が少ないにも関わらず気付けたのは運が良かっただけ。
アーロンたちはサソリの魔物が至る所で集団暴走していることについて思うことをそれぞれが言いながらディスカッションしていた。
私は話が途切れたのを見計らってアーロンに向かい尋ねる。
「あの、複合体の怪物になっていた原因はまだ分からないですよね?」
「そうだな。他で報告もされていないようだしな。だが、対策方法が分かっているから余裕をもって騎士たちならあたれるだろうし、そうなったら原因も分かるかもな。たまたま合体してしまったのなら、もう現れることもないかもしれないが」
「その合体能力は、コカトリスのものだろうか?」
「どうだろな。でも、その可能性が一番大きいんじゃないか?」
「コカトリスをあの怪物に出会う前に討伐することができて、幸運でした。前後二度殺さないといけないってことが分かってましたから、落ち着いて対応できました」
ルカたち二年生も積極的に話をする。私はもう一つの疑問を口にした。
「炎獅子とコカトリスとダークホーン、それにビックウルフが一所にいることなんてあるのでしょうか? 生息域がいくらダンジョンとはいえ、違うような……」
「今は集団暴走を起こしているからな。上下層の魔物が出会っているだろうし、可能性としてゼロではないんだろう。サソリの魔物が発見された報告がなかったダンジョンでも多く発見されているし、集団暴走の時は色々なことが起こるって話だよな」
「私が気になったのは、あの直通の穴ね」
アーロンが答えてくれたけれど、マルガリータも気付いたことを口にする。
そこからまたそれぞれ思うことの議論が始まるが、はっきりしたことなんて、生徒でしかない私たちでは分からない、という結論に至った。ですよねー。
一夜明けて、責任者からの報告と謝罪を頂いた。
報告と言っても、やはりまだはっきりしたことは分からないそうだが。証拠だって、四体の魔物の魔石しかないのだから、合体していたかなんて分からないのだ。私たちの証言だけ。
それでも、学園の生徒を騎士コースとはいえ、危険な目に合わせたことのお詫びの言葉はあった。たぶん、マルガリータが領主の娘だし、彼女が自ら志願したとはいえ、黒の召喚獣がともにいることを過信しすぎたということで、落ち度を認めた形になるのだろう。
四体プラスサソリの魔物からのドロップ品はもちろん、私たちで分けていいと言われ、みんな喜んでいたし、騎士コースを選択したのは自分たちなのだからと気にも留めない態度はさっぱりしている。
「ダンジョンへ召喚獣と討伐に出れたら儲けがでかいな」と去年私が思ったことを口にしていた。
「どんどんダンジョンへ潜りたいよなぁ」
「言えてる!」
貴族にとってもでかい金額だった。なにせ、私たちは学生だし。
集団暴走があると魔石とか供給の多さで普段は値が下がるものも、国がある程度保証してくれるので、普段と同じ値段で買い取りをしてくれる。
次はなるべく、キメラにあったら逃げる方向で。だけど、適当な魔物は全て討伐しようと盛り上がっていた。
だが、過保護な責任者たちは、その後私たちにダンジョン討伐を任せることはなかった。
もちろん、外での討伐もニーズたちは頑張ってくれたし、貢献はした。ついでに採集もした。仲間たちからは言い値で買い取り、お互いホクホクだったから、ダンジョンに潜れないことに不満はなかった。
去年同様、秋に集団暴走してくれたおかげでポーションができたし、採集もはかどっているのは有り難い。これが冬だったら寒さに凍えながらの討伐なうえ、採集もできないだろう。
学園舞踏会の練習にはちゃんと間に合うように、学園からの遠征は終わった。お金もポーションの材料も手には入るけれど、やっぱり大変だった。
「シャインがいると何かと便利よねぇ。騎士コースに来る気はなくて?」
「マルガリータさま、学年が違うので、どちらにしろあまりご一緒はできないと思いますが」
「そうねぇ。簡易建物を使えるだけでも良しとするしかないかしら」
「侍女に頼めば食事なども転送できますよね?」
「魔力をかなり使わせることになるし、転移魔法陣をシャインに貸してもらえるとしても、そこまではなかなか頼みづらいわよ」
マルガリータは侍女にも気遣いができるらしい。気遣いできるようには見えなかったなと、失礼なことを思いつつ、進言してみる。
「よろしければ、私が送りましょうか? できる範囲で、ですけれど」
「いいの??! ありがとう! シャイン!!」
いきなり笑顔で抱き着かれた。
「先生たちにはばれないようにお願いしますね。男子は騒ぐので、一度見つかりお前たちだけずるいとなったことがありましたので」
禁止にならないのはいいところだけど、俺にもよこせ的な発想になるのは、仲がいいからだろうか、それともその先生の性格のせいだったのか……。
「ふふ、任せて! 女子騎士が結構いるの。交代で建物も使用してて、それは先生も認めてくださっているし、その中で転移魔法を使っても分かりっこないわ。お礼は何がいい?」
「え? 何のお礼ですか?」
「送ってくれるお礼よ! お菓子?」
気が早い。まだ遠征のスケジュールすら聞いてないのに。お菓子と聞いてお腹が空いてきた。有名店のお菓子の名前を挙げぶつぶつと呟ぶやいて、止めを刺すのはやめてほしい。
「お礼は終わった後で、お願いします。では失礼します」
とりあえず、それだけ言って、私はカフェに駆けた。
ポーション作りをしたいのはやまやまだが、去年の失敗をしないためにも、踊りの練習に出かけている。
ちゃんと、練習用のドレスも着用して。ローサ夫人のサポートは優秀だし、踊りは楽しい。
だが、一週間経っても、誰からの誘いもない……。
あり?
結局、ダンス練習の場でなく、宿舎でクレトとルカから申し込まれて安心した。
だが、クレトの「一曲目と三曲目を私と踊っていただけますか?」と騎士がするように片足膝まづいて手を出され「ひょぇ?」と変な声が出てしまった。
他の生徒たちがされているのを見るのは平気だったけれど、自分がされると結構驚くものだと初めて知った。
「よよよよ喜んで、お受けしゅるわ」
どもったし、咬んだけれど、人がいなくて良かったし、申し込みがあって良かったと思う。もう、クレトの前で咬んだりするのは、慣れたって感じですかねー。
と現実逃避をしながらも、まだ舞踏会までに時間があるのが嬉しい。去年は当日の朝申し込まれた。それも、おざなり気味に。成長してる、私。
その後は、他の人からの正式な申し込みを受ける時にはどもったり咬んだりしないよう、いっぱい練習しておいたのに、みんな普通に「二曲目俺な」のルカ、「フリーの時間一曲ならお相手できますよ」とかで練習の意味がなかった。
私たちの学年には王族は厳密にはいないので、それも気が楽だ。おまけに、上位貴族の男子生徒にはほぼほぼ婚約者がいるらしくて、女子生徒の学年内での対立がない、そうだ。
これはビアンカからの情報だ。
「シャイン、あなた平民とばかり大事な最初の三曲に入れてますけど、大丈夫ですの? ローサ夫人から家に報告は行くはずよ?」
「そうよ、シャイン。貴族とも踊ったほうがいいんじゃなくて?」
そうアリシアたちから忠告は受けたのだけれど、誰からも申し込みされてないのを救ってくれたのが、クレトとルカなんですぅ。申し込みがあるはずのダンス練習場で一週間だれからも誘ってもらえてなかったからねっ!
何とか説明したら、分かってはもらえたようだ。
「リタが貴族子息からの誘いを三曲に入れないのは賢いと思っていたけれど、まさかシャインに申し込みがなかったとは知らなかったわ」
「ごめんなさいね」
うん、いいよ。
誘われない私が問題であって、ちみたちのせいじゃない。暗に平民ですら貴族からお誘いが来ているのに、と聞こえた気がしたが、リタは激かわなのだ。性格もいい。私と比べるのがおこがましい。
きっと仲間はいるはずだ。
辺りをキョロキョロと見渡し、視界にマルガリータを捉えた。
私はマルガリータにそれとなく、踊りの相手を聞いた。彼女こそ騎士コースを取っている。私と似たようなものじゃないかと、傷を舐めあ、、もとい、お互いを励ましあえるかもと思ったのだ。ふんすっ。
「今年は討伐前にすでに申し込みされていたんですけれど、フライングだからもう一度考えてくれというお声が多かったの。ですので、二年間の間に踊らなかった方たちの中から、私の好みで三名選びましたわ」
撃沈した瞬間だった。




