110話 新しい預言
「ニーズ、元気してた?」
『…………うん。無事でよかった』
私は夏休みに会えなかったニーズを呼び出していた。
ん? 返事までに間があったし、無事で良かったって言葉、気になる。
まさか、私が狙われたこと、知ってるのかな? 私は伸ばした手を止めて、尋ねる。
「ニーズ、無事で良かったって、どうして?」
『……そう思った』
あ、あれ? 深い意味はなかった?
召喚獣だから相手のことが分かるのかなと思ったけど、違うのだろうか。
「そう。夏休み長いから、久しぶりに会えて嬉しいよ」
『うん。嬉しい』
私は少しの間、ニーズを触りながらおしゃべりをして、ついでに図書室まで連れて行ってもらう。
休みの間に虫など出ていないとは思うけど、せめて生徒が入る前にざっと見て虫がいないことを確認しておきたい。司書はいるだろうけれど、念のため。
図書室の前でそのまま待つというニーズを置いて中に入ろうとするタイミングで聞こえる念話。
『危ない時、いつでも、すぐ召喚して。この大陸、どこでも行ける』
思わずニーズに振り返えるが、ニーズは近くの林の方へ飛び立つところだった。
やっぱり、召喚者の危険は分かるのかもしれない。
休館の知らせにはなっているけれど、扉には鍵はかかっていなかった。
入ると司書が一人いる。私に気付いて笑顔を見せるのは、一番若い司書のお姉さん。笑顔だから、大丈夫だろう。
「先生、お久しぶりです。虫は出てないようですね」
「ええ。シャインさんのおかげですわね。お久しぶりです……あぁ、でもまだ全部は確認してなかったと聞いていたあちらの書庫には、入ってませんの。大丈夫とは思うのですが」
指をさすのは、特管庫。秘密の書庫のほう。
そういえば、夏休み前に全ての本が無事かの確認が終わらなかったのだった。
まだ時間もあるし、本を読むついでに中も確認しよう。
「では、私は中の確認をしてきますね」
私は久しぶりの書庫へ入る。
カラクリの扉を見ながら、贅沢な空間へと足を運び入れた。
王族のための書庫とはいえ、一般にも公開してくれたらいいのに、と思う本もある。たぶん、王族しか見れない本の内容を補うためにそれらもあるのだろうけれど、ここで管理されているからか、王族が見るためだからか、状態もいいし、内容も吟味されている本が多い。
入ってすぐに目についたのは、倒れている一冊の本。最後に入った時には、倒れていた本はなかった。誰か司書が入ったのかも知れない。
その本に近づき、直そうとしてそれが預言書だと気づく。
預言書は、勝手に新しい預言が書かれる魔導書もある。まさか新しい預言が書かれて倒れた? 私は手に持ち、本を開いた。
ペラペラとめくって書かれている最後を見る。
日付を見ると、確かに新しい預言が出たらしい。誰か司書が書き加えたのかもしれないが。自動で預言書が綴られるところを見てみたいなと思う。
王宮にある預言の魔導書に誰かが続きを書くと、自動でここの図書室の魔導書にも同じ内容が書かれるらしい。預言者が直接書くわけではないそうだけど。
預言には、訳の分からない言葉も多いし、虫の確認はしたけれど、内容までは読んでなかった。でも、新しい預言には興味がある。
『神話の最終章、ラグナロクが早まることが確定した。風の冬、剣の冬、狼の冬のフィンブルヴェトが発生し、それが前触れである』
……え? …………えええええええええええ!??
うわぁ! 何この預言! 怖すぎるでしょう??
凶作というだけでびびり、色々と対策を講じようとしたことすら、まだ終わってない。
ラグナロクとは、世界が滅亡するという神々の戦いのことだ。邪神ロキがオーディンの息子バルドルを殺したことでその日は一層近づいたとされた。そのラグナロクの前には天候などで変化の兆候が見られるとされていて、その一つが三年の厳しい冬と言われるフィンブルヴェトだ。
だが、あれは神がいる世界の話。
ふと、日付を見て私が襲撃された次の日に書かれたことを知る。
他の預言もこんなに怖いことばかり書いてあるのだろうか?
気になり、前の預言を見ていく。
いい預言も不吉な預言もある。
怖い預言ばかりではなさそうだと、ホッとする。だが――
いったい、預言者とは何者だろう、とそこが気になってきた。作者を見るが、名前はない。
最初のページに『このアースを維持したいノルンの意思を継ぐ者たちからの預言書』とあり、複数の預言者がいるのだろうと思う。
ここでのアースはどう考えても、この星のことだとは思う。この星を維持したいノルンがいるってことかな。
神話でノルンと言えば、過去現在未来を司る三人の女神のこと。世界樹が枯れないように、水をかけている女神たち。確か、ニーズヘッグが根を齧っているから、世界の滅びを止めるために、水をかけてくれていたはず……。
待っていてくれるニーズを思うと、根を齧るニーズヘッグがニーズだとは限らない、どころか違うだろうとは思う。
ニーズヘッグに関する預言などがないかなと、さっと目を通していく。
あるページで手が止まる。
ニーズに関することではないが、気になるものがあった。
『魔物と意思を通じさせる童がレイバ領に現れる時、神話の最終章が近づく。光は五つと共にあり、闇すら共にあるだろう』
レイバ領と言えば、ランバートの領地なんだけど、……魔物と意思を通じる童?
ええっと、もしかしなくても、これって植物の魔物らしきジーンたちと会話してしまった子供の時の私のこと? いや、今も半分くらいは子供だけど。って、そこじゃない。あれはアンブル領……じゃ、ない……? 違う! ダンジョンはレイバ領だ!
うぇええ!?
こ、これって私じゃね?
ちょちょちょっと、待って。いやいや、落ち着け。ひぃひぃふぅぅ。
あ、ラマーズ呼吸法。子供を産むわけではないのに、何でこんな前世の記憶がっ。慌てているせいで、要らないことまでしてしまう。
私は改めてふぅぅぅっと深呼吸をするが、次の言葉にすでに目はひきつけられる。
最終章が近づくってあるんだけど??
新しい預言が『神話の最終章、ラグナロクが早まることが確定した――』だった。
ラグナロクって、神々の戦争。でも、神々はいない、のに? 誰がラグナロクを起こすと言うのだろう。うん、きっと何かの比喩なんだよ、きっと。
そうは思っても、新しい預言のショックと以前の預言に自分のことが書いてあるようなものがあり、そこにも同じ言葉があっては、気にするなというほうが、無理だ。心臓は存在を主張してドクンドクンと鳴っている。
……浮かんだ疑問はきっと何かの間違い。
私は他のページの文字を目で追うが、内容がさっぱり頭に入らないことに気付き、本を閉じ棚に戻した。
いつ、外に出たんだろう。風に頬をあおられて図書室を出ていたことにはっと顔をあげた。
風を起こしたのは、舞い降りたニーズ。
『シャイン』
名前だけ念話して、その場でじっと待つニーズに、のろのろと近づく。
聞こうか、聞くまいか。
結局、私は声に出していた。
「ニーズ、自分のこと、根の国のニーズヘッグって言ったわよね。それってラグナロクの日、死者を背に乗せて飛んだニーズヘッグと同じ?」
『……同じなら?』
「えっ……」
同じなの? という言葉が口から出てくれなかった。口の中ってこうも急速に乾くものだっただろうか。カラカラの喉から声を振り絞って私は言葉を繋ぐ。
「同じなら、神々が戦った日を知っているということ? もしも、そのラグナロクがまた起こるかもしれないとしたら、私どうしよう」
自分でも何を言いたいのか、分からないまま口にしていた。
『記憶ある。でも、同じ違うと思う……よく分からない。この世界は違う世界。再現したい者いても、同じにはなれない』
「同じ違うと思うというのは、神話のニーズヘッグとまったく同じ個体ではない、かもしれないってこと?」
『うん』
少し意味が分からなくて、細かく聞いていく。
「そっか。記憶だけ受け継いだのかもしれないのね。で、この世界は神々の世界ではない、人の世界だから、同じにはならないのね」
『……たぶん』
ニーズもはっきりとは分からないのかもしれない。
そして、私は知りたいことを、聞く。
「でも、ラグナロクと言われる最終戦争を起こしたい者はいるかもしれない?」
『生まれた。部分の記憶受け継ぐ者いる』
「生まれちゃったのかぁ。記憶を受け継いだ、のね? 私が前世の記憶を持っているように、神話の時代の記憶持ちがいるのね」
『シャイン、違う世界の記憶。神話記憶、この世界の元。人、思い出せない。でも引っ張られる者、多い』
ニーズには、私が前世の記憶持ちだってこと、お見通しだったようだ。念話してる気がなくても、聞こえてたりするんだろうか? まぁ、いいや。
違う世界とは前世と思っていたけれど、少し次元でも違うのかもしれない。確かに、魔法が使えるのだから、違う世界のことなんだろう。この世界での前世とは、神話の方なのかもしれない。
「神話の記憶っていうのは、思い出せないけれど、一部分を受け継ぐ者は多くいて、その時の感情に引っ張られるってことかな?」
『うん。神、願う。人、引っ張られ、記憶を取り込んだ。生まれても、感情すら引っ張られる』
これらって、私聞いても良かったのかな? 貴重な内容ではないのだろうか。ま、合っていたら、だけど。
私はニーズの首をなで続けながら、神かぁ、神って願うだけで世界まで作ってしまうのか、そうだよね、神だもの。とか支離滅裂な思考に陥っていた。
回避する方法を模索したりとか、全然思いつかなくて。ただ、過去に思考が捕らわれる。
「はぁ。神様も勝手だね」
ため息と共に、思わず口をついて出た言葉に応えてくれたのはやはりニーズで。
『天邪鬼は、楽しいだろう、と思った。でも、あまりに大変でもう少しいい世界を望んだ』
「あまのじゃく……ロキですか。そりゃぁ、勝手気ままにするだろうねぇ。ロキなら、ね」
ロキは主神オーディンと義兄弟の契りを結ぶのに、結局オーディンの息子を殺したり、世界の破滅を早める。でも、私は前世の記憶もあるからなのかロキが悪いとはあまり思えない。
ただの物語を進める上でのトリックスター。
ロキの願いを受けて成り立つ世界――にしては、ロキはやっぱりこの世界の神話でも邪神でしかなくて……。
「ロキがいい世界にしたいのなら、ラグナロクなんて出て来るのはおかしい気がする」
『ロキ、創造神違う』
ん?
ロキが創造神ではないってことね。あぁ、一から作れる世界ではないってことかな。ただ、ロキの願いに引っ張られた世界ができてしまっただけ? だけ、と言うのはあんまりな気もするけれど。考えようとするけれど、上手く頭が回らない。
「ニーズ、ありがとう。何だか疲れちゃった。宿舎まで送ってくれる?」
『喜んで』
本当に嬉しそうに答えてくれるニーズにようやく笑顔になれた。
私は後々、ニーズに肝心なことを聞かなかったことを後悔するのだけど、このときはいろいろ精神的にいっぱいいっぱいだったんだ。
宿舎に帰って、何も食べずに寝てしまうくらいには――。




